森の中の施設4
ミルダがフェルサを刺した
…だなんて。あまりに信じられない光景に一同は言葉を失う。
「み、ミルダ…?」
ひきつった笑みをして、フェルサは再びその名を呼び、
「なぜ君が…」
カーラも信じられないと言う表情をして言った。
ミルダはふらついたフェルサの体を支え、横目で巨大な黒い影を見る。
活発に動き出した巨大な黒い影の動きは、それを動かしたフェルサの行動を止めた為、小さくなってきていた。
「今の内にここから出ろ」
そう、ミルダがカーラに言って、
「どういう…ことだ?」
カーラは訝しげに聞く。
それに対し、いつも厳しい眼差しと表情を崩さないミルダが、少しだけ目を細め、どこか感慨深い表情をして…
「誰にもフェルサは救えない。俺にも、貴様にもな」
「じゃからどういうことなんじゃ?はっきり言わんとわからんじゃろう!」
はっきりした返答を返して来ないミルダにヤクヤが怒鳴れば、
「貴様らの言う通りだ。フェルサの行動は間違っている」
ミルダの腕の中で、彼のその言葉にフェルサは驚愕した。
「フェルサが、間違っている?その口からそんな言葉が出るなんて思いもしなかったよ…だけど、それをわかっていたのか?ずっとわかっていたのか?わかっていて…何もしなかったのか?」
徐々に怒りのようなものが混じったように、カーラは言葉を速める。
しかしミルダは首を横に振り、
「何もしなかったわけではない。俺が居て、貴様が居て、フェルサが居た。そして、ウェルとマシュリ。二人もフェルサと関わった。…そんな中で、マシュリは確かにフェルサの味方だった。フェルサの意思を尊重し…しかし盲信し過ぎているだけだった」
それは、救いなどではない。そう言いながらミルダは、ウェルの治癒を受け続けている、気を失ったマシュリとマグロの方を見た。
それから再びカーラに視線を向け、
「貴様はフェルサの思想を認めることが出来なかった」
「当たり前だろう。黒い影の実験は…間違っていた」
カーラのその言葉にミルダは目を閉じ、
「今でもそう思うか?」
と、ミルダが問えば「愚問だ」と、カーラは答える。
「…私の、ミルダ。ここまで来て…何故、君まで私を、理解してくれていなかったの?」
彼の腕の中でフェルサは目を見開き、剣で刺された心臓の辺りを右手で押さえながら疑問を吐き出せば、
「…カーラ。貴様はフェルサの味方にはなれなかった。そしてきっと、誰もフェルサの味方にはなれないだろう」
「…ミルダさん、貴方は…フェルサさんの味方になる為だけに、黒い影の実験を進めたのですか?」
そこまでのミルダの言葉を聞き、治癒の手を休めずにウェルが聞いた。
それにミルダは頷くが、
「じゃあなんで、今…フェルサを刺した?フェルサの味方なんだろう!?」
カーラは思わず叫んでしまう。しかしそれ以上、何も言わず、ミルダは黙りこくってしまい、
「何か言えよ…ミルダ!?お前はフェルサの味方なんだろう!?お前が、お前がずっとフェルサの傍に居て味方だったから、僕は――」
かつて好いた女性と、その女性が最初から選んでいた男。
その男が今、女性を裏切り、そして何も答えない為、珍しくカーラは苛立ちを露にした。
それを、
「待って下さい」
それまで黙っていたハルミナが制止する。
彼女はそのまま、ミルダとフェルサの方へ足を進める為、
「…ハルミナ?」
カーラは疑問げに名前を呼んだ。
二人の前でハルミナは足を止め、それに対し、
「何をしに来た、異分子」
いつもの冷たい声でミルダは言うが、ハルミナは、
「…ミルダさん。あなたには、あなたなりの考えが何かあったんですね?私は…あなた達を知らなさすぎる。だから…私は決着をつけに来たんです」
強い眼差しをミルダに向ける。
「決着、か。散々、異分子呼ばわりされた扱いへの復讐か?それとも、俺とフェルサが…」
