一人の少女の為に生きる少年@


ここ数日、まともに何も食べていないーー空腹のまま、少女はぼんやりと夕空を見つめた。

「システル!」

よく聞き慣れた少年の声がして、システルと呼ばれた少女は美しい金の髪と蒼い目を夕日に輝かせながら振り向き、「兄ちゃん」と、無機質に呼ぶ。
兄ちゃんと呼ばれた赤髪の少年ーーロスは、身体中に傷や痣を作り、小さな腕の中に真っ赤な果物を抱えていた。

「帰って来れたの?」
「ああ、お前が待ってるからな」
「また盗んだの?」
「ああ、お前が腹を空かせてると思ったから」
「危なくないの?」
「もう、危なくない。お前が腹空かせてる方が危ないんだ」
「ふーん」
「それ食ったらさっさとこんな町を出て、二人で旅をしよう」

そんな会話を淡々としながら、システルは手渡された真っ赤な林檎をかじった。

ーーシステルがロスに出会ったのは、両親が死去した日。
当時、まだ幼かった彼女がぼんやりと覚えているのは、家に押し入って来た盗人により両親が殺されたということ。
小さな自分は盗人の視界には入らなかったようで、金目の物を物色した盗人達はシステルに気づかないまま去って行った。
幼いながらに両親の死体を見てシステルが思ったこと。それは‥‥

(ご飯、どうしよう)

なんていう、これからの食事事情についてだった。

両親の死体が転がる家を出て、システルは町の中を歩く。
今まで一人で歩いたことのない故郷は、システルにとって知らない土地のように思えた。

(喉がかわいたなぁ)

そんなことを考え、だいぶ前に両親と町の外を歩いた時に流れる川があったことを思い出し、記憶を辿りながら足を向ける。

すると、向かった先の川辺に設置されているベンチに、自分と歳の近そうな少年の姿を見付けた。
しかし、システルの目にまず入ったのは少年ではない。

「リンゴ」
「うわっ!?」

少年がかじっていた林檎に目が釘付けになっていた。
いきなり背後で声を掛けられ‥‥と言うよりも林檎をまじまじと見ている少女に気づき、少年は慌てて振り返る。

「な、なんだよお前!?」

ぐぅー‥‥と。少年の問いに、システルは返事ではなく腹を鳴らした。

「腹が減ってんのか?」

少年の言葉にシステルは頷く。少年は少し悩んだ末に、もうひとつ手にしていた林檎を少女に無言で差し出した。
それを礼も言わずに受け取り、システルは迷わずにかじり出す。

(変な子。ってか、せっかく盗って来たのに)

少年はため息混じりに思った。
しばらくして、林檎を食べ終えたシステルは少年の顔を覗き込む。

「な、んだよ」
「あなた、名前は?」
「はぁ?名前なんかねえよ」

そう言った少年の言葉にシステルは首を傾げ、

「どうしてないの?」

と、尋ねた。

「物心ついた時から親が居ねえからだよ。捨てられたんだか死んだんだか知らねーけど。お前とは違うの」

少年はそう言う。しかし、それにシステルは、

「なら、今の私と同じね!」

と、まるで天使のように柔らかく笑ったのだ。

「‥‥へ?」

何が同じなんだと少年は目を丸くする。

「私もさっき、お母さんとお父さんが知らない人に殺されちゃったの。家の中の食べ物やお金も持って行かれちゃったの」
「お、おい‥‥」

笑ったまま、酷な話をするシステルを、少年は困ったように見つめた。しかし、システルはそんな話を笑顔で続けるのだ。気づいていないのだ。

目に涙を溜め、頬に伝わせながら泣いていると言うのに、本人はそれに気づいていない様子で、笑顔で話し続ける。

止まらない彼女の不幸な笑い話を少年は夜更けまで聞き続けた。一人にはしておけなかった。
どこか危うい彼女を放っておけなくて、少年ーーロスはその日から彼女の分も盗みを働き始めた。

名前が無いと言った少年。
「ロス」という名前はシステルがつけてくれた。
理由は、どこかで聞いたことがある言葉で、なんとなくだとシステルは言う。

ロスと呼ばれるようになった少年は'失う'を意味する名前の響きに苦笑した。一体これ以上、何を失えばいいんだか、と。

そうしてシステルと過ごすようになり、ロスが彼女に対して特別な感情を抱くのは自然な流れだった。

いつも愛らしい笑顔で隣に居てくれる少女。自分が居なければ腹を空かせて餓死してしまうであろう少女。
彼女を愛し、守ること。それが、ロスの生きる目的になった。

けれど、いつしかシステルはロスを「兄ちゃん」と呼び始め、その関係はまるで義兄妹のようになっていった。何を感じて彼女がそう呼ぶようになったかはわからない。

それでも構わないと、ロスは感じていた。彼女がずっと、隣に居てくれるのであれば。

しかし、そんな日々は長くは続かず、ロスは一度だけヘマをした。
法なんか無いはずの、形だけの刑務所にロスは連れて行かれ、牢屋に入れられた。

牢の中では、毎日嫌と言うほどの血を見せつけられる。それは、自分自身の血であったり、他人の血であったり。

法なんか無いのだ。
趣味の悪い看守共に殴られ、嬲られ、刃物で身体を切り裂かれ、血にまみれ、まるで玩具扱いだ。
舌を噛み切って死んでやろうと何度も考えた。しかし、どうしても出来なかった。

腹を空かせて待っている少女の姿が、脳裏に浮かぶから。

何日かして、大体の看守達の動きの流れを把握したロスは彼らからナイフを奪い、闇雲にそれを振り回して脱獄に成功した。ただただ、空腹の少女の元に帰る為に。

脱獄しようがしまいが、法の無い世界で看守達はロスを追うことはしない。他人をいたぶる異常者の集まりで作られた刑務所だからだ。続々と、彼らの欲を満たす人間は現れるだろう。

けれど、たった数日の地獄のような日々はロスにトラウマを植え付けた。

その日から、ロスは血を見ると吐き気を催すようになってしまう。血を見ると同時に、受けた仕打ちを思い出してしまうからだ。

それでも。こんなに汚れて醜い世界だというのに、ただ一人、美しい彼女は待っていてくれた。

「帰って来れたの?」

そう言って、何日もずっと同じ場所で、自分のことを待っていてくれたのだ。

脱獄してからは、ロスはシステルと共に宛のない旅をした。
たまに盗みをして、たまに働いて。全てはシステルの為に。

システルと世界、どちらが大事だ?

ふとした時、ロスはそれを考える。
システルの側に居ない時、感じてしまうのだ。

自分は何かオカシイのだろうか、なんて。

だが、システルを見ればそんな考えは容易く吹き飛ぶし、答えも簡単に出る。

世界よりも何よりも、システルが大事なんだ。
胸を張ってそう言えるんだ。


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