予備と呼ばれた存在

「ほら、リョウタロウ。せっかく握ったのですから少しだけでも食べてみて下さい」

そう言いながら、レーツはリョウタロウにおにぎりの入った弁当箱を差し出した。
リョウタロウは目を細めて彼女を見つめる。

ーー先日。
あの時代から一人抱えていた苦悩や嘆きをレーツに吐き出してからも、レーツはリョウタロウの元に通い詰めていた。
更には、以前よりもますますレーツの行動は積極的になっていた。


「いや……俺はもはや、栄養を採らなくても生きていける身だから…」

差し出された弁当箱をリョウタロウはやんわり断ろうとしたが、

「はい、口を開けて下さい、リョウタロウ。あーん」

なんて、レーツはおにぎりを器用に箸で掴み、リョウタロウの口元にそれを差し出してくる。

「いや……待ってくれ、さすがにそれは…」

リョウタロウは苦い顔をし、後方に後ずさるが、

「何が気に入らないと言うのですか?君が食べてくれるまで私は帰りません」

なんて、本気の目でレーツが言ってきて、リョウタロウは……
銅鉱山内の別の場所に転移した。

「……もう、また逃げましたね」

一人残されたレーツは頬を膨らませて言い、仕方なく自分で握ったおにぎりを自分で食べた。

ーーーー……
ーー……

(なんなんだ、あの娘は…)

銅鉱山の地下深く、隠された自身の部屋に戻り、リョウタロウは深い息を吐く。

(……あんなに付きまとわれるのならば、話すべきではなかったか…)

昔の時代のことを記憶の中でのみ知るレーツ。
それ故の興味本意なのであろうとリョウタロウは思っていた。だからこそ、今はまだ、レーツの想いになんて全く気付いてはいない。

本来ならば、彼女が尋ねて来た際に姿を現さなければいいだけの話なのだが……
あまりの彼女のしつこさに観念したのか、過去を話してしまった手前なんらかの情が湧いたのか…
長年、人付き合いを避け、更には人の世を避けていたリョウタロウ自身にはわからなかった。

そんな日が続き、彼女が顔を見せないなんて日は滅多になかった。
そしてーー……

「ーーッ!!」

リョウタロウはとある気配に気付き、銅鉱山内のとある場所を駆ける。

「レーツ!!!」

と、リョウタロウは見つけた彼女の背中に向けて名を叫んだ。
それはとても緊迫したような声で、少しばかり怒りのようなものも混じっている。
それとは裏腹に、振り向いた彼女はとても嬉しそうな表情を浮かべながら、

「リョウタロウ!初めて私の名前を呼んでくれましたね」

なんて言うのだ。
だが、そんなことはリョウタロウにとってはどうでもいいことだった。

「何故ここに居る!?いや、何故ここに来れた!?」

リョウタロウはそう叫ぶも、レーツは再びリョウタロウにくるりと背を向け、眼前に映るあるものを見つめる。

「リョウタロウ、これは…この光はなんなのですか?とても温かく、まるで生きているような輝き…」

と、レーツは銅鉱山内の岩壁に埋め込まれるようにして輝く青い光に見惚れていた。

「それは……いや、だから!そうじゃなくて、どうしてここに来れた!?この場所は暗号がなければ来れないはず!暗号も昔とは変えているし……占術師の末裔といえ、ここを知るのはネクロマンサーや生命術師だけで、君の記憶にも無いはず…!」

この場所は銅鉱山内の墓標の先である。
墓標まで至る道への暗号は、付近の村人達は知っていた。
しかし、その先の暗号もしくは墓標の先に更に道があるなんてことは、今の時代の人々は知らないはず。
あの時代を生きた人間はもはや年老いたか、あの時代に赤ん坊だ子供だ辺りの人間だけ。そんな人達から情報を得るのも難しいだろう。

墓標の場にある壁の割れ目に小さなボタンが隠されており、そこに暗号を打ち込めば道は開かれ、更にこの地下へと進む階段が現れる。

人の世から離れたリョウタロウは、暗号も昔の
ものと変えていた。
だからこそ、レーツが何故この場所のことを知り、どうやって暗号を解いて来たのか……
リョウタロウには全くわからない。

困惑し続けるリョウタロウに、しかしレーツはにこりと微笑みを向け、

「私は占い師です。この場所を見つけ、暗号を解くことなど容易いのですよ」

そう言ったが、

「そんなわけ…ッ」
「はい、冗談です」

反論しようとしたリョウタロウに、レーツは即座に言ったので、リョウタロウは押し黙る。

「まあ、なんでしょうか。あの墓標の場で、いつも君の気配は途切れる。だから君に隠れて墓標の場を散策してみたら、あの暗号を打ち込むボタンを見つけたのです。暗号は……そうですね、手当たり次第打ち込んでみました」

そう言ってレーツはまた微笑んだ。

「手当たり次第って……」

リョウタロウが訝しげにレーツを見ていると、

「君との会話の中での様々な数字を打たせてもらいました。世界が分断された日だとか、君が生まれた日だとか……まあ、そんな感じで」

レーツはそこまで言い、唖然としているリョウタロウに人差し指を向け、

「でも、君は無用心すぎます!!」
「は!?」

怒っていたのは自分なのに、逆にレーツに怒鳴られてリョウタロウは疑問げに叫ぶ。

「これでもですね、ここに辿り着くまでに数十回は暗号を打ち込んだのですよ。何回間違えたらトラップ発動みたいにした方がいいのではないですか?何回も打ち込めるなんて、あまりに無用心ですよ!」
「……」

