壊れていた人

元より病弱だった母は、私を産んですぐに亡くなったそうだ。

物心ついた頃、父は私に興味など抱いていなくて、父は『異端者』と言う存在に興味を持っていた。

物心ついた頃、初めて城の地下牢に連れて行かれて。

そこには姿形は私と何も変わらない『異端者』と呼ばれる者達が牢に入れられていた。

父は言う。
自分に何かあった時は、私が彼等を救わねばならないーーと。

物心ついたばかりの私は、何も理解出来なかった。父に対して異常さも感じなかった。

この国ではギルドで依頼を出し、異端者を回収してはここに連れて来ていると父は言う。

異端者を救うと言いながらも、地下牢には彼等の死体ばかりが増えていた。

ーーそれは、八年前。
私は、僅か六歳だった。

「お父様。異端者とはなんなのですか?僕達とは違うのですか?」
「異端者は人間ではない。それ故に‥‥世界から差別されるのだ」

幼かった私は異端者を見る、死体を見る。
'人間ではない'彼等を見る。

(わからない。なぜ、人間ではないのだろう。何が違うのだろう)

実験と評され、彼等は毎日毎日、父が作ったと言う薬を打たれ、それを投与される。

父は毎晩毎晩、王の仕事の合間に一人部屋に隠り、薬の調合をしていた。
私以外の誰にも知られることなく、たった一人で。

父がなぜ、ここまで異端者に執着するのかがわからない。

失敗して、異端者が死んでーー。
その度に父は苦悩し、いつしか地下牢では生気が抜け切ったような表情をするようになっていた。

「お父様。異端者と僕達は何が違うのですか?」
「異端者には我々と違って感情が無い、思考が無い。ただ、生きているだけ。命在るだけの人形のようなものだ」

『命在るだけの人形』ーーだが、命が在るのなら、それは人形ではないのではないかと、私は思った。だって、命が在るのに人形だなんて‥‥

そんなある日『初めて成功した』と、父が震えながら感嘆の声を上げた、薄暗い地下牢での奇妙な光景を鮮明に覚えている。

「‥‥やっと、君だけがやっと、成功したのか‥‥多くを試して、救えたのは君だけだった‥‥。でも、これからは‥‥これからは、大丈夫」

父は自分に言い聞かすかのようにそう、掠れた声で言っていた。

成功したのは十六、七程の歳をした異端者の少年。

「ジルクよ、よく見ておけ。いつかはお前も、こうして異端者を一人でも多く救う日が来るのだ」

父は私の肩に力強く手を置いて言った。

(僕が彼等を?なぜだろう、なぜ僕がしなければいけないんだろう)

ーーその成功作と評された異端者は、地下牢を虚ろな目で見回している。
次第に、周りに転がった異端者の死体を見て、状況が理解出来ずに眉を潜めていた。

確かに、今まで見て来た彼等とは違う。
成功作の彼には考える思考がある、話す言葉がある。
そして、その異端者は父に【ディン】と名付けられた。
異端者であることを伏せ、サントレイル国の騎士として、父に育てられた。

(なぜだろう。お父様はなぜ、彼を育てるんだろう。僕は‥‥僕はお父様に、何もしてもらったことがない)

歪な光景だった。
実の息子はずっと使用人任せで育て、父は異端者ばかりを気に掛け、挙げ句、成功作のディンを傍に置いた。
城の人間は最初こそ疑問を抱いていたが『王の隠し子なのかもしれない』なんて言う噂話でいつしか収まっていた。

ーーひたすらに、私は王学に励んだ。立派な王になろうと思った。そうしたら父はきっと喜んでくれる、自分を見てくれる‥‥そう、思っていた。

それから四年。
私が十歳になった頃。
父は突然の病に倒れ、別れを惜しむ間もなく、父子らしい会話をすることもなく、亡くなった。

思えば、最期を看取る時、それが久しぶりに父と言葉を交わした瞬間であった。

「ジルク‥‥お前は、異端者を救うのだ、私の、意思を継ぐのだ…‥‥」
(なぜですか‥‥)
「一人でも多くの異端者を、人間にしてやるのだ‥‥その為には犠牲も数多に出る。だが、お前は私の意思を継ぐのだ‥‥」
(なぜ、なぜなんですか)

最期まで父は異端者の話しかしなかった。
そうして、当然のように、私は僅か十歳で王に祭り上げられる。

(王になる‥‥異端者を救う実験‥‥どうしてこんな、こんな‥‥)

私はどうしたらいいかわからなかった。

父が亡くなってから王としての知識を急速に叩き付けられ、年若い私を王と認めず冷ややかな目を向けられたり、時には私を殺そうとする輩まで現れた。

そして一人地下牢を訪れては、父の残した異端者を救う研究を繰り返す。

だが、ディンのように成功することはなかった。
死体ばかりだ。異端者の死体ばかりだ。
ギルドの依頼で異端者を回収しては、結局は死なせているのだ。

だから、父の薬ではなく、私は自身で様々な魔術を生み出し、それを異端者達に試した。

それでも、ダメだった。

もう、狂いそうだった。
なぜ自分がこんなことをしているのかがわからなくて。
自分は父と違い、異端者に執着などしていないのに、幼い頃から父に植え付けられた言葉がまるで洗脳みたいになって解けやしない。