「復讐なんて、そんな、あなた達みたいに馬鹿げたことは言いません」
ピシャリ、と。ハルミナはミルダの言葉をはね除けた。
「確かに、事実を知った今では…怒りだってあります。あなた達の目的で私を魔界に落としたのに…勝手に連れ戻して、勝手に異分子扱いして…」
そこまで言ってハルミナは言葉を止め、
「…フェルサさんの本心は散々聞きました。フェルサさんの中には復讐が色濃くあり、そして、それは大切な何かを守る為の…間違った復讐…」
ハルミナの言葉を聞き、ミルダの腕の中でフェルサは静かにハルミナを見据える。
「でも、ミルダさん。あなたの本心がわからない。あなたは…誰にも多くを語らない。マシュリさんだって、あなたと行動を共にしていたけれど、お互いどこか溝がありましたよね?あなたの本心を聞かせてほしいんです。…どんな思いで、ここまで来たのかを…」
そのやり取りを少し遠目から見て、
「いったい何する気だ?話し合いで解決しましょうってか?」
ラザルが言い、
「あの三人は、親子なんだろう?とてもそうは見えないが…だが、それならば俺達があの空間に割って入るわけにもいかない」
ムルが続け、
「じゃが、気は緩めるな。動きが止まったとはいえ、あの図体のデカイ影は残っておるし、ミルダとフェルサがハルミナの話に耳を傾けてくれるかもわからないからのぉ…」
ヤクヤは言った。
「…そんな事を聞いてどうする?」
ミルダがハルミナを睨めば、彼女は居心地が悪そうに俯き、
「あなたは…私の、父だと、聞きました。あなたの口からは聞いていませんが…。…フェルサさんからは聞きましたよ。私は復讐の為、実験の為に生まれたと。そんな話も…聞かせてほしいんです。あなたの口からも…ちゃんと…。そうじゃなきゃ…」
どんな言葉でも構わない。
どんな理由でも構わない。
ただ、この何も語らない男が本当に自分の父なのか…
今でもまだ信じられなかった。
だが、本人の口から聞ければ…
そして、この何も語らない男が、一体どんなものを背負ってここまで来たのか…
ハルミナはミルダのことを知らなさすぎる。
だからこそ、知らなければどんな言葉も相手には届かない。
緊張か恐れかで手が震えたが、ハルミナは真っ直ぐにミルダの目を見た。
その目を、ミルダも隻眼で見返し、
「先日まで異分子と呼ばれ、まるで死んだように生きていた貴様が…随分変わったな」
そう言いながら、片腕にフェルサを抱え、空いた腕をハルミナの方に伸ばすので、ハルミナはビクッと肩を揺らす。
だが……
「――っ…」
ミルダは伸ばした腕で優しくハルミナの肩を抱き、そのまま自身に引き寄せて抱き締めた。
その様に、ハルミナは驚く。
ミルダは「…――……」と、ハルミナの耳元で何かを囁き、そのまま彼女はぐったりと身を折り、意識を失った。
「…ミルダ、何を!?」
慌ててカーラがそちらへ向かえば、
「気を失わせただけだ」
と、ミルダは言う。
「気をって…まだハルミナは話の途中――」
「らしくないぞ、カーラ」
「!?」
そう、ミルダに言葉を遮られ、カーラは言葉を詰まらせた。
「貴様は昔から、やる気なしに行動していただろう。それが、何だ?その余裕のなさは」
ミルダは吐き捨てるように言い、
「この異分子を連れてここから出て行け。黒い影の動きが止まったとはいえ、この施設は時期に崩れる」
「…君とフェルサはどうする気だ」
「わかりきったことを聞くな」
カーラの問いに、ミルダはそれだけを言う。
それだけでカーラは察し、
「答えろミルダ。なぜ、フェルサを裏切った?なぜ…共に死のうとしている!?そんな道を選ぶのなら、ここまでのことはなんだったんだ!?ハルミナのことだって、このままにするのか!?」
カーラの叫びに、
