子供たちの未来

まもなく生を全うしようとしていたレーツが最初に出会ったのは黒髪の少年だった。
暗い目をした少年、しかしその幼い体は死を纏っている。

その少年は自分はネクロマンサーの子孫だと名乗った。その血には、銅鉱山内にあるネクロマンサーや生命術士が使ったあの研究施設が刻まれていると言う。

少年ーースケルは自らの肉親を殺めたと話した。
まだ、十にも満たない子供がーーだ。
スケルにはネクロマンサーとしての性が色濃く焼き付いている。

スケルはその研究施設に行く為にここまで来たと話すが、当然行かせるわけにはいかなかった。
しかし、スケルはレーツの制止も聞かず、銅鉱山内に何度も赴く。
老体のレーツはそれを止めることは出来なかった。
そうしてスケルはリョウタロウとも接触することとなる。

そして時を同じくして、魔族と人間の血を宿した少年がレーツと出会った。
父親から虐待を受け、酒に逃げた母親は殺されたと少年は話す。
絶望的な目をした、自分の居場所を無くした十にも満たない少年ーータイトを、レーツはリョウタロウに会わせることにした。

ネクロマンサーの性を抑えきれないスケルを主にレーツが地上で、銅鉱山内でリョウタロウが見守り、タイトもレーツとリョウタロウに見守られながら、銅鉱山内に在る扉から魔界に行き来していた。

スケルとタイト。
ネクロマンサーの末裔と、魔族の血を持つ、過去の因果を宿した少年二人。

リョウタロウとレーツから昔の時代の話を聞き、銅鉱山内に安置されたジロウの存在や‘予備’の存在も知らされていた。

スケルとタイト、二人が共に過ごす時間も多少はあった。



「おいスケル。おまえ、おにぎりぐちゃぐちゃだぞ」
「タイトこそ、なんだいそれは。それをレーツさんに出すつもり?」
「おまえこそ」

ーー……
ーーーー……

「おいスケル。お前、おれがいない間、レーツさんとリョウタロウさんにめーわく掛けてないだろーな?」
「かけてないって、うるさいなぁ。未だおにぎり握れないチビのくせに」

ーー……
ーーーー……

「おい、スケル。レーツさんの様態は?」
「あまり長くないだろうね。米を握っても、もう食べれないだろうね」
「そうか……」
「……まあ、弟くんはすくすく育ってるよ」
「……そうか。スケル、俺はしばらくここには戻れない。レーツさんを頼んだぞ。ユウタのことも、影から見守ってやってくれ」
「ふむ。やれやれ……無責任で人任せだなぁ」
「そういえば、ジロウは?」
「彼も何も知らないまま、普通の日々を送っているようだよ」
「そうかーー、スケル」
「?」
「道を踏み外すなよ、俺も、お前も……」
「……」

ーー……
ーーーー……

一時は、暗い少年二人の目に光が宿っていた。

レーツが二人に聞かれてリョウタロウとの馴れ初めをちらりと話した時、食べてはもらえなかったが‘おにぎり’を何度も握って持っていった話をした。

「なんでおにぎり?」と、タイトに聞かれ、「愛情を込めたから」と、レーツは答えた。

その後から、スケルとタイトは時々レーツにおにぎりを握っていて。

なんらかの情を、二人はレーツに抱いていたのかもしれない。

それなのに、スケルはネクロマンサーの性を棄てきれなかった。
タイトは腹違いの弟の為に、暗い道を突き進んだ。


「スケル」
「?」
「道を踏み外すなよ、俺も、お前も……」

タイトに言われ、「……」スケルはただ静かに銅鉱山の外から見える空を見上げる。
それから薄く笑い、

「おにぎり食べながら言っても、説得力ないよ、タイト」
「……」

言葉通り、タイトはおにぎり片手にもぐもぐ口を動かしていた。

「…レーツさんが私を見つけ、タイトを見つけ、リョウタロウさんに巡り合わせ、そして、私と君も出会った。ほんの、僅かな時間だけれど……この日々での私は、多分、人間だった」
「…お前は人間だろ」

しかしスケルは首を横に振り、

「やはり私にはネクロマンサーの血が流れている。これを抑えるのは、無理だろう。何かを分解して、何かを生み出したい。そんな欲求が、強く在るーー故に、私は身近な両親を分解したのだから」

