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それから、ヒロとカイアはお互いのことを話した。
ヒロが一ヶ月前に初めて異端者という存在を知ったという事実にカイアはとても驚いたが、ヒロの育って来た環境や境遇の為、仕方ないことか、と頷く。
話している最中、お互い異端者の見方が違って口論になったりもした。
「それで、決まった?オレ達を国に突き出すかどうか」
ヒロがカイアに聞けば、彼はため息を吐き、
「貴方の意見に同調はしていません。異端者のことも、僕にはまだよくわからない。でも、貴方は悪い人ではない‥‥と思います。もし貴方の言ってることが全部嘘だった時には、突き出します」
そう、真剣な表情をして言う。
「はは。嘘じゃないってば。まあ、ありがとう」
ヒロは苦笑した。
「そういえば、カイアも両親みたいにギルドの依頼を受けているの?」
「いえ‥‥僕はそういうの向いてないですから。戦いも不向きだし。その、家事‥‥料理が得意と言うか‥‥各地を回って飲食店で働いたりしてるんです」
「へえー!凄いね!」
ヒロは感心するように言う。カイアは今よりもっと子供の頃に両親を亡くし、それからずっと、自炊していたのだろう。
「あのさ、カイア」
「はい?」
「ここで一緒に暮らさない?カイアが家事してる間、オレがギルドの依頼を受けて稼ぐから!」
「は?」
目をキラキラ輝かせて言うヒロに、カイアは唖然とするしかない。
「大丈夫!ちゃんと保護者みたいな人が居るから、ギルドの依頼受けれるからさ!」
「あ、あの‥‥」
「オレ達‥‥あ、オレと、シハルっていうんだけど、二人とも料理出来なくて買ってばかりで。だから、あの子達の栄養も偏っちゃうし、家事が出来る人が居たら助かるし、ここに誰か居て、サラ達を見ててくれる人が居たらオレも外に出てギルドの依頼受けれるし」
一人べらべらと話を押し付けてくるヒロを止めようとしたその時、
「ただいま」
ーーと。
部屋の中にギルドの依頼を終えて帰って来たシハルが入ってきた。
「あれ?」
当然シハルはカイアを見て、首を傾げ、
「友達?」
と、ヒロを見て聞けば、
「えっ、えーっと‥‥」
なんと説明したものかと、ヒロが返答に戸惑うので、
「あ‥‥まさか、俺が働いてる間にこそこそ彼氏を‥‥」
「違うよシハルのバカ!」
「えっ?彼氏って‥‥」
二人のやり取りにカイアが困惑した為、その反応を見たシハルは、
「あ。もしかして君、ヒロさんのこと男の子だと思ってた?ヒロさんはこう見えてれっきとした女の子だよ」
なんてシハルが言って、カイアは目をぱちくりとさせる。そのカイアの反応にヒロも驚いた。
「あ、そっか‥‥男と思ってた?あ、あはは、なんかごめん」
「おっ‥‥女‥‥の子?」
途端に、
(おっ、女の子と‥‥僕は言い合ったり、女の子に、弱音見せたり‥‥してた、のか!?僕はっ!?)
カイアはなんだか恥ずかしくなってしまう。
「あはは‥‥まあ、そんなのはいいとして。さっきの話、考えといてよ、カイア」
ヒロがニコリと笑い、
「なんの話?」
流れが読めないシハルが首を傾げたので、「後で話すよ」と、ヒロは言った。
「あっ、あの、とりあえず、僕、帰ります!!」
そう言って、カイアは教会を飛び出して行った。
◆◆◆◆◆
「ふーん‥‥なるほどね。あの子、この場所を他の人に話さないかな?」
一連の流れを聞いたシハルはそう言う。
「大丈夫、じゃないかな。カイアは悪い人じゃなかったし。でも、ごめんな。シハルの居ない間にややこしいことになってて‥‥オレが人前で安易にカナタを助けたから‥‥」
そう、ヒロは困った顔をして、頭を掻きながら言って、
「ヒロさんが助けなければ、カナタは結局、国に突き出されていたかもしれない。結果は変わらないさ。君が選んだのは、あくまで彼らを助けることなんだから、間違った行動じゃない、だろう?」
シハルに言われ、ヒロは小さく「うん‥‥」と言った。
「そういえば、サントレイルは‥‥ジルク様の演説ってなんだった?演説を邪魔する人とか居たの?」
シハルの今日のギルドの依頼、サントレイル王演説中の治安維持の様子を尋ねれば、
「ちらほら演説に野次を飛ばす奴も居たよ。演説内容は、まあ、今後の国の方針や訪れるかもしれない戦争の備え。そして平和への道の為、各国との交流だとか、まあ政治の話だったね。俺は街中で指定された場所に配置されていたから、王の姿は見ていないんだけど‥‥声だけ聞いてても若いってわかるね」
