銅鉱山の最奥3

しばらくジロウとテンマは互いに無言で睨み合っていた。
ジロウは真剣な眼差しを向け、いつもニヤニヤと笑みを絶やさないテンマでさえ、その顔から笑みは消え去っている。

「まあいいさ。ここで幾ら話をしても時間の無駄だね」

と、テンマは言い、

「向こうの成果も出ているだろう。もう、ここに用はない」
「フェルサさん達の方ですか?」

スケルが聞けば、テンマはまたいつもの笑みを含んだ表情に戻った。

「用はないって、お前!逃げる気か?!」

ナエラがテンマに叫べば、

「逃げる?逃げるって、何から?」

ニコリと笑い、テンマはナエラを見る。

「何って、この状況…ボク達からに決まって…」
「逃げるって言い方はちょっとオカシイんじゃないかな?ナエラ。だって僕はここに居る君達全員、すぐにでも殺せるんだから」

冷ややかにそう言ったテンマの言葉と表情に、ナエラは背筋を凍らせた。テンマが言っていることは、ただの自信ではなく、恐らく事実なのであろう。

「…へえ、全員、殺せるやて?なら、なんでそれをしないんや?」

ラダンが問えば、

「そりゃあ、君達、生き残った人々に成果を見てほしいからさ。この世界の終わりって言う成果をね。今ここで殺してしまったら、僕の復讐を誰に見せ付ければいいって言うのさ?」

テンマは両手を広げて言う。

「あの男、とことん狂ってやがりますぜ…」

トールが言い、

「あたし達だって人数では勝ってるんだから、あの男をなんとか…」
「無理だね」

言い掛けたエメラの言葉にテンマは口を挟んだ。

「忘れたかい?僕は英雄の予備として造られた。英雄リョウタロウのね。この手に英雄の剣が無くても、力は彼と同等さ。彼はたった一人で全てを相手にし、勝利した。わかるよね、ネヴェル。かつての時代を生きた君なら、僕には勝てないって事くらい」

そうしてテンマはネヴェルに言葉を向け、最愛の少女が眠る装置を見つめたままのネヴェルはようやくテンマを見る。
しかし、ネヴェルは何も言わず、ただテンマを睨んだ。
それは怒りか憎しみか――今にもテンマを殺してしまうのではと言うくらいの気迫を彼は纏う。

「ね、ネヴェルちゃん…」

その側で、泣き腫らした目を擦りながら、困ったように、悲しそうにカトウが名を呼び、

「……」

ネヴェルはテンマに対しぶつけようとした何かを噛み締めた。
その様をテンマは愉快そうに見て、

「約束だとか願いだとか祈りだとか……そんなのに縛られるから君達は弱い。大切なものってやつを切り捨てれないからね。僕にはそれが無いから。何も躊躇う必要はない」

次にジロウに視線を向け、

「今は誰も僕に向かって来ない方が懸命だ。少しでも長く生き残りたいならね」
「…今、あんたを見逃したらどうなる?」

ジロウがそう聞けば、

「君達の命に猶予が出来る。逆に僕をここで止めるって言うなら、さっき言ったろう?君達はここで死ぬだけさ」

テンマの回答に、しかしジロウは首を横に振って、

「そうじゃなくて、あんたをこのまま行かせたら、あんたは何処に行ってどうするつもりだって聞いてるんだ。今すぐ世界を壊すって言うんなら、ここであんたを…止める」

ジロウは英雄の剣を構えた。

「…」

しかしやはり、テンマは余裕そうに笑う。なぜなら誰しもわかっているから。
戦いの経験などかじる程度しかないジロウでは…テンマには勝てない。
テンマはつかつかと、ゆっくりジロウの方へ歩いて来て、それに気付いたラダン達が動こうとしたが、

