『今、サントレイル国はオルラド国によって壊滅させられようとしています。民や兵士はすでに避難させました。ここには私と一人の部下だけがいます』

そのジルク言葉に、ヒロ達はリーネを思い浮かべる。

『今まで得体の知れなかったオルラド国。正に、それはバケモノでした。その国に住まうのはもはや人間などではなく、亡霊でした。王も国民も兵士も全て、機械や武器という怨念だった。オルラド国というものは、すでに滅びていたのです。私達は怨念と対話し、怨念を恐れていただけだった。今、私はそんなオルラド王と対峙している』

聞こえる声と共に、風の音がした。
ジルクはまだ、この国にいるはずだ。

「もしかしたら‥‥屋上かもしれません」

ディンはそう言って、ヒロとシハルに目配せをする。ディンが駆け出し、二人もその後を追った。
階段を駆け上がり、広い廊下を走り、未だ、ジルクの声は続く。

『オルラド王は、自分が異端者を創造し、異端者を人間の中に宿らせたと語りました。この世界で生きて行くに相応しい人間だけを残す為にーーと。「自分と違う存在を守れるか?」私達人間は、それを試されていたのだと言うのです』

それを聞きながら、

「いっ、異端者を創造って、どういうこと!?人間が試されてた!?意味がわからない‥‥っ!」

息を切らしながらヒロは言う。

『オルラド王は異端者を差別しなかった人間だけを残す‥‥そんな世界を作るつもりです。いつか、人間全てが滅びるのを阻止する為だと言う。いつまで経っても、戦争は終わらない。武器を持ち、人を殺め、戦争ばかりを無差別に繰り返すオルラド国。人を殺めることの愚かさ、恐怖を私達、人間に植え付ける為に行動していたと言うのです』

神様か何かのつもりか?
ヒロ達はそんな思いになる。

『異端者を差別しなかった人間。異端者を差別する考えを改め直した人間。異端者を差別することに戸惑った人間。そんな人間だけが、生きるに相応しいと。そんな人間だけであれば、惨い戦争は起きること無く、小さな火種は起きるかもしれないが、人間全てが滅びることは無い。この世界は続いて行く。異端者達は今、黒い霧となり、選ばれなかった人間を消し去る機械になっている』

屋上へと続く階段で、徐々に実際のジルクの声が近づいてきた。

『だがーーっ!そんなもの、納得出来るか?結局、オルラド国が全てを歪め、無差別に人を殺めた!脅威を知らしめる為と唄い、虐殺を繰り返した!多くの人が大切な者を失っただろう。私も、オルラド国に民や友人を奪われた!だが‥‥』

吹き抜ける風と共に火の粉が舞う。
辿り着いた屋上にはジルクとリーネの後ろ姿と、城下町を徘徊していた鉄の兜を被った巨大な頭が向き合っていた。

「だが、私だって異端者を差別した。結局、正しい人間に成るというのはあまりに難しい。優しい世界なんて、夢物語でしかない。人間は、争う生き物だから」

その言葉を、ヒロ達は黙って聞く。ジルクは巨大な頭に語り掛けているようだ。あれが、オルラド王だと言うのだろうか。

「これからきっと、世界は変わる。全てを語れたわけではありませんが、どうか、私の言葉が世界中に届くことを願うばかりだ。私は、私に協力してくれた一人の少女と共に、長い長い眠りにつきます。オルラド国を壊す術は、秘められた魔術、生命を繋ぐ魔術しかない。それを使えば、命を繋いだ者は代償として仮死状態‥‥綺麗に言えば、長い眠りにつきます。この魔術を使って自分が変えた時代を見る事は許されない。だから、私達二人は一体いつの時代の世界に目覚めることを許されるのかはわかりません。十四年という短い人生で、サントレイル国の王らしいことは何一つ出来なかったし、他の国の人々との交流も全く出来なかった。だから、これは罪滅ぼし。新しい世界ではもうオルラド国に怯えることはない。新しい世界は、残された皆で良い道に進んで下さい」