レーツの説教みたいなものにリョウタロウは呆気にとられていたが、

「そ……そんなことをするのは君ぐらいだろう!!第一ずっと思っていたが君はおかしい!!変わり者だ!!年頃の女性なんだからこんな危険な場所に来るべきではない!村で大人しくしているべきだろう!」

リョウタロウのその言葉に、レーツは頬を膨らませ、

「おかしい!?変わり者!?好いた男性に会いに来ることのどこがおかしいと言うのですか!!」
「どこからどう見てもおかしいから散々言って……!!…………?……す……?」

反論してきたレーツに反論を返そうとしたリョウタロウであったが、レーツの口から出た言葉に言葉にを止めた。
しかし、

「それで?この光はなんなのか教えて下さい」

と、レーツは何事もなかったかのように再びリョウタロウに背を向け、青い光に目を向ける。
リョウタロウもその光に目を遣り、先程レーツが放った言葉なんてもう、頭から消えていた。
リョウタロウは目を細めて光を見つめ…

「魂のようなものだ。いや……命、だろうか」
「命?」
「俺の予備を生命術師達が造ったと言う話をしただろう?これはその一部なんだ」

リョウタロウがそう説明するが、レーツはピンとこなくて首を傾げる。

「俺の予備だという人間。会ったこともなく、姿も知らないが……これはその予備ーーいや、その人間の感情の一部を抜き取ったものらしい」
「抜き取った?」
「ああ。なんだったか…そう良心の部分らしい」
「良心って……」

レーツは眉を潜め、

「大事な部分ではないのですか?この光がどういった原理かは知りませんが、魂や命、良心であり、抜き取られたと言うのならば……その予備と呼ばれる者の中には良心は存在しなくなったと言うことになるのでは?」

それにリョウタロウは静かに頷くので「一体なぜ?」と、レーツは聞いた。

「話したように、人間は人間だけを救うことしか考えていなかった。魔族や天使と戦うことに躊躇いを抱いていた俺の姿に不安を抱き、予備の方は良心と言う感情の一部すら奪われたそうだ」
「…そんな……」

リョウタロウは拳を力強く握り、

「そこまでされて、挙げ句そいつは魂も身体も何もかも弄られ……結局、出番はなかった。そいつがどうなったのかはわからない。だが、俺と同じならば、そいつも不老不死の身のはずだ。簡単には死ねないだろう。身勝手な人間達のエゴであり、俺のせいでもある」
「……なぜ、君のせいに?」

レーツは首を傾げ、リョウタロウの顔を心配そうに覗き込む。

「……俺が居なければ、そいつの出番があった。そいつが……英雄と呼ばれる存在になっていたのかもしれない」
「でも……それが幸せだとは……」
「……そう。わからないんだ。その予備がどんな人間なのか全く知らない。残されたこの光を見る度に…名も姿も何も知らないそいつのことを考えてしまう…」

リョウタロウの表情を覗き込んだままのレーツは感じた。
世界を分断してしまったということをリョウタロウは罪だと感じており、更にはその予備と呼ばれる人間に対しても自責の念を感じてしまっているのだと。
全ての元凶は、生命術師やネクロマンサーだというのに……

レーツは青い光を静かに見つめ、

「リョウタロウ。この魂を、良心と呼ばれるこの光を……人の身に宿してあげることは出来ないのですか?」
「……」

レーツの問いにリョウタロウは何か考えるように黙りこみ、数秒してから、

「出来る。ここには実験場も残されているからな。…俺もそれは何度か考えた。だが……それこそ生命術師達と同じではないのだろうか?置き去りにされた魂の欠片、感情の一部とはいえ、勝手にそれに肉体を与えるなどと……」

リョウタロウは眉間に皺を寄せ、ギュっと目を閉じる。しかし、レーツは首を横に振り、

「いいえ、リョウタロウ。私はそうは思いません。この光は世界が分断される前からずっとここに在るのですよね?こんなに力強く輝いているのに、でもこの命は何十年も本当の光に当たることなく、こんな地下深くに居る…」

レーツは光の方へ一歩足を進め、

「それはとても、悲しいことだと思います。予備と呼ばれる人間の生死もわからず……その人は苦しい人生を歩んだ、もしくは歩んでいる。そして、そんなその人の一部も……こんな所で苦しんでいる」

そう言いながら光に手を伸ばし、

「リョウタロウ、君がこの光を見る度に苦しいと思うのならば、この光……いいえ、この命を幸せに導いてはどうでしょうか、私と一緒に」

そう言って、レーツは再び柔らかく微笑んだ。

「君は……何故、そこまで……」

リョウタロウは思う。
自分はレーツに自らの話をしたが、自分はレーツのことは何も知らないと。
知っているのは、レーツが占術師の末裔である、ということぐらいだった。
そんなリョウタロウの思いを察したのか、

「そうでしたね。私は自分の話を君にあまりしていませんでしたね。……君には変わり者と思われているようですし、話した方がいいのだろうか?」

首を傾げながらレーツはリョウタロウに尋ねる。
リョウタロウはしばらくレーツを見つめ、

「…どちらでも構わない。任せるさ」

そう答えたので「私に興味がない、と言うような言い方ですね!」と、レーツはむくれた。

だが、それでもやはり、レーツはすぐに微笑んで、勝手に話し出すのである。


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