「待ってくれ、大丈夫だから…」

ジロウがそれを制止した。

「だ、大丈夫って…」

そんなわけないだろ、と思いながらユウタは言い、

「大丈夫。オレは絶対、テンマから逃げないって決めたんだ」

ジロウはそう言い切る。
テンマはジロウの前まで歩み、立ち止まった。

「新米くん、本当に偶然だった。僕があの日、君に声を掛けたのも。道案内をさせ、英雄の剣を手に入れたらそれでサヨナラするつもりだった」

そう言ったテンマの表情はどこか穏やかで、ジロウはなぜ今テンマがこんな話をするのか……それはわからないが、静かに聞く。

「たったそれだけの存在予定だった君が、まさかここまでの存在になるなんて、実際とても驚いているよ」
「それはオレの台詞だぜ。オレはあんたをただの嫌味な奴なだけだと思ってたのに」

そう、ジロウは苦笑し、テンマは人差し指をジロウに向けた。

「新米くん、君に覚悟はあるかい?僕の目的を見届ける覚悟が」
「目的って、世界を壊すことをか?」
「そうさ」

見届ける覚悟。
それは、全ての終わりを目に焼き付け、死んで行く覚悟があるか?
そんな問いなのであろう。

「ああ、覚悟はある。あんたの目的を止めてやる覚悟ならな」
「…ふふ。そう言うと思ったよ。はあ、どうしたら君は諦めるんだろうなぁ…」

テンマは肩を竦め、それから何か思い付いたのか急に右手を上げ、カトウの方に向けた。

「新米くんにとって一番大事な存在が誰かは知らないけど、商人さんは大事だよね?同じ人間同士だし」
「テンマ?!」

テンマが何をする気かはわからないが、ジロウの脳裏には魔術を放つ光景が予想され、慌ててテンマの右腕を掴もうとしたが、

「遅いよ」

テンマは言う。

「えっ」

と、カトウの驚くような声がして…
彼女の足元には暗い闇色の水溜まりのようなものが広がっていた。

「…カトウ!?」

ジロウは慌てて彼女の方へ走り、彼女の隣に居たネヴェルは咄嗟に彼女の腕を掴んで闇色の水溜まりから引き離そうとしたが、

「!?」

ずぶっ、と、カトウの足元に広がる闇は、段々と地面に彼女を飲み込んで行く。

「テンマ!?なんだこれは!?やめてくれ!!」

ジロウもカトウの片腕を掴み引っ張ろうとするが、引き寄せることが出来ず、カトウは徐々に闇色の水溜まりに飲み込まれて行き…

「て、テンマ……さん?」

飲み込まれ、動かすことの出来ない両足。
何が起きているのかわからない恐怖にカトウは震え、弱々しくテンマの方を見る。

「黒い影と関係あるんか?!」

ラダンは言いながら、カトウを傷付けないよう闇色の水溜まりに魔術を放つが、その魔術すら飲み込まれた。

「いや、違うよ。黒い影とは関係ない。英雄リョウタロウが使えた、ただの魔術さ」

テンマはそれだけ答える。

闇色の水溜まりに、カトウの体はもう胸の辺りまで引きずり込まれていて…

「はっ…離すもんか!!」

ジロウは飲み込まれて行く彼女の腕を必死に引き寄せる。
同じように反対の腕を掴んだままのネヴェルが、

「ジロウ」

と呼んでくるので、

「な、なんだよこんな時にっ!?」
「俺が居なくても大丈夫か?」
「……はっ?!ね、ネヴェルが居なくてもって、そんなの困るに決まって…」

カトウを引き寄せるのに力を注ぐジロウは、息を切らしながらもネヴェルの問いに答え、

「聞き方が悪かった。俺が居なくても、お前がすべき事を、語った願いや信念を、貫けるか?」
「っ!そ、そんなの、誰が居ようが居まいが……やるって決めたことは、やってみせるぜ!?それが一体なんなん…」
「なら、安心だ」
「……へ?!」

カトウを助けなければいけないこんな状況で、あまりにネヴェルの声が穏やかだった為、ジロウは驚いた。そして、

――ドカッ!