それをタイトは鼻で笑い、

「…俺だって、腹違いの弟を護る為に、実の父を殺した。ましてや俺の中には魔族の血だって流れている。俺こそ人間と言い難い」

それからタイトは立ち上がり、

「じゃあなスケル。俺はまたしばらく金を稼いで来る」
「ふむ。今行けば、レーツさんの死に目に会えないよ?」
「…本音を言えば、俺はそれを見るのが辛いのかもしれない。でも、お前なら大丈夫だろ、スケル」
「…まあ、人の死を見るのが本業だからね」

スケルの言葉にタイトは頷き、そうして二人は別れた。

それから、数日後にレーツはスケルに看取られ、寿命を終えたーーはずだった。
だが、彼女の魂は幼き姿をして現世に留まることとなる。
その理由を、レーツはすぐに気づいた。

「……スケル」

その名を静かに口にする。
タイトは遠くの地方に仕事に行ったり時折魔界に行ったりを繰り返していた。しかし、スケルはずっとレーツの家を拠点とし、銅鉱山へ赴いたりを続け、レーツと過ごす時間は長く、ベッドから動けなくなったレーツの薬を貰いに行くのもスケルだった。
その間、リョウタロウの目を欺き、銅鉱山地下の研究施設への出入りもしていたのだろうーー…

実験を、していたのだろう。
かつてネクロマンサーと生命術士が共に行った、魂を弄る研究。
それをスケルが恐らくレーツに施していた。
処方されてきた薬、もしくは食事に混ぜて……

レーツがこんな姿になった時にはすでに、スケルの姿はなかった。
彼が何を思い、レーツを現世に留めたのかはわからない、そうしてその理由を、結局レーツが知ることはなかった。

「……」

それから、一つの水晶玉が置いてあり、それには魔力が込められていて。
占術士の末裔であるレーツだが、ただ、末裔であり、かつての時代の記憶を持つだけで、占術士としての能力は持ち合わせていない。
いつだったか、スケルに『欲がない』とレーツは指摘された。
大切なものから離れ、それを見守る道を選んだレーツをそう称したのだろう。

そこでレーツは言った。

『…占術士の末裔らしく、未来が視れたのならば、リョウタロウのことも、ジロウのことも、未練なく私は逝けるのに』

ーーと。
まさかその言葉をスケルは真に受けていたのだろうか?
どこか冷めた風な、ネクロマンサーの性を棄てきれない彼が……

しかし、魔力の宿る水晶玉を持ってしても、遠い未来までは視えはしなかった。


それからも、リョウタロウは銅鉱山に。
レーツは銅鉱山を地上から見守る亡霊となる。

ーーそして、時は遡り、レーツがスケルとタイトと出会った後の出来事。

レーツは一人、銅鉱山の入り口をじっと見つめていた。

「婆さん、どうかしたのか?」

と、若い男に声を掛けられる。
レーツは振り向き、

「……いえ」

とだけ答えた。
若い男は大きなリュックを背負っており、この場所では全然珍しくないトレジャーハンターなのだとすぐにわかる。

「婆さん、今日は雨が降りそうだからこんなとこ突っ立ってたら危ないぜ?」

と、男は曇天の空を指した。

「君こそ、こんな天気で銅鉱山に赴くのは危険では?」
「んー……そうなんだけどさ、今日は…ちょっと…」

と、男は言葉を濁し、

「こん中の墓地に用があるんだ。うちの親父もトレジャーハンターでさ、大雨の日にここで崖から足滑らせて死んじまったんだ。で、今日が命日」
「…そうでしたか」

ぽつ、ぽつと、雨が降りだし、

「うわ!?やべっ!!早く行かねえとオレまで親父と同じ道辿ることになるじゃん!」

男は慌てながら言い、わたわたとリュックの中を漁り出す。

「ほら!」

と、男はレーツに折り畳み傘を差し出した。レーツが戸惑っていると、

「ほら!オレ、一応予備で二本持ってんだ」

男はもう一本の折り畳み傘をレーツに見せ、

「天気荒れる前に帰れよな、婆さん!」

そう言って銅鉱山に走った。
レーツはそれを見送りつつも、その場を離れない。なぜならば、銅鉱山を見守ることが、自身が決めた役割だから。
次第に雨は強まり、雷を伴う。
すると、バチャバチャと水溜まりを踏みつける音が響き、

「……はぁー、災難」

と、レーツの隣に若い女性がずぶ濡れになって佇んだ。
彼女はどうやら傘を持っておらず、銅鉱山の入り口に雨宿りしに来た様子で。

「あれ?お婆さん……って、レーツさんじゃない!大雨なのにまたここに居るの!?」

彼女は同じ村に住む法術士の女性だった。
そっちこそどうしたのか、とレーツが聞けば、

「私?私は隣町に仕事に行って、今帰り。家までまだ走んなきゃなんないし……止むかなぁ?もうここまで濡れてるから、諦めて走るしかないかなぁ。もー!あんなに晴れてたのに!」

彼女は大きくため息を吐く。
するとそこで、大きな落雷と共に、銅鉱山内から悲鳴が聞こえた。

「え!?なに、悲鳴!?」
「…先程、青年が銅鉱山に入って行ったが……もしや」
「ええー!?こんな大雨で、馬鹿じゃないの?!」

そう言いながらも彼女は銅鉱山に入ろうとしていて……

「一応、私の仕事は人の命を助ける仕事だからね、もし戻って来なかったら助けを呼んで来てね」

彼女はそう言って、銅鉱山内へと繰り出した。

レーツは迷いつつも、重くなった足取りでゆっくりゆっくりと銅鉱山へ踏み出す。
雨も小降りとなり、天井の隙間から滴る水の量も減った頃であった。

レーツが遠目から二人を見つけたのは、崖下の地面。
ずり落ちた際に足や腕から血を流している若い男の治癒をしている彼女の姿があった。
しばらくして、なんらかの会話をした後に、男は女の肩を借りながら墓標の場まで赴く。

やはりレーツは遠目からそれを見つめ、二人がどんな会話をしているのかは聞こえない。
しかし、直感が叫んでいた。

ーー今しかない。ここでしかない。

(あの子を……ジロウを……世界に連れ出すには……今しか……)

焦りもあったかもしれない。
自分はもう長くはないとレーツは理解していた。レーツはリョウタロウを見守ること、そしてジロウを銅鉱山と言う檻から出すこと……それが願いであり、ジロウのことに関しては常々焦りがあったのだ。

自分が生きている間に、ジロウを救わなければーーと。

ーーリョウタロウとの別れ際にレーツがリョウタロウに話したこと。

‘本当ならば、自分達で、自分で育てたかった。でもそれは叶わない。
だが、ジロウを再びまた、この地下深い暗い場所で最初の頃のようにずっと居させたくはなかった。
ならば、レーツは地上でこの銅鉱山を見守りつつ、ジロウを育ててくれるであろう、ジロウと全うな時間を生きてくれるであろう人物を見つけ、ジロウの元に導かせたい。’

二人の男女を見て、この二人ならば、もしかしたら……なんて、直感が走る。
間違いかもしれない、でも。

「……リョウタロウ」

レーツは小さく呟く。
恐らくリョウタロウはこの光景を見ているはず。

レーツは願った。
ジロウを、この人達に託そうと。託したいと。助けてほしいと。
若い、未来ある若者にならば、きっとジロウは普通の人間としてーー……

リョウタロウは当然、姿を現すことはなかったが、
代わりに青く淡い光が墓標の場を照らし、二人の若者は驚愕の声をあげる。
なぜならば、突然目の前の地面には、真っ白な毛布に包まれた赤ん坊の姿があったからだ。
毛布には‘ジロウ’と名が刻まれている。
レーツがかつてジロウの為に縫ったものだ。

二人の男女は疑問を言い合い、しかししばらくして法術士の女性が赤ん坊を腕に抱く。そこまでを見届け、レーツは銅鉱山の入り口へと戻った。

そうして、レーツの願いは叶うこととなる。

自身は実の親なのだと名乗ることはもはや赦されないが、トレジャーハンターの男が法術士の女性の住む村に移住してくれたお陰で、レーツは近くでジロウを僅かな時間見守れた。
魂だけの存在になっても、タイトの腹違いの弟と共に村を元気に駆け回るジロウの姿を見守れた。

そうして、ジロウと言葉を交わすことになるのは、数十年後である。


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