1
「えぇっ!?ちょっと待ってよぉ‥‥話の流れがぜんっぜんわからないわぁ」
と、波瑠が眉間に皺を寄せて言う。
ヒロは教会に戻り、ジルクと話したこと、勝手に考えた結婚式のこと、今更ではあるが、リーネと同じ施設で育ったことを皆に話した。
しかし、当然、命を繋ぐ魔術の話はしていない。
「じゃあなんなんだい?あんたは王様のこと、諦めたってことかい?」
ラサに聞かれ、
「諦めるも何も、最初からどうなることもなかったんだ。オレは王族でも、ましてや騎士でもないんだしさ」
ヒロはニコッと笑いながら言い、
「でも、ヒロさんが三年前にサントレイル国に留まって居れば、ヒロさんが騎士になって、ジルク様と‥‥」
そんな仮定を話すカイアに、
「過ぎたことは過ぎたこと。オレはあの時サントレイル国を出て良かったと思ってる。だって‥‥だから、皆に会えたんだもの」
そう、ヒロは静かに言う。
「ーーそれで?ディンさんがジルク様とリーネに結婚式の話をするのかい?」
シハルにそう聞かれ、ヒロは頷いた。肯定するヒロを見て、
(なんて滅茶苦茶な思い付き。ディンさん可哀想に‥‥)
と、一同は思った。
時折、ヒロは思い立ったら人の話を聞かず、すぐ様行動してしまう時があるーー‥‥今回もそうだ。
「ふーん、なるほどね‥‥カイア。ヒロが王様を諦めたんなら、あんたはヒロを諦めなくていいんじゃないかい?」
耳元でヒソヒソとそんなことを言ってくるラサに、カイアはギョッとしたが、
「‥‥いえ、僕にはこれからもきっと、ヒロさんを支える器がない。だから、僕もこれでいいんです」
「ふーん‥‥なんと言うか、真面目だねぇあんたは」
肩を竦め、呆れるようにラサは言う。
「でさ。せっかくだしさ。ついでにシハルと波瑠も結婚式したら?」
またもや唐突にヒロは言った。
ーーディンから聞いた、シハルの記憶が戻っているという話。シハルが、胸の内に一人秘めていること。それを知って、敢えて言う。
「まあ、ヒロったらまたそんなこと」
「そうだよ、何を言うんだいヒロさん。俺達はヒロさんが立派になって、ヒロさんに良い人が見つかるまで‥‥」
そんな、いつも通りの二人の言葉の途中で、
「オレはもうそこまで子供じゃないよ。良い人はさておき、一人でちゃんと考えて行動出来る。それに‥‥波瑠はどんなことがあってもシハルのことが好きだし、シハルなら絶対に波瑠を幸せに出来る」
ヒロはそう言いながら二人の前に歩み寄り、二人の手を取って握り締めた。
「‥‥ヒロ?どうしたのよぉ?真面目な顔して」
波瑠は不思議そうにして、それからシハルは、
「もしかして、出掛ける前に言ってた‥‥帰ったらこれからのことを話すって言うのは、このこと?」
聞かれてヒロは「まあそんな感じ」と答える。
シハルは何か言いたげであったが、
「‥‥あ!ディンさんから連絡魔法だ。さっそくジルク様とリーネに話したのかな?」
ヒロが言って、話は中途半端に終わった。
ーーディンからの連絡魔法はやはり、ジルクとリーネに一応伝えた、との内容で。
とりあえず『いきなりすぎて意味がわからない』と、ディンは二人に言われたらしい。
「ほらぁ、やっぱ困ってんじゃないのぉ」
波瑠が言う。
「じゃあオレが直接ジルク様に連絡魔法で話をするよ。さすがにもう一回サントレイル国に向かうのはしんどいし」
そう言ったヒロに、
「うわぁ‥‥王様に気軽に連絡魔法とか凄い。この魔法も考えものですね。まあ、本当に親しい人としか繋がらないですけど‥‥」