シハルは言い、一枚の紙を取り出して「俺は興味ないから読んでないけど」そう言ってそれをヒロに渡す。
それは、先ほどの演説内容の号外新聞だった。
写真と共に内容が綴られている。
写真に写った演説中のジルクの表情は、立派な王の姿であった。
それを見て、ヒロは安堵するように無意識に微笑み、それから‥‥
傍らに写る何人かの騎士であろう者達の中に、なんとなく見覚えの‥‥面影のある姿を見つけた。
今から六、七年程前、ヒロが育ったあの施設。
魔術に長けた、金に変えられそうになり魔術を暴走させた、学院にも居なくてその後の行方がわからなかったあの少女の‥‥リーネの面影があった。
ーーきっと彼女なのだろうとヒロは確信する。
魔術の腕をサントレイル国に買われ、国の為の、王の為の騎士に任命されたのだろう。
(彼女だったとしたら‥‥そうか。それで学院に居なかったのか‥‥彼女の歳は知らないけど、私と同じ歳ぐらいだと思う。すっごく美人だなぁ‥‥ジルク様と並ぶと‥‥凄く、綺麗な二人‥‥)
自分と比べて美しく育った少女。そんな少女がジルクと並んだらとてもお似合いで。
そう思うとモヤモヤした。
「はは」
と、急にシハルが笑い、ヒロは顔を上げる。
「ヒロさんは見てて飽きないね」
「なんで?」
「いや、それ読みながらニヤニヤしたり困った顔したりしてて面白くて」
言われてヒロはムスッとし、
「シハルはデリカシーがないっ!」
そう言った。
◆◆◆◆◆
ーー数日後。
「カイア?!どうしたのこの荷物!」
先日の少年、カイアがたくさんの荷物を持って教会に訪れたのだ。
「いっ、いや、あの‥‥ヒロさんがどんな風にここで彼らと、異端者と暮らしているのか‥‥しばらく見張ろうかな、と‥‥」
何故か視線を逸らし、顔を赤くして言うカイアに、
「ーー!!もしかしてカイア‥‥」
「はっ、はい‥‥」
「この前の話、考えてくれたの?料理にここの留守の預り!」
「いっ、いえ、あくまでただの見張りと言うか」
もごもごと話すカイアの言葉を遮るようにヒロは彼の手を握り、
「ありがとうカイア!」
ブンブンとその手を振って礼を言って、ますますカイアの顔は真っ赤になった。
「きっと、カイアの両親も喜んでるよ。‥‥カイアの両親が彼らを助けようとしたように、カイアもこうしてオレ達を、彼らを助ける手伝いをしてくれるんだから」
とんとんと話を進めていくヒロに、でも、恐らく全て本気の言葉ばかりを紡ぐヒロに‥‥
カイアはそんな彼女と居たら、異端者を理不尽に憎むんじゃなく、
(いつか、わかる日が来るだろうか‥‥父と母の思いが‥‥)
俯いているカイアに、
「ねえ、カイア!肉料理とかも作れる?」
「‥‥え?あ、はい。大体、なんでも作れるかと」
「ほんと!?シハル、今日もギルドの依頼に行って疲れて帰って来るだろうからさ‥‥何か元気になる料理を‥‥やっぱり男の人は肉だよね?シハル、いつも帰りに出来合いのものを買って来るから‥‥とりあえず連絡魔法で事情説明しなきゃ!」
先日のように一人話を進めていくヒロを、カイアは微笑して見つめて、
「ヒロさんはシハルさんのことが好きなんですね」
「え?シハルを?」
言われて、最初は彼を疑っていたけれど、一緒に暮らしていく内に、まだ多少冷めてはいるが、シハルも異端者を‥‥サラとカナタの面倒をよく見てくれている。
シハルの異端者達に対する態度も変わりつつあった。
ーーふと、先日シハルが言ったのだ。
「最近は、異端者関連のギルドは自然と避けるようになった。いつか協力者が現れるか、ヒロさんが十六になって一緒にギルド依頼を受けれたら、異端者関連は一緒にしたいね。彼らをうまいこと助けれるように」
そう、シハルは言っていた。
彼のその言葉がヒロにはとても嬉しくて。
いつしかシハルはとても信頼できる存在に変わっていた。
「シハルを好きか‥‥考えたことなかったな」
そう、ヒロは呟く。
ーー数時間後にシハルが帰宅して、その頃にはカイアの手料理が出来上がっていた。
温かな香りに包まれて、ヒロとシハル、カイア、サラとカナタで食事を囲む。
食事を終えた後に、
「ヒロさんのお陰だね。君はきっと、これからも少しずつ‥‥人と異端者を繋いでいくのかもしれないな」
なんてシハルが言って、
「何言ってるんだよ、シハルが一番の功労者だよ。シハルがいなきゃ、オレは異端者のことを知らないままだったかもしれないから」
ヒロはそう、笑って言った。