ニルハガイ国王の御前で

「さっさと歩け!」

床から壁から、大理石で出来た広い廊下。
怒声を浴びせられながら、両手首をロープで縛られたマインはニルハガイ兵達の後ろを睨むように歩いた。

「うっせーよ!おっさん共!あの子はどこだって聞いてんだよ!」

マインはそう怒鳴り返し、異端者の少女の安否を確認する。先程から何度も聞いているが、兵士達からの返答はない。

夜更けに牢屋に放り込まれたマインだが、それから一時間経った頃、鉄格子の扉は開けられた。両手首をきつくロープで縛られ、兵士はマインについて来いとだけ言い放つ。
それが、今の現状だ。

どこに連れていかれるのかはわからない。マインの足なら、逃げ出すことは容易かった。
だが、異端者の少女がどこかにいるはずだ。自分だけ逃げるわけにはいかなかった。

そうこう考えていると、前方を歩く兵士達の足が止まる。怪訝そうな顔をしながらマインが顔を上げれば、幾つもの宝石が埋め込まれた重たい扉が目の前にあった。
ーーここは、ニルハガイ城。
マインはその先に誰がいるのか理解した。

(ニルハガイの‥‥おーさま、か?)

ソードラント国王エーネンから、国同士に関わる手紙‥‥ニルハガイ国王に渡す手紙を預かっているのだから。

『ニルハガイ王は少々口達者でね。君には最低限の常識を身に付けて行ってもらおうかと』

エーネンはそう言っていた。
重たい扉が兵士の手によって押し開けられていく。
マインが初めて見た王様エーネンは、若く、ヘラヘラした人物だった。
だが、マインはごくりと息を呑む。
足元に真っ直ぐに敷かれた黒い絨毯の先に、数段の階段がある。その上には玉座があった。
玉座の肘置きに頬杖をついた、厳格な老年の男。
鋭く光る金の目がマインを捉えた。

「其奴が異端者と行動を共にしていた童か?」

低い声だが、広い一室によく響き渡る。ピリッと、空気が凍りつくようだ。
エーネンから預かった手紙は懐にある。きっとこれを見せれば本物だと理解して、疑いは晴れるだろう。いや、晴れたとしても、異端者と行動を共にしていた‥‥そのことは重大そうだ。
だが、どうでもいい。

「あの子はどこだよ!お前ら、酷いことしてねーだろうなっ!?」

ここがどこかなんて関係ない。王様なんて立場、どうでもいい。
マインはそんな秩序の中を生きていなかった。独りで生きてきた。
ただわかることは、

(こいつらは‥‥異端者を人間扱いしない!)

マインはニルハガイ王を睨み付ける。瞬間、後頭部に激しい痛みが走った。

「貴様!この無礼者が!王の御前でなんという!」

どうやら兵士が剣帯していた剣の柄で後頭部を殴れたようだ。頭の中がぐらりと揺れ、マインはその場に倒れ込む。

「ぐっ‥‥」

だが、すぐに顔を上げた。

「へっ‥‥お前らだって、オルラド国となんも変わんねーじゃねーか!なんでもかんでも暴力ふるって、無抵抗な人間をいじめて楽しいかよ!」

あくまでも挑発するように、口角を上げながらマインは言い放つ。ここで痛みに呻いていては自分の無力さを認めてしまうだけだ。

異端者の少女が自分に何かしてくれたわけではない。何かをくれたわけでもない。会話だって、できない。
無表情が張り付いた顔とは裏腹に、握った手はあたたかかった。

村でなぶられていた異端者の女性。
異端者にはなんの罪もないはずだ。
感情がないだけで‥‥

(でも、あの子は青が好きだ。海が好きだ。たぶん、好きだ。感情がなかったら、あんな行動しない)

ニルハガイ王を睨み続けるマインの背後で、再び兵士がマインに武器を向けようとしたが、

「まあ待て」

意外にも、ニルハガイ王が制止した。

「童。あの若輩‥‥ソードラント王から信書を預かったと言ったそうだな?だが、お前の荷にはそのようなものはなかった。異端者と共に行動、挙げ句そのような嘘‥‥子供といえど重罪になるぞ?」
「‥‥」

王の言葉を聞き、拘束された手では懐に入れた手紙を取り出すことは出来ない。

「手紙は預かってる。オレの服ん中だよ!この手じゃ出せないけどな!」

マインの言葉を聞き、兵士の一人がマインの上着をまくり上げた。
ヒラリと、一通の封筒が床に落ちる。

「ふむ。持ってこい」

王に言われ、兵士は頭を垂れながら、王へと信書を渡した。受け取った封筒の裏表を見つめ、

「成る程。これはソードラント国の印。本物のようだな。だが、なぜあの若輩王はお前のような童に届けさせた?ましてや異端者を連れて」

再び問いを投げられ、

「知るかよ。オレはそれを届けるよう言われただけだ!届けたんだからさっさとあの子に会わせろ!オレ達はもう帰るからさ!」
「貴様、何度無礼を働けば!」

兵士がマインの態度に物申そうとした所で、再び制止するかのように、玉座に腰掛けたままのニルハガイ王が右手を前に突き出す。

「なんの力もない口だけの童だ。言わせておけ。それより、お前達は下がって良い。後は私が童の相手をしてやろう」

なんて言うので、

「なりません!子供といえど、無礼を働くこのような者を王のお側に‥‥」
「構わん。複数いては埒が明かないだろう。相手は子供だ。何も出来まい」

そう言って、王は再び鋭い金の目でマインを見据えた。

◆◆◆◆◆


玉座の間から兵士達は退出し、玉座に座るニルハガイ国王と、眼前に立つマインだけが取り残される。

「さて‥‥お前は異端者を気にかけているようだが、何故だ?まあ、子供にはまだわからんのかもしれんが‥‥」
「子供とか関係ねーよ!あの子は何もしてないだろ!それなのに、異端者、異端者って!異端者の何が悪いんだよ!」
「‥‥」

