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ーーこの世界には、人々が'異常'になる呪いがかけられている。

そんなお伽噺がある。
果たして本当にお伽噺なのだろうか?きっとお伽噺ではなく、真実なのだろう。
何故なら、まともな人間を見た事がないから。

犯罪を犯したり、妙な趣味を持ったり、人と感覚が違ったり。
それが当たり前すぎて、何が異常なのか。そんなこと、誰にもわからない。

「ねえ、ディエ。あんたはなんで人を殺すの?」

出会ってから数日。ディエを見ていてわかったこと。彼は当たり前に人を殺すタイプの人間だ。まあ、別に珍しくもない人種であるが、シャイはそう尋ねる。

「は?」

すると、ディエはナイフを動かす手を止めた。


ーー‥‥道中、とある街道で、ディエとシャイに道を尋ねて来た若いカップルが居た。
シャイが答えようとしたが、ディエが快く道を教え出したので、「意外‥‥」とシャイは呟き、その様子を暇つぶし程度に見ていた。

そのカップルが「ありがとう」と、道を教えてくれたディエに礼を言い、教えてもらった道へ行こうと背を向けた時だった。

ディエは愛用のナイフを握り、いきなり女の背を刺したのである。
痛みに叫ぶ女と、突然のことに驚く男。
いきなりの事に頭が回っていなかったのであろう。
男は恋人である女が滅多刺しにされる様を呆然と見ていた。
ようやく頭が回った頃、男は大泣きしながらディエを殴り、恋人である女を刺し続けていたナイフを奪い取って投げ捨てる。

ディエは抵抗せず殴られていたが、しかし、男のその行為が、ナイフを投げ捨てた行為がダメだったらしい。

「普通それで刺すべきだろ。殴り殺せるような力もないし度胸もない。お前、ダメだな、全然ダメだ」

そう言いながら、ディエはもう一本隠し持っていたナイフを手に取り、それで男の体をぶっ刺した。


ーーそして、それから数十分後が今に至る。

シャイがディエに、なぜ人を殺すのか?と言う質問をしている最中だ。

もはや見る影もない若いカップル。それは地面に倒れ、幾度も突き刺されて真っ赤に染まっていた。

「理由なんか聞いてどうすんだよ、ストーカー女」

ディエは血を滴らせたナイフをくるくると宙で回し、シャイを睨む。
ストーカー女と言われたことを否定はしない。勝手に彼の後をついて回っているのは事実だから。

「別に。理由があるのかどうか、ちょっと気になっただけ」

そう言われ、ディエは一瞬だけ考える素振りを見せる。

「愉しいから殺るだけだ。女なんて非力な存在は世界に必要ないし、男は強い奴だけ居ればいい。俺を殺せる奴だ。でも、女も男も不要な奴しか居ない。だったら殺す方が愉しいし気持ちいいし、価値がある」

なんて、殺人鬼にありがちな、自分勝手な理由を吐いた。

「じゃあ、あたしはいいのかい?殺さなくて。あんたに勝手に着いて来てるけど?当たり前だけど、あたしは世界に必要ない非力な女だよ」
「あ?殺されたいのか?お前なんていつでも殺せるぜ」
「だから、なんですぐに殺さなかったのか聞いてるの。いつでも殺せるんならさ、今だって」

真剣な表情で問い詰めてくるシャイに、

「お前、使えそうだからなぁ。顔もマシ、スタイルもマシ。会った時も襲われかけてたじゃん?俺がストレス発散したい時にゴロツキなりなんなり呼び寄せる囮にはなるだろうって思ってたぐらいだ。自惚れんなよ?理由なんてたったそれだけだ」
「ふーん」

酷いことを言われてはいるが、別にシャイには響かなかった。

「顔もマシ、スタイルもマシ。それ、褒めてくれてるの?なら、なんであんたはあたしを犯さないの」
「そこまで困っていない」
「じゃあなんで殺さないの」
「お前、マジうぜぇな」

ディエは深いため息を吐き、つかつかとシャイの元まで歩いて来て、

「何がしてほしいんだ?キスか?犯してほしいか?それとも殺してほしいか?」

くいっと顎を持ち上げられ、言葉通りキスされそうなくらいに顔を近づけられて、

ーーバチンッ!と、シャイは両手でディエの両頬を叩いた。

「っで‥‥お前、なんのつも」
「っ‥‥あ、あたし、先に行くから!あんたもこの先の町に行くんでしょ!あたし、先に行っとくから!ちゃんと来なさいよね!?」

そう言いながら、シャイはディエから離れ、早足で街道を進んだ。

(ま、まずかった‥‥)

いきなりの至近距離に顔が真っ赤になっていた。
口では強気な態度を取れはするが、実際に何かされそうになると、冷静さを保てない。

若いカップルが殺され、その二人の未来は奪われたと言うのに。
それなのに、シャイにとってディエの行動は別に異常には見えなかった。
ディエにとって、それが生活習慣なのだと云わんばかりに。

ーーこの世界には、人々が'異常'になる呪いがかけられている‥‥と言う、お伽噺がある。

(それなら仕方ない。なんて思ってしまうあたしも、相当、異常なんだろうな)


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