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異端者の少女との異質な旅が始まり、一つ目の村に着いた。ソードラント国以外の場所にこうして来るのは初めてなので、マインは視線をせわしなく動かし続ける。だが、あまりキョロキョロしすぎては怪しまれるだろうし、朝食も城で食べたばかりだ。村に用はなかった。
長居しない為、村を通り抜けて草原を突き進む。
地図によれば、この村の先に、ソードラント国とニルハガイ国の境目となる国境の村があるという。
国境の先には街道があり、街道を抜ければニルハガイ国に着くようだ。
(確かに、オレの足だと明日か明後日には着くな)
マインはそう思う。体力には自信があるし、飲まず食わず、寝ずの生活なんてよくあった。だが、異端者の少女はそうはいかないであろう。
顔には出ないが、休息は必要なはずだ。
まあ、国から出てまだ小一時間程度。まだまだ大丈夫だろうと思い、道なりを進む。
しかし、それから更に一時間経った頃。
異端者の少女の歩くペースが落ちてきたことに気づく。
「なんだよ、疲れたのか?」
そう聞くが、やはり返事はなく、表情も無で。なにも読み取れないことにマインは先を急ぐことを優先した。
こんなことさっさと終わらせたかったのだ。
自国の国王だかなんだか知らないが、エーネンが何を考えているのかわからないのが気持ち悪かった。
ーーなんとなく、苛立ちを感じてしまう。
いつの間にかマインと少女の溝は広がっていた。
「くそっ!まだ歩いて三時間ぐらいだろ!なんでそんな遅いんだよ!オレは先に行くからな!」
なんて少女に振り返り、イライラしたままマインは叫ぶ。
村や街をいくつか通り過ぎ、それでもマインは歩き続けた。
ーー日が暮れてきて、空が茜色に染まる。地図によればもうすぐ国境だ。
(ふふん。こりゃあ、明日にはニルハガイって国に着くな!余裕すぎるだろ)
そう思い、マインは口角を上げる。あれから一度も振り返らなかったが、ふと、マインは少女に振り返ったーー‥‥が、
「!?」
ついて来ていたはずの少女の姿がない。
だだっ広い草原ーー日が暮れて、時期に夜になる。
(なっ、なんでだよ!さっきまで後ろに‥‥)
たらりと、額から汗が流れた。
『それを、道中、君が守るんだよ。だって、君が言い出したんじゃないか、その子と一緒に行くって』
『何日後かにここに帰って来る頃には、きっと君は今の君と随分変わってるはずさ。その子に対する扱いも‥‥きっと、ね』
エーネンの言葉が過る。
さっそくやってしまった。いや、違う。彼女が異端者だからというわけではない。
(単純にオレが、一人の方が早いからってイライラしちまって‥‥)
マインは歩いて来た方向に踵を返し、視線を泳がせた。それから、異端者に対する扱いを思い浮かべる。
もし少女が誰かに異端者だとバレていたら?
マインは来た道を逆走した。
走る、走る、走る。
走るのは得意だ。でも好きな訳じゃない。
逃げるために、生きるために毎日のように走った。
腹が空いた。さすがに足が痛い、疲れた。
自分はなんのためにこんなことをしているんだろう。
夜空には綺麗に星が輝いていて、それがいつも憎たらしい。
(そうだ。金があるじゃん。マジでこのままとんずらしてもいーじゃん。なんでこんなわけわかんねー頼みを律儀に聞こうと思ったんだか)
マインは馬鹿らしくなって苦笑した。
だって、国も王も自分に何もしてくれなかった。
家も両親もオルラド国に奪われて‥‥自分と同じ境遇の子供は、兵士によってどこかに連れて行かれた。
昨日、エーネンに読めと言われた本の中にあったサントレイル国にある【非道な施設】。孤児達が魔術を学ぶ為の施設。
もしかしたら皆、そこに連れて行かれた可能性がある。
十年前までその施設があったのならば‥‥時期は、合う。
(オレは、隠れてた。孤児になって、ずっとずっとソードラント国の中を駆け回って生きた。十年、だ。マジで、なんでおーさまはオレを見過ごした?まあ、どーでもいいや。このまま‥‥どっか別の場所で生きるのもいいかもな)
冷たい夜風と共に、潮の匂いがした。海が近いのだろうか。
知らない道をゆっくり歩き、浜辺が見えてきた。
(海‥‥初めて見たな)
そう思い、無意識に足を進める。
(オレ‥‥あれから何やって来たんだか。自分が生まれた国だからって、あんな国で生きてかなくても良かったじゃん)
広い世界を見ると、今までの自分の生き方がバカバカしく思えてしまった。
浜辺をなぞるように歩いていると、浜辺に立つ小さな人影がぼんやりと見えて、マインは目を丸くする。
「あっ‥‥ううっ」
その姿を確認し、思わずマインは泣いてしまった。安堵からではなく、後悔からでもなく‥‥
異端者を差別したつもりはない。
でも自分はこの少女を置き去りにしてしまった。
自分でこの少女と一緒に行くと言ったのに。
異端者の少女はマインに気づくことなく、静かに波打つ海を見つめている。
表情は変わらず、ただじっと。
その手には青い色鉛筆が握られていた。
マインはその場にしゃがみこみ、膝を抱えて泣き出す。
生きていくということは、何かを奪うこと。
何かを奪い、人は生きていける。
ずっとそうだった。毎日そうやって生きていた。
オルラド国に生きる場所を奪われた。だから、生きるために盗みを働いて生きていた。
生き方が、わからない。
他人の気持ちがわからない。接し方がわからない。
自分のために生きることしかできない。
‥‥ソードラント国を発った一日目は、こうして終わってしまった。