ーー禁句、だろうか。
怒りか何か、眉間に皺を寄せ、ニルハガイ王はマインを見据える。だが、怯むわけにはいかない。

「あの子は飯だって食うし、寝るし、風呂だって入るし、服だって着るし、歩くし、息だってするし、それから、えっと‥‥だから、異端者って、わかんねーけど、あの子だって人間じゃんか!何がダメなんだよ!オレはあの子のこと気味悪くなんかない!あの子なんかより酷い人間は、もっとたくさんいるんだからよ!」
「‥‥」

王は頬杖をついたまま、目を細めてマインの話を聞いている。

「異端者にさ、酷い仕打ちして、ギルドに連れてって、金に変えて‥‥オレからしたら、そっちの方が異端だ!お前らだってそうなんだろ!?ソードラントのおーさまは異端者をサントレイル国に送ってるとか言ってやがった!人間は荷物なんかじゃねーよ!!」
「‥‥」

王は聞いているのか聞いていないのか、いつの間にかソードラント国からの信書の封を開け、文字に目を通していた。

「って‥‥聞いてねーのかよ!なら、さっさと帰してくれよ!あの子と一緒にオレはーー」
「ふむ。お前はマインというのか」
「!?」

名乗ってもいないのに王に名前を言い当てられ、マインはギョッとした。

「なに、エーネンからの手紙に書いてあるだけだ」
「‥‥は!?それって、なんか、オルラド国関連の手紙とか言ってたぞ!?」
「無論、そうだ。だが、お前と異端者の少女を寄越したことも書いてある」
「‥‥」
「早くこれを出しておれば無駄な手間は省けたようだな」
「なっ‥‥あのおーさま!!んなこと書いてるなんて聞いてないぞ!」

マインの脳裏にはニヤニヤ笑うエーネンの顔が浮かび、苛立ちを感じる。

「お前のことも事細かに書いておる。オルラド国によって家族を失い、盗人として生きてきた孤児だと」
「‥‥まあ、そうだけど‥‥なんでそんなこと書く必要があんだよ!」

エーネンが何を考えているのかさっぱりだ。だが、

「なら、もう帰っていいんだろ!あの子はどこにいるんだよ!」

手紙に理由が書かれているのなら、大丈夫だろうとマインは感じる。

「理由はどうあれ、異端者は異端者だ。一文の最後にも書いてある。お前と異端者をどうするかはニルハガイ国に任せる、とな」
「!?なんだよそれ!オレ達が何したって言うんだよ!」
「何もしておらん。だが、異端者に対する扱いを変えてはならん。如何なる時でもだ」
「!?」

マインは驚くしかない。

『君にはわからないかもしれないが、異端者の扱いは難しいんだよ。その子だけを優遇するわけにもいかない。わかるかな?』

エーネンも似たようなことを言っていた。揃いも揃って皆【異端者の扱いを変えてはいけない】と一点張りをする。
そんなにルールが大事なのか?
長く続いてきた異端者への差別。
それを変えるのは悪いことなのか?

「じゃあ、この国の扱いはなんだよ!ソードラントのおーさまみたいに異端者をサントレイルに送るのか?」
「そうだ。必要ない物は必要ある者に渡すべきだろう」
「ーーッ!!」

マインはくるりとニルハガイ王に背を向け、扉へと足を進める。

「何処へ行くつもりだ?」
「あの子を捜す!この城にいるんだろ!?こんなしょうもないもんでオレを縛れると思うな!」

そう言って、マインは手首のロープをするすると外した。盗みをして生きてきた自分には、こんなもの小細工でしかない。自分を捕らえたいなら本物の枷を用意しろとさえ思う。

振り向くことなく、マインは扉を開けて城内を駆けた。ニルハガイ王はそれを止めることはない。

「ふん‥‥成る程な。確かに、よく似ておるわ」

そう言って、もう一度エーネンからの手紙に目を通してほくそ笑んだ。

◆◆◆◆◆

勝手がわからない広い城内をひたすらに走り、手当たり次第に扉を開け回る。
当然、王に無礼を働いた子供が逃げ出したというような話になり、兵士達はマインを追った。

ひたすらに捜すしかない。名前だって知らない。あるのかすらわからない。呼んでやることも出来ない。
だから、扉を開ける。手当たり次第に。

「あ」

マインは大きく目を開けた。
今開けた部屋の中。一室にあるテーブルの上にはエーネンから受け取ったリュックサックが置いてある。いや、そんなことよりも‥‥

「なっ、なんだこれ」

部屋の隅に、黒い霧のようなものがふよふよと充満していた。その異様な光景に、しかし‥‥

「‥‥」

その霧は、あるものから発せられている。それは、少女が大事に持っていた、青の色鉛筆からだ。
不思議と、恐れはない。
霧に近づき、床に転がる色鉛筆を拾い上げた。

マインを追って駆けつけた兵士達は驚きに叫んでいる。
どうやらこの部屋にあの少女はいたらしい。だが、姿がない。この霧がなんなのかも知らないようだ。

だが、なんとなくマインにはわかった。

これは、あの子なんだと。
わからないけど、わかった。

理解して、なぜか、涙が流れた。

異端者とは‥‥一体なんなのか。
あの子はどうして、こんな姿に‥‥


ー47ー

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