「ぐぅっ!!?」

ジロウはネヴェルに腹を蹴られ、その痛みにカトウの腕を離してしまい、弾き飛ばされる。
ジロウは急いで体勢を戻し、

「な、何すんだ?!」

そう、ネヴェルに叫んだが、

「メノアを…頼む」

ネヴェルがそう言い、

「…ね、ネヴェルちゃ…」

もう、口元の辺りまで闇色の水溜まりに飲み込まれているカトウに視線を移し、

「ネヴェル!?」
「ネヴェルさん!」
「ネヴェルちゃん?!」

と、一同は驚くように彼の名を叫び…
ネヴェルは自らも闇色の水溜まりの中に身を投じたのだ。
そんなネヴェルに、

「…だ…め……メノア…さん……側……に」

カトウは何か伝えようとしたが、とうとう闇色の水溜まりに口元が覆われる。
ネヴェルは仲間達に視線を向け、

「俺には英雄に対抗する為に造られた魔剣がある。それに、この魔術に心当たりがあるからな。俺が共に飲み込まれた方が早い。…こいつを連れてすぐに帰る、必ず後で会おう」
「………」

そんな彼を、すでに口元まで飲み込まれたカトウが目だけで疑問を訴えて、それに、

「俺は荷物を抱えるだけだ」

と、ネヴェルは以前、カトウに言った言葉を再び口にして、そうして、二人の体は闇色の水溜まりに引きずり込まれ、それ共々消え去った…
そんな光景の後、

「…あー、失敗だったかなぁ」

と言うテンマの声。

「お前!ネヴェルちゃん達はどうなったの!?」

ナエラが声を荒げ、

「さてね。新米くんを怒らせる為に商人さんだけのつもりだったのになぁ。ネヴェルはあれがなんなのかわかってるみたいだから…まあ、少しの間でも君達の側からネヴェルが居ないっていう点は大きいよね」

と、開き直るようにテンマは言い、

「どうだい、新米くん。君が僕を憎もうとしないから、君の仲間は傷ついていっちゃうよ?」

その言葉に、

(わかってるんだ。オレの言葉のせいで皆がテンマを憎むのを我慢してくれてるってことぐらい…でも…)

ジロウは歯を食い縛り、

「オレはネヴェルを信じてる。絶対、カトウを連れ戻してくれるって」
「あ、そ」

テンマは短く相槌を打ちながら踵を返し、

「じゃ、僕はもう行くよ。もう君達に会うことはないだろう」
「待て!!」

ユウタが叫ぶが、

「止めるのはお止めなさい。悪い方向に事が向かいますよ」

と、スケルに止められてユウタは驚く。

「テンマさん。貴方は私に尋ねましたね。私にとって、リョウタロウさんとレーツさんは何だった?…と。私はそれに答えを返していませんでしたね」

一行に背を向けたテンマにスケルは言い、

「私は親殺しです。ネクロマンサーの記憶や血筋に抗えなかった。そんな私をレーツさんが見つけ、お二人は私を諭し見守った。しかし私はお二人に背を向ける生き方を選んだ。普通に生きることは、そんな血筋を持った私には難しいものです」

ですが、と、スケルは続け、

「お二人は、そうですね。お伝えすることはありませんでしたが…親とは、あのような存在なのかもしれませんね。親殺しの私が言えた義理ではありませんが」
「お前…」

レーツの死に対し、何の感情も無かったと思っていたスケルのその言葉に、ユウタは目を丸くする。

「所詮、人間臭い奴ばかりだね」

それだけ言って、テンマは地面に魔術を放ち、辺りを煙が覆い隠した。
煙が晴れた頃には、その場からもう姿を消していて。

この場に残されたのは、ジロウ、ユウタ、スケル、ラダン、エメラ、ナエラ、トール……そしてメノアの亡骸。
テンマは何処かへ行き、ネヴェルとカトウは何処かに飲み込まれ…

結局、テンマに言葉は伝わらなかったが、それでもジロウは前を向いた。頭の中に描いていたのだ、幾つかの…結末を。


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