『お前が、異端者を救うのだ』

なんで、なんでーー‥‥。

「ジルク様」
「ーーッ!?」
「大丈夫ですか?ボーッとされてましたが」
「‥‥ディ、ン」

ディンはあの日からずっと、サントレイル国の騎士のままだった。
異端者であることはバレないと思うが‥‥念の為、父が亡くなってからは私が彼を傍に置くことにした。

正直言って、あまりディンに良い感情を持ってはいなかった。
なぜなら彼は父に育てられたからーー。実の息子の私ではなく、父はディンを傍に置いたから‥‥
だから、私はディンに嫉妬のような感情があった。

だが、リーネという少女が現れてそれは変わった。

リーネは昔、施設に居て酷い仕打ちを受け、それを父に、サントレイル国に助けられたと言う。
施設の子供達はサントレイル国の学校に入学できる歳ではなかったが、施設の行いを知った父によって特別に入学させられた。

だが、リーネは学校には行かなかった。
サントレイル国の為に、国の騎士になりたいと志願したのだ。
ーーその頃のリーネは僅か五歳だったと言う。

当然、子供であり、ましてや女であるリーネは騎士になることを認めてもらえず、城下町で雑用をして、下級の場所で訓練をして‥‥
そして父が亡くなった後に、私の元を訪れた。
彼女は前述の一通りのことを私に話し、

「お願いします!どうか国の為、恩返しをさせて頂きたいのです!」

そう、頭を下げる。
私は別にどうでも良かった。
彼女が恩を返したい王は‥‥父はもう居ないのだから。
だが、認めることでこの少女が救われると言うのなら、

「わかった。この国の為、働いてくれ」

強張っていた少女の顔が一気に弛み、目の前で涙ぐんで礼の言葉を述べていた。

ーーそして。
同じサントレイルの騎士として、ディンとリーネは出会い、兄妹のような仲になっていた。
異端者と、人間が。

そんな中で、私は異端者を'救う'為の実験を繰り返し‥‥けれども、相変わらず死なせていった。


ーー三年前。

自国の学院内の見学の日。

「ジルク様、あちらが授業部屋ですが、今は授業時間ではないようです」

付き人の兵士の説明に、私は「そうか」と返事を返す。兵士はこの学院内での教育方針や校内施設の説明を私にするが‥‥

(‥‥学校、か)

そんなものと無縁な自分には、何を聞いても程遠いものであった。

「ぎゃっ!!?」
「!?」

いきなり背後から悲鳴のような声がして、私が慌てて振り返れば、片手にナイフを持った男が立っていて、学院の生徒であろう女の子がその男の腕を取り押さえていた。

(‥‥また、私の命を狙う輩か)

私は冷静だった。
年若い自分を王と認めない人間なんて、珍しくなかったから。

助けてくれた女の子に、ヒロに礼を言いに行った時に、タカサとソラと出会った。
三人共気さくで、私より年上だが、私より子供らしかった。

王としての仕事、異端者の実験。
息の詰まる日々の中、新しい息抜きを見つけたと思った。
そんな程度の思いで、三人に近付いた。
最初は戸惑っていた三人は、いつしか素で私に接してくれるようになる。

それが、新鮮だった。
家族も友人も無い私には、いつしか三人が家族で友人のように思えてきたのだ。


「世の中から戦争なんてものがなくなって、いつまでもこうして四人で集まれたらいいよね」

ソラが言い、

「学院を卒業して、大人になっても、皆でジルク様と会えたらいいわよね」

ヒロが言い、

「お前は個人的にジルク様とお付き合いしたいだけだろー」

タカサが言って。

そんな日々は、私にとって救いだった。
王であることを、異端者達のことを忘れられる一時だったから。

ヒロは隠しているつもりだったが、ヒロが向けてくる好意は素直に嬉しかった。
母を知らない私にとっては、母の愛みたいな、そんな‥‥そんな、淡い憧れや理想をヒロに重ねていた。

三人はいつかまた起きるかもしれない戦争に怯えていた。
それを聞く度に、私は王なのだと実感する。
自国の民を‥‥三人を、守りたいと思った。
私は初めて、国に、民に目を向けた。

しかし、そんな平穏をなんの前触れもなくオルラド国が滅茶苦茶にしたあの日。

私は本当に護りたかったものを護れなかった。
ーータカサとソラが死んだ、ヒロがサントレイル国を出た。

私に残されたのはまた、王の仕事と異端者の実験の日々。

三年振りに再会したヒロは異端者を助けていて‥‥

私は父の時と同じく、また大切な人を異端者に奪われた、という感覚を覚える。

(重たい、重たい、国も、異端者も、重たい、重たい。なぜ私が‥‥こんなことをしなければならないんだ、なぜ、なぜ父は異端者を‥‥?)

狂いそうな中、友人の姿が脳裏を過る。

タカサ、ソラ、ヒロ。

私は弱くて最低な道を選んだ。
国に隠された秘術。
命を繋ぐ魔術。

誰でも良い、誰かと命を繋ぎ、いつか起きる戦いに勝って、自国を救い‥‥
そして、死なせてほしいと、願った。

王からも、異端者からも、私は逃げるのだ。
誰かを助けて死ぬなんていう、とても綺麗な言い訳を使って。
もう一人の協力者を、リーネを巻き込んで。

八年間、異端者の死ばかり見て来た私は、父と同じですでにオカシクなっていたんだ。


ー36ー

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