教会に戻ったヒロと波瑠は、部屋でシハルを休ませた。
波瑠が簡易にシハルの手当てをしてくれたが、意識はまだ戻らず。
その後、戻って来たカイアの報告もよくないものであった。

カイアは男を追ったが、追い付いた時にはもう、男は近くの村のギルドに行き、サラを国に突き出してしまっていた。
そうなればもう手出しは出来ない。
ーーサラは突き出され、あの男の金に変わった‥‥

「僕が‥‥僕が二人から目を放したばかりにこんな、こんな‥‥」

この数ヶ月、カイアもカナタとサラと暮らしたのだ。僅かな情は、湧いていた。

「違うよカイア‥‥オレが、オレが甘い考えだったばかりに。サラとカナタを結局、助けれなかった。シハルにまでこんな怪我を‥‥」

俯き、涙を堪えるヒロに、

「ふーん‥‥本当にここで生活してたのねぇ」

と、教会内を見回っていた波瑠が戻って来て言う。

「波瑠さん。すみません‥‥波瑠さんがカナタをオレに託してくれたのに、オレ‥‥」

波瑠はため息を吐き、

「あんたはこれからもまだ続けるの?異端者を見捨てれない?」
「見捨てたく、はないです。でも‥‥助けてまた、こんなことになったら‥‥」
「‥‥あんたはさ、一度失敗したらそんなもんなの?あんだけ威勢張ってたのに」

波瑠に言われて、ヒロは押し黙るのみで。

「あんなのはねぇ、はっきり言って日常茶飯事の光景なのよ。毎日、異端者はどこかで死に、どこかで金に変えられる。あんたはそれに耐えれない?あれに耐えれるんなら、あんたはあんたの進む道を進むべきよ。私はあんな光景は平気。だから毎日、間違っている事は間違ってると判断して行動してるの‥‥例え、何も救えなくても」

それにヒロは顔を上げて、

(あれが、日常‥‥でも、あれが常識だとしても、こんなの辛すぎる)

ヒロは気を失ったままのシハルを見た。

(私は、これからも異端者達を助けてもいいのかな?こんな結果になるのを承知で‥‥)

ぐるぐる思考を動かし、唇を噛み締める。

「あんたはまだまだ未熟。でも、未熟の中にも本気があることはわかったわぁ。あんたは痛い目を見た。だったらこれから這い上がりなさい。這い上がれないんなら、今までのあんたはやっぱり偽善の塊に過ぎなかったと言うことよぉ」
「‥‥っ。オレ‥‥諦めたくない。異端者は物でも金でも無い。同じ、人間なんだから」

そう、ヒロは自らに言い聞かせるように呟いた。それを聞いた波瑠は一つ息を吐きながら笑い、

「正直、初めてあんたに会った時、異端者を助けたのには驚いたわぁ。今回、偶然通りかかってあの異端者達を見掛けて、それでまたあんたに会って‥‥そうね、礼を、言わなきゃね。ナイフや魔術が飛んで来た時、庇ってくれてありがとう。あんたは、誰かの為に動ける人間なのねぇ」

言われて、ヒロはごしごしと涙を拭った。


ーーシハルとギルドの依頼を共にしたのはほんの数ヶ月。
雨天問わず、シハルは依頼を受けて‥‥

例えば物資を運ぶ依頼。
これは一番簡単とも言える依頼らしいが、始めの内は荷物の重さにヒロは驚いた。

「いいよ、ヒロさん。俺がこのぐらい持つから、ヒロさんはその小さいのを運んで」

そう気を遣われて。依頼をこなしていく度に、ヒロはシハルに負けじと運ぶ量を増やしていった。


例えば雨の日。
盗人が現れたので捜し出してほしいと言う依頼があって、その盗人を追って走り回った。
鉄の階段があって、ヒロはあまり早く走ると滑ってしまってゆっくり走っているのに、シハルは難なく、ペースを落とさず走って、

「危ないからヒロさんはゆっくりでいいよ!」

なんて、依頼対象を追いながらそう気を遣われた。
ーーそれが悔しくて、依頼の無い日、雨の中、教会の外で練習の為に走り回り、風邪をひいてシハルとカイアに心配を掛けた。