恐らくそこで、ジルクは世界中への連絡魔法を切った。

「長い眠りって、どういうこと!?」

思わずヒロが叫ぶ。
ジルクとリーネは驚くように振り返り、ヒロ達を見た。

「ディン兄さん!どうしてここに!?まさか、兄さんがその二人を連れて来たの!?」

リーネが言い、

「ディン。ここは危険だ。私も今から使う術がどのようなものかはわからない。だから、巻き込まれない内に早く‥‥」
「待って!あれが、オルラド王なの!?あんなものの為に、どうしてジルクとリーネが眠らなきゃいけないんだ!?」

ジルクはヒロを見つめ、

「そう。このバケモノ‥‥いや、怨念がオルラド王。確かに、人であった頃からオルラド国は戦争ばかりしていた。だが、いつしか国は亡者の巣窟になっていたんだ。オルラド国に多くを奪われた者達によってね。王のこの姿も、オルラド国によって滅んだ怨念達の塊だ」

巨大な頭から無数に生えた手足がゆらゆらと動く。

「戦争によって死んだ彼らは、世界から争いをなくす為にオルラド国を騙り、異端者を使い、凶悪な人間を排除する為に動いた。だが‥‥その為とはいえ、罪のない人々が死んでいった。そして、異端者はーー‥‥」

異端者は怨念達の魂によって創られた存在だと言う。
感情のない生き物。ただ、生き残るに相応しい人間を選ぶだけの存在。

「そんなことない‥‥今まで出会った異端者達、助けれなかったサラとカナタ、ラサの赤ん坊‥‥彼らは生きていた。彼らは、人間だ!」

ヒロはオルラド王を睨み、

「あなた達は戦争の被害者なんだよね!?そんなあなた達は、同じことを繰り返した!無差別に、たくさん奪った!どうして、異端者なんて悲しい存在を作り、どうして‥‥こんな酷いことばかり‥‥」

言葉が詰まる。何か言いたいけれど、あまりに疑問が多すぎて、頭が追い付かない。

「妻は‥‥人前で異端者の子供を助けた。多くの人間に非難された。俺も愛する彼女を軽蔑してしまった。行き場を亡くした彼女は‥‥見ず知らずの異端者の子供と共に、お腹に宿る子供と共に‥‥自殺をした。俺は異端者を憎み、俺自身を今でも許せない‥‥そして今、そんな状況を作ったお前が憎い‥‥!」

オルラド王を騙る怨念をシハルは睨み付けた。

「し、シハル‥‥本当に、記憶、戻っていたんだね」

先日、ヒロはディンからシハルの記憶は二年前に戻っていると聞かされた。シハルは妻のことを全て、忘れていたはずだから。
シハルは頷き、

「でも‥‥お前達、怨念の理想もわかる。異端者を憎んでいた俺は、いつの間にかヒロさんの思想に感化された。ヒロさんだっていつかは異端者に関わり過ぎて死んでしまうと思っていた。この三年間‥‥記憶が無くなった時もあったが‥‥君を見て来て本当に良かった。結局、君は異端者を見放さなかった
し、死ななかったな」

シハルは少しだけ悲しそうに笑い、ヒロを見る。それは、記憶を失う前の彼の表情だった。

『オレはこの子を道連れにして死のうなんて思わないよ。オレは絶対、異端者を差別しないよ!これからも。シハルの奥さんとオレの考えは一緒か違うかはわからないけど、奥さんが何を思い、なぜ異端者を助けたのか‥‥いつかシハルにもわかるといいよね』

三年前のヒロの言葉を思い浮かべる。
ふとヒロを見ると、頬を赤く染めて、今にも泣きそうな顔をして、

「っ‥‥お帰り、シハル‥‥」

こんな状況なのに、ヒロの声は嬉しさで震えていて。
そうだ、記憶を喪い、取り戻し、これが、ヒロにとってシハルとの三年振りの再会になるのだ。

『俺は所詮、異端者に対して‥‥まだまだ偽善の感情だった‥‥誰を助けるかの判断は‥‥サラより、ヒロ‥‥大切な、君だった‥‥んだ』

『でも、なんだろうな。思い出せないけど、とても大切な何かが‥‥君に、伝えなきゃいけないことがあったような気がするんだけど‥‥』

記憶を喪う前と喪った後の自分の言葉をシハルは思い出しながら、なんとなく気恥ずかしい気分になり、

「再会はまた後で。今は‥‥」

再び、ジルクとリーネ、オルラド王に視線を戻す。


ー52ー

*prev戻る│next#

しおり



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -