サントレイル国
剣を携え、赤いマフラーを首に巻き、漆黒の髪と同じ色をしたコートを身に纏って、数年振りにヒロは故郷に帰って来た。
しかし、もうこの故郷には知っている人物なんてさほど居ない。
ーー数年前にとある戦争が起き、多くが死んだのだ。
家族は最初から居なかったが、友人が死んだ。残ったのは‥‥。
「へえー、ここがヒロさんの故郷なんだね」
と、人が考え事をしている最中、後ろから、連れである短い黄緑の髪をし、軽めの鎧を纏った青年、シハルがそう言う。
「いや、故郷と言うよりは、ただ一番長い間居た場所だ」
ヒロは肩を竦めながら答えた。
「ふーん、質素な場所ねぇ」
と、もう一人の連れーー和装を身に纏い、茶の髪を一つに纏めた女、波留(ハル)が気だるそうに言う。
「質素とか言うな質素とか!ここは‥‥まあいいや。偶然通りかかったんだ、どっかで昼飯でも食べていこう」
ため息を吐きながらヒロが言い、シハルと波留が「そうだね」「はーい」と、返事をした。
ーーもう、さほど知り合いは居ないのだ。だから別にコソコソする必要もない。
そう思い、近くに見えた定食屋に入った。
「ぶっ!!!」
しかし、店内に入った瞬間にヒロが吹き出し、
「やっ、やだぁ!なんなのあんたぁ!!汚なーいっっ!!」
波瑠が嫌悪混じりに言い、
「どっ、どうしたのヒロさん」
シハルが心配そうに聞いてくれば、
「いや、なんでも!なんでもない!!」
ヒロはそう言いながらも眉間に皺を寄せ、どこかを見ている。
その視線の先には、騎士服を着た可愛らしい金髪の女の子の姿があって‥‥
彼女は今しがた、店内の席に着こうとしている。
「ははーん、あんた、そんな趣味が‥‥」
ヒロの視線の先を見た波瑠がニヤニヤと笑って言い、
「趣味!!?ちっ、違う!とにかく早く食って出るぞ!さ、さあ、席を取ろう」
「え!図星ですかヒロさん!」
慌てるヒロを見て、便乗してシハルも楽しそうに聞いてきた。
「ちっがっう!!!」
とにもかくにもヒロは否定を続けて席に着き、急いでメニューを開く。
ーーもはや何を頼んだのかわからない。
運ばれて来た料理をヒロは掻き込むように食べ、連れの二人もその様子に慌てて食べるハメとなり‥‥
「んもー!あんたのせいで味わった気がしないわぁ」
食べ終えてすぐに店から出た三人だった。
街中を歩きながら、ふてくされるように波留が言い、
「そうだね、ヒロさんが急いで店を出るぞ!とか言うから‥‥」
シハルも続いて、
「あの女の子に見惚れちゃったからって、ねえ?」
そう、シハルと波瑠が顔を見合わせながら言うものだから、
「だから違うって!お前ら、遊んでるだろ」
否定しつつ、ヒロは深くため息を吐く。
「でもじゃあヒロさん。一体なんだったんだい?」
「そうよ。理由を教えなさいよ」
二人に言われ、
「いや、その、彼女は‥‥」
ヒロがおずおずと言いかけたところで、
ドシャァッーー!!
と、地面を擦るような大きな音がして、三人は音の方に振り向いた。
「何かしら」
「あそこだね、あれは‥‥」
シハルが言い掛けて、
「‥‥異端者だ」
ヒロが頷きながら言う。
それは、大の大人達が一人の少年を殴り飛ばしているという、異様な光景であった。
「はあ、この国で目をつけられるのは嫌だが、仕方ないな」
ヒロが言い、シハルと波瑠に目配せをする。
「うげぇ、気持ちわりぃ!!この異端者、どんだけ殴ろうが悲鳴すら上げやがらねぇ!」
「そりゃ異端者だからな、痛みなんて感じねぇんだよ」
大人達がそう次々に言うと、集まった野次馬らも共に、一斉に笑い出した。
「あっははは!まるで悪魔の笑い声ですねー」
「あ?」
どこからかする声に、先ほど少年を殴り飛ばしていた男が振り向けば、
ーードカッ!!
「ぐおぉ!!?」
男の顔面にヒロの力強い拳が入り、先ほどの少年のように男の体が吹っ飛んで、壁に背中を打ち付けた。
「あー。やり過ぎましたかね、すみませんねー」
全然感情のこもっていない声音で言いながら、ヒロは埃を払うようにパンパンと手を鳴らす。
それから'異端者'と呼ばれた少年の方を振り向けば、
「あら、かわいそう。気を失ってるわねぇ」
少年を抱き抱えながら波瑠が言い、
「ほんとほんと。大人なのに、酷いことするよね」
シハルが続ける。すると、
「なっ、なんなんだてめぇらは?」
「オカシイんじゃねぇかコイツら!!」
「いっ‥‥イカれてるわ」
なんて声が次々と三人に浴びせられた。
「そうですね。あなた達から見たらオレ達はイカれてる。でもオレ達から見たら、あんた達のがイカれてるんだよ」
ヒロが嫌悪するように言えば、
「何を言ってやがんだこのガキが!!」
一人の男が勢いよくヒロに殴りかかろうとしてきて、
「止まりなさいあなた達!」
ピシャリーーと、厳しくも、どこか可愛らしい少女の声が男の動きを止めた。
「あれ、あの娘。さっきヒロが見惚れてた‥‥」
波瑠が声の主を見て言う。確かに声の主は、先ほど飲食店に居た金髪の騎士の女の子だった。
その姿に、ヒロは顔をひきつらせて、
「えーっと。彼女はこの国の騎士なんだよ。それも王様の‥‥。その子を連れて早くずらかるぞ」
そう小声で言い、
「了解。後で詳しい話を頼むよヒロさん」
シハルが微笑みながら言う。
「あなた達、一般市民が異端者に手を出すことは禁じられています!」
騎士の女の子が民衆らにそう言い放ち、次に、
「それからあなた達!止める為とはいえ、街中で暴力行為は‥‥」
騎士の女の子がヒロ達の方を見て言えば、
「って!あれ?!彼らは!?」
すでに三人組と異端者と呼ばれる子供の姿はなくなっていた。
「あっ、あの。彼らなら逃げちゃいましたよ?」
一人の男が言い、
「はぁ‥‥まあ、いいでしょう。と言いたいところですが、異端者を連れて行ったのは不味いですね」
騎士の女の子はため息を吐く。
◆◆◆◆◆
「ここらでいいか」
ヒロ達は街の路地裏に逃げこんでいた。
「この子を早く連れてかなきゃいけないわねぇ」
波瑠が言い、
「でもヒロさん、せっかくの里帰りだったのにね」
シハルが言うので、
「里帰りなんかじゃないよ。ここに来たのは偶然じゃないか。今はこの子が優先だ。たぶん、彼女もすぐには追ってこないだろう」
ヒロはそう答えた。
「ヒロさんはあの女の子と知り合いなのかい?」
「まあ‥‥昔、ね。相手はたぶん覚えてないと思うよ。随分と会ってないし、短い期間だったから」
「あら、なんだかロマンチックな話じゃない」
ニヤニヤしながら波瑠が言う。
「じゃあ、騎士ってことは、あの女の子は王様に仕えてるんだ。若いのに凄いね」
感心するようにシハルが言い、
「この国の王様も若いしねぇ。大丈夫なのかしらこの国」
波瑠が言った。
それに、ヒロは頷いて、
「そうだな‥‥」
と、苦笑する。
その瞳は、国の最奥にそびえ立つ城を静かに見つめていた。