そんなことばかりだったから‥‥
いつか大きくなって自立して、その時には、シハルに楽させてやりたい。そうヒロは思っていた。


「シハル‥‥」

意識を取り戻し、目を開けたシハルにヒロは安堵の声を漏らす。

「‥‥どうしたんだいヒロさん、そんな顔して」

そうシハルが腕を伸ばし、ヒロの涙を拭いながら微笑むので、

「ううん‥‥ごめんな、シハル。オレのせいで‥‥カナタもサラも守れなくて‥‥シハルに、怪我をさせてしまって‥‥」
「そう‥‥だっけ?」
「え?」

シハルが不思議そうな表情を返してくるので、ヒロは首を傾げた。

「あれ‥‥カナタとサラって‥‥誰、だっけ。なんで俺は、怪我をしたんだっけ‥‥俺は、何を」
「シハル‥‥覚えて、ないの、か?」

体を起こし、頭を抱えて言うシハルはどこか虚ろな表情をしている。


ーーシハルは、サラとカナタのことを覚えてはいなかった。
ただ、ヒロのことは覚えているが、全てを覚えている感じではなくて。
シハルはこう言ったのだ。

「俺は‥‥確か以前、ヒロさんに助けられたんだよね」

ーーと。笑って言うのだ。
助けられたのはヒロの方だと言うのに、なぜシハルはこんなことを言うのか?
わけがわからなくて、ヒロは悪いと思いながらも、以前シハルが話してくれた、シハルの奥さんの話をチラリとしてみた。

「シハル‥‥奥さん、居たんだよね?」

そしたらシハルは不思議そうな表情をして「え?奥さん?俺に?うーん‥‥確かに、誰か、居たような‥‥」と言うのだ。

シハルは、大切だったはずの妻子のことを、失ってからずっと思い悩んでいたはずのことすら忘れてしまっていて。

どうしようもなくて、ヒロは思わず泣いてしまった。泣いて、何も言えなくなってしまった。

「ヒロさん?」

シハルは困惑しながらも、ヒロの肩を抱き寄せる。
そんな、困った表情をしたシハルは、先刻までのヒロが知っているシハルではなかった。
シハルは優しい人間だけれど、どこか冷めている部分もあった。
でも、今、目の前に居るシハルはどこかおっとりとしていて‥‥言うなれば‘無垢’だ。

「入るわよぉ。もう少し傷の手当て‥‥って、あらぁ、彼、目を覚ましたのね‥‥お邪魔だった?」

部屋に入って来た波瑠が、抱き締め合っている二人を見て言って、ヒロは慌ててシハルから体を離す。

「‥‥誰だっけ?」

シハルが波瑠を見て言った。
確かに、シハルと波瑠はこれが初対面みたいなものだから、波瑠のことは知らなくて当然である。

「私ぃ?さっきチラッと会ったでしょ、あの海岸で。ほらぁ、異端者の‥‥」
「まっ、待って!」

そこまで言った波瑠の言葉をヒロは慌てて止めた。

「何よ、アンタそんなに慌ててぇ‥‥」
「海岸、異端者‥‥?」

波瑠の言葉に、シハルは深刻な表情をしていて、目を細めて頭を抱えている。
ヒロは、苦しそうな表情をしている彼を、見ていたくなかった。
自分のせいで巻き込み、怪我をさせてしまった彼。
自分と一緒にいたら、これからもこんなことが起きてしまうのではないだろうか‥‥
ヒロはそう思いながら胸に手をあて、

「シハル、忘れたのかよ?!彼女は波瑠さん‥‥いや、波瑠!シハルの恋人じゃないか!」
「はあ?」

いきなりのヒロの発言に波瑠は眉を潜めた。

「恋人?」
「そう!さっき言った奥さん!と言うか‥‥結婚する予定の相手?みたいな!えーっと、さっきシハルはいきなり現れた賊から大事な大事な波瑠を守って怪我をして気を失ってたんだよ!それでちょっと記憶が飛んじゃったのかな?!」

ヒロはできるだけ明るく言い、

「ちょっとアンタ、いったいなんの‥‥」

当然、背後で波瑠が怒っているのを感じる。

「君が、恋人?」

シハルは波瑠をじっと見て、

「だからぁ、いったいなんの‥‥」
「そうか‥‥ごめんね。俺、そんな大事な君のことを忘れてしまって‥‥思い出せるよう努力するから。えっと、波瑠さん」

そう、シハルはあっさりとヒロの話を真に受け、微笑んで波瑠の両手を握った。

「え、う、あ、は、はい」

咄嗟の流れに波瑠は訳のわからぬまま、顔を真っ赤にして頷いてしまう。

そんな光景を見ながらヒロは、考えられるのはやはり一つ。シハルは雷の魔術を喰らった時に一種の記憶障害を起こしたのではないか、と。


ー18ー

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