カイアは呆れ気味に言った。
「じゃあ、ちょっと外でしてくるよ」
そう言い、ヒロは室内から出る。
◆◆◆◆◆
『ヒロ?』
「あ、ジルク様」
連絡魔法が繋がって、ヒロは笑った。
「ふふ、ディンさんから聞きました?」
『聞いたよ。いきなりすぎてビックリした。一体どういうことなんだい?結婚式だなんて‥‥』
「えへへ。嫌ですか?」
『うーん‥‥私もリーネもまだ結婚出来る歳でもないし』
「形だけ、ですよ」
驚くしかないジルクの声にヒロは微笑みを浮かべ、
「‥‥ジルク様。秘密にしといてと言われましたが、すみません。実は、先日ディンさんから聞いたんです。ジルク様とリーネの‥‥命を繋ぐ魔術のこと」
『‥‥はぁ。やっぱり』
「あれ?わかってたんですか?」
ため息混じりに言うジルクの声に、ヒロは逆に驚かされる。
『君の様子を見て、なんとなくね。だから君は、私とリーネを幸せにしようとしているんだね?』
「えっ‥‥ええ。迷惑でした?」
『いや‥‥さっき君が帰った後、リーネと話してたんだ。もし、平和になったら、彼女との婚約をちゃんと考える‥‥って』
「‥‥」
それを聞き、ジルクのことを諦めたとはいえ、ヒロは少しだけ、胸が痛むような感覚に陥り、
「‥‥あ、え、と‥‥リーネはなんて?」
『きっと、察してる通りだよ』
それはーーきっと彼女は、喜んでいるに違いないと、ヒロは思った。
『それで?その結婚式の話‥‥全部、君が手配してくれるのかい?立案者さん』
「‥‥え!?あ、はっ、はい!その‥‥シハル達と皆で‥‥この場所で‥‥」
『‥‥そうか』
微かに、ジルクの微笑が聞こえ、
『わかったよ、ヒロ。君に任せる。ただ‥‥オルラド国の動きがわからない。もし本当に式を挙げるなら近い内に‥‥』
「‥‥それは、もちろん可能です!でもジルク様、いいんですか?私、なんだか勝手なことばかりで。ジルク様とリーネの関係が一体どこまでなのかも知りません。でも‥‥危険な魔術を使い合えるからこそ‥‥二人の絆は強いんだろうな、と思って」
そこでジルクはクスクスと笑い、
『君は、やっぱり馬鹿だなぁ』
「え?」
『君はまだ、私のことが好きなのに、奪おうとはしない』
「ーー!!‥‥ジルク様って、なんだか性格悪くなりましたよね?まだまだ子供なのに」
嫌味に嫌味を返し、
『君にだけだよ。‥‥あ。そろそろリーネが戻ってくる』
「じゃあ、なるべく早めに準備して、近日中に連絡します。リーネとディンさんにも伝えておいて下さい」
『わかった』
それからジルクは一呼吸置き、
『ヒロ』
「はい?」
『初恋を、ありがとう』
「‥‥」
その、優しい声と寂しい言葉にヒロは大きく瞳を開かせ、そしてーー‥‥
「私こそ‥‥初恋を、ありがとう。‥‥ジルク。君のこと、大好きだったよ」
そう言って、ゆっくりと瞳を閉じた。
ーー今思えば、三年前。
お互い十三歳と十一歳という、幼くて、確信すら持てない初恋だった。
三年経って、離れて、再会して。それは憧れで、恋だったんだと確信した。
挨拶もなく、互いに連絡魔法が切れて、
「タカサとソラにも、報告しなきゃな‥‥」
夕空を見上げてヒロは呟く。暮れ行く空の色が、ゆらゆらと滲んで見えた。
タカサとソラ。
幸せになれなかった二人。だから、自分とジルクだけが幸せになるわけにもいかない。
ーーなら、お互い違う人を選ぶ方がいい。
それは心の底で、ヒロもジルクも‥‥考えていることだった。