平和の断片
「平和ね」
「そうだな」
なんの変哲もない会話。
それを二人の魔族の男女がしながら、緑豊かな丘の上から景色を眺めていた。
「おー、いたいた、バカップル。昼間っからなーにジジババ臭いことしてんの。若いのにー」
…と。
ゆったりとした雰囲気は陽気な少年の声によって崩れる。
「あ、カーラさん。こんにちは」
「こんにちはー。メノアちゃん、今日もかわいいねー」
そう、二人は挨拶を交わした。
それこそ、なんの変哲もない、いつも通りの光景だ。
「どうしたんだ?カーラ。わざわざこんなところに。いつもフェルサにくっついてるのに」
ネヴェルがそう聞けば、カーラは少しだけ不服そうな表情をする。
それを見て、ネヴェルもメノアも察した。
「カーラさん、ドンマイ!」
メノアに笑顔でそう言われ、
「まあ、あの二人の間に割って入るのは難しいだろうな。お前、モテるんだから他に良い女の子が見つかるだろ」
ネヴェルはそう言う。
「ちぇっ。バカップルに言われても元気出ないやー」
そう言いながら、カーラはネヴェルとメノアの後ろに座り込んだ。
陽に照らされた芝生があたたかい。
「ところでさ、噂は聞いてるかい?」
「…あれか」
カーラの質問にネヴェルは頷く。
それに、
「魔族と天使の一部が対立してる話ね?」
メノアが言った。
「力の無い人間は板挟み状態だしね。近々…何か起きるかもしれない」
そう言うカーラに、「かもな…」と、ネヴェルも頷く。
しかし、メノアは首を横に振り、
「きっと大丈夫だよ。これまでずっと、三種の種族は共存してきたんだもの。そんな簡単に、崩れないわ」
そう、力強く言った。
「メノアの言う通りだ。そう簡単に、争いなど始まらないさ」
すると、背後からまた別の声がして…
「お。次期、王様候補とオッサンだ」
カーラはそう言った。
「誰がオッサンだ!っと言うよりなぜお前がここに居るんだやんちゃ坊主!!」
そう、魔族の青年ヤクヤが怒鳴る。
すると、隣に立つヤクヤと同じ歳くらいの魔族の青年が微笑み、
「こら、ヤクヤ。カーラもだぞ。お前達が些細なことで言い争ってどうするんだ」
そう、青年は言い、
「だ、だがレディル。あの坊主はヘラヘラヘラヘラと…俺は苛立ちを我慢できん」
ヤクヤはレディルと呼んだ青年に怒りを堪えながら言った。
「ふふ、喧嘩するほど仲が良い。そういうものだな。お前達によく似合う言葉だ」
そのレディルの言葉に、
「ちょっとちょっと!こーんなオッサンと仲良くなりたくないんですけどー」
「こんな坊主と仲が良いだと?!レディル、お前の目は節穴か!?」
カーラとヤクヤの声が重なり、レディルにメノア、ネヴェルは可笑しそうに笑う。
「と言うより、カーラ。そのあだ名、やめてくれないか?端から妙な目で見られてしまうよ」
笑いがおさまってからレディルが言った。
あだ名とは'次期、王様候補'である。
「えー?だってそうなりそうだもん」
カーラが言い、
「まあ、本当にそうなりそうだな」
ネヴェルも同意し、メノアとヤクヤも頷いた。
レディルの物腰の柔らかさや言動から、カーラが勝手に付けたあだ名。
…勿論、今のこの世界に王様なんて肩書きは存在しない。
誰も統治せず、それぞれの種族が協力し合いながら、何十、何百年が続いているのだ。
レディルは何か話題を変えようと考え、
「そういえば、ネヴェルにメノア。お前達はもう魔族の歳では成人しているが、子は産まないのか?」
「ブッ!!?」
いきなりのレディルの話の振りに、ネヴェルは吹き出す。
「そ、そう言う貴方はどうなんだ、レディル」
慌てながらネヴェルが切り返すと、
「うーん。私にはまだ、お前達二人のようになれる相手が居なくてね…」
「あ、いっつもむさ苦しいオッサンが隣に居るから、レディル目当ての女性、みーんな逃げちゃってるのかも?」
「坊主!なぜ俺を見る!?」
レディルとカーラ、ヤクヤの会話をメノアはクスクスと聞き、何か口を開こうとして…
それに気付いたネヴェルが、
「まっ…待てメノ……」
止めようとしたが、
「実は」
と、メノアは自らの腹をぽんぽん、と、優しく撫でた。
丘の上では、男三人の驚愕の声がこだまする…
「あ、あれ?私は冗談のつもりで聞いたのだが…」
レディルが言い、
「フェルサとミルダでさえ、まだなのに…?」
カーラがパクパクと口を開閉し、
「こ、こういう時、どんな反応したらいいんだ?!」
ヤクヤは困惑し……
メノアは可笑しそうに笑い、ネヴェルは額に手を当ててため息を吐いていた…
「…ふふ。楽しそうだね」
「全く。あいつらはもう少し静かに出来ないのか。ここまでまる聞こえだ」
丘の下を歩いていたフェルサは静かに笑い、ミルダは眉間に皺を寄せた。
「でも、安心したよ。最初は私にしかくっついてこなかったカーラ少年に友人ができて」
「…ふ、そうだな。何かと俺にはガンを飛ばして来るが……まあ、俺達はあいつがもう少し小さい頃から見て来た。嫌がるかもしれんが…そろそろあの話をしてもいいかもな」
ミルダの言葉に「そうだね」と、フェルサは微笑み、
「私達の養子にならないか…ってね」
だが、結局その話は伝えられないまま、世界は変わって行くのだ。
これは、平和だった世界の断片。