「誰もフェルサの味方にはなれない。彼女が募らせて来た憎しみを幾ら共有しようとも、止めることは不可能だ。なら、俺が味方になるしかなかった」
ミルダは言い、
「味方になり…だが、俺も間違ったんだな」
そう言って俯いたミルダを見て、カーラは目を見開かせる。
「理解はしていた。これは間違った道だと。だが、やれる所まではやろうと決めていた。昔から…そう。善だろうが、悪だろうが、フェルサの味方になるとな」
「…っ、なら、この状況は…何なんだ!?」
心臓を刺されたフェルサと、魔術で気を失ったハルミナ。そんな二人をミルダが腕で抱いているこの状況に、カーラは悲痛に叫ぶ。
「これは、俺とフェルサが間違った結果だ」
ミルダは言い、気を失ったハルミナの体をカーラの方に押し、カーラは慌ててハルミナを受け止めた。
「ウェル、マシュリは置いていけ」
ミルダが言うので、
「なっ、何を言うのですか?!」
治癒の途中でウェルは慌てる。
「そいつの人生はフェルサの傍だ。例え貴様らに助けられても、そいつはフェルサ無き世界で新たな憎しみを生むだろう」
「そ…それは…」
ウェルは俯き、気を失ったままのマシュリとマグロを交互に見て、
「マグロちゃんの思いは、どうなるのですか…」
思わずウェルは涙を流した。
「チッ!建物が崩れてきやがる…」
ラザルが天井を見上げ、パラパラ落ちてくる建物の欠片に舌打ちすれば、
「ヤクヤさん?!」
ムルの驚くような声がする。ヤクヤが気を失ったマシュリを抱えたのだ。
「待って下さい!まだ治癒が…!」
ウェルが言うが、ヤクヤはそれを無視してマシュリを抱え、ミルダ達の方へ歩み寄り、――ドサッ…と。
マシュリの体をミルダの方へ投げつける。
「おい、ヤクヤ!」
カーラが怒るように言えば、
「行くぞ。これは俺達にはどうしようもない問題じゃ」
ヤクヤはカーラに言い、それから背中越しにミルダに振り向き、
「お前の生き方は俺にはわからん。じゃが、自分の道が誤りだと気付けたのなら…この先は新たな自分の道を進め。生も死も、フェルサとその子供をどうするのかも、決めてみせろ」
ヤクヤは言いながら、ハルミナを抱えているカーラの腕を強引に引き、
「待てよ!僕はまだ…まだ、フェルサに何も…っ!」
「…カーラ、少年」
まるで泣き喚くように叫ぶカーラに、フェルサは幼き日の彼の面影を見た。
そんな彼に、
「違うだろう、カーラ」
ミルダは静かに言い、
「貴様が護るべきはフェルサか?貴様は俺達の代わりにこれからも、'俺達'の…娘の傍に居ろ。俺達にはその資格が無い。後悔で目的を見失うな」
「――!!」
ミルダのその言葉を最後に、ヤクヤは力強くハルミナを抱えたままのカーラを引き上げ、施設から脱出した。
ミルダとマシュリ、そしてフェルサ。どんな形であれ仲間だった三人を置き去りにすることに涙するウェルの腕をラザルが無理矢理引き、ムルは気を失ったままのマグロを抱えて飛んだ…
ここに訪れたそれぞれが施設から出たのを見て、
「…何故なの、ミルダ」
弱々しくなっていく声音でフェルサは疑問を口にする。
「お前は自分の身体も実験に使っただろう。こんなことでは死ねないさ」
ミルダは言い、
「俺はこの目が奪われた事も、空に追い遣られた事も、別に構わなかった」
「…嘘」
信じられないと言うフェルサの一言にミルダは首を横に振り、
「お前が居ればそれで良かった。それを伝えようと…お前には伝わらなかっただろうがな。お前は止めたって聞かない奴だから」
そしてミルダはマシュリに視線を落とし、その髪を撫で、
「…さあ、決めねばならないな。俺達がどうするべきかを…この化け物を道連れにして…」
動きを止めた巨大な黒い影を横目に、森の中の施設はガラガラと派手に音を立て、勢い良く崩れ去った…