一人の人間として一人の人間に

占術師の末裔だと名乗った少女レーツ。
しかしあの日、結局リョウタロウは彼女の前に姿を現さなかった。
誰であろうと、リョウタロウはもう人の世に姿を現す気はないのだから。だが……

「それでですね、英雄が人間を救ったと語り継がれていますが、君の名前は過去を知る人間達により隠蔽されている。皮肉なものですね」

……と。
リョウタロウからの返事などないというのに、ましてや姿すら現さないというのに、それでもなぜかレーツは銅鉱山に通い、一人語り続けていた。
それは、ほぼ毎日に等しい。

そんな日々が二週間ほど続いた頃……

「一体、何が目的だ?」

銅鉱山内の墓標の場に、初めてリョウタロウが姿を現した。
二週間様子を見て、レーツに害はないと感じたから。しかし、彼女の意図が読み取れず、リョウタロウはとうとうレーツの前に出ることとなる。
レーツはしばらく無言でリョウタロウを見つめ、

「……君が本物のリョウタロウ」

ぽつりと言った。

「本物?」

と、リョウタロウが首を傾げれば、

「この身に流れる血の中に在る記憶。その記憶ではなく、ようやく本物の君に会えて、なんだか感動しています。ずっと、君と話がしたかった」

レーツはそう言う。

「話?昔の……あの時代の話を、俺の口から話せと言うのか?」

リョウタロウがそう投げ掛ければ、レーツは首を横に振った。それから微笑して、

「この血に流れる記憶ではなく、改変されていく歴史の神話ではなく、君が本当はどんな思いであの時代を生き、見ていたのか……それを知りたい」
「…今更そんな話を知ることにどんな意味がある?」

リョウタロウのその問いの後、レーツは目を細めて微笑したまま言う。

「物心ついた頃から君のことを知っていました。だからでしょうか、ずっと君と話をしたいと思っていた」

そう言った。
遺伝子を弄られ、その身に過去の記憶を埋め込まれた少女。
この少女を、リョウタロウは被害者だと感じた。

リョウタロウは軽く息を吐き、その場に腰をおろす。それを見たレーツは、もしかしたら彼が何かしら口を開いてくれるのだろうかと思い、その隣に腰をおろした。

「俺だって、あんなことをしたくはなかったんだ」

少しの沈黙の末にリョウタロウがそう言う。

「俺はこんな身になりたくなかった。あの頃は皆、力を求め、争いが絶えず、おかしくなっていた…」

必死になっておかしくなっていたからこそ、非道なことを人々は容易く出来てしまったんだ。
そう、リョウタロウは力無く言う。

「…君も、かつての時代の記憶を受け継ぎ、生まれてしまった、被害者だ。かつてのネクロマンサーや占術師達は、後の世にも自分達の功績を遺したいと、遺伝子すら弄った」

リョウタロウは隣に座るレーツを見た。
彼女はなぜか、心配するような表情でリョウタロウをを見ている。それでいて、その瞳は強い光を放っていた。
だからこそ、やはり全てを話してはいけないとリョウタロウは感じる。話せばこの少女はきっと、その身に抱えた過去の記憶を一生忘れずに抱え続けることとなるのだろうから……

「…断片的な記憶だろうが、それでも重たいものだろう。だから、せめて君は、過去に縛られず、英雄なんて存在も忘れて、今の時代を平和に生きるといい。俺に関わる必要は…」
「…いいえ、リョウタロウ、私は…」

ーー関わる必要はない。
そう言おうとしたところでレーツが口を挟んだ。
ギュっと、リョウタロウの手を自らの手で包み込み、

「私は……過去の記憶に縛られなどしません。恐れなどしない」

占術師としての本能だろうか、彼女はリョウタロウの思考を読み取りながら話し、

「ただ……過去に縛られ続ける君を救いたいと思うのです」

そう言った。
言われたリョウタロウはいきなりの言葉に目を丸くするしかない。

「過去の時代の結末は大体知っています。でも、君のことは知らない。たとえば、君が生まれた日だとか、どんな生活を送っていたのかとか、何が好きとか……」
「…………」

リョウタロウはしばし固まり、

「君は……何を言っているんだ?」

そう疑問を吐けば、

「英雄などという肩書きに意味はありません。私は君がどのような人なのかを知りたい」
「……。いや、だから、なんで」
「私は物心ついた時から君を知っているんですよ?君が苦しそうに、今では英雄の剣と語り継がれる剣を持って世界を分断する姿も見える……だから、小さい頃からずっと君に会いたかった。会って……君という人間を知り、君が抱える苦悩の全てを共に背負えればと思った」

だって……と、レーツは言葉を続け、

「人間は皆、君だけに背負わせた。そして過去の時代を知る人間は今、君を忘れて幸せそうに生きている。過去の時代を知らず生まれた人間は、君の思いを何一つ汲まない神話なんてものしか知らない」

レーツは再びリョウタロウの手を握り、

「そんなの……酷く悲しいじゃないですか。君だけが苦しむことが、私には耐えられません」

そう、目に涙を溜めて少女は言った。

「意味がわからない。君が何を言って、何に泣いているのか……」

リョウタロウは握られたレーツの手を振りほどき、怯えるような目で彼女を見る。

「俺に…関わらないでくれ!何も知らない奴に…俺の苦しみなど理解できるわけがない!」

そう、張り裂けんばかりの声量でリョウタロウは叫んだ。
レーツは少しだけ悲しそうな表情を浮かべたが、すぐに強い眼差しでリョウタロウを見つめ、

「だからこそ、知りたいのです」

振りほどかれても、何度振りほどかれても、レーツはリョウタロウに手を伸ばし、その手を握る。そして、

「一人の人間として!英雄なんか関係ない、一人の人間の君のことを知りたい!!君は私を知らなくとも、私はずっと記憶の中の君を知り、君に会って話をしたいと……あの時代、君が叫ばなかった苦しみを、今もその身に抱えるその苦しみを……少しでも、知りたい。人間としての君を知りたいのです」

そう、レーツは吐き出した。
リョウタロウはそれでもそんな彼女を真っ直ぐに見返すことが出来ない。

リョウタロウが口を開いたのは、それから十分余りが経った頃だ。
それまでずっと、レーツは何も言わず、リョウタロウの手を温かい手で包み込んでいた……



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