サントレイル国に着きはしたが、さて、どうやって城に入り、ジルクに会えばいいか‥‥
ヒロは思考を巡らせる。

(正面から入れば、不審者として牢屋に放り込まれそうだしなぁ)

ふと、ギルドの周りに人だかりが出来ているのが目に入り、なんだろう、と覗いてみた。

「うへぇ、こんな任務、誰が受けるよ?」
「だって、この前のオルラド国潜入依頼を受けた人‥‥まだ帰って来ないんでしょ?こんな未知な国に勝てっこないわよ」

ーー‥‥などと言って、皆、青冷めた顔をしている。

どうやら、オルラド国がもし戦争を仕掛けて来た時の為に、ギルドで一般市民の中から兵士を募集しているようだ。

(‥‥目に見える相手ならまだしも、こんな依頼、誰も受けないだろうな。‥‥あ、これ、直接城で受け付けなんだ)

ヒロはこれを利用して城に入り込もうかと考える。

(でも、本当に兵士になる羽目になったらマズイから、手っ取り早く済まさなきゃな)

そう思い、さっそく城門へと向かい、門番の兵士にギルドの依頼を見て来たと伝えたら、とても驚かれた。
こんな子供が‥‥と言う意味もあるのだろうが、恐らく誰もまだ受けていないのであろう。


(‥‥簡単に城に入れてしまった)

そこは前回、リーネに案内され、待たされた部屋。今回もその部屋に案内され、ソファーに座り待つようにと言われた。

ーーガチャ‥‥と、ノックも無く扉が開けられて、内心、本当に兵士になる羽目になったらどうしようと、視線を泳がせる。

「依頼を受けに来た物好きは‥‥やはりヒロさんでしたか」
「‥‥!!ディンさん!」

見知った顔にヒロはホッとして、思わずソファーから立ち上がった。

「あ、あの、依頼を受けに来たわけじゃなく、その」
「聞いてますよ。ジルク様に会う為ですよね」

ニコッと笑ってディンが言い、

「え‥‥?聞いて?」
「はい。シハルさんから先ほど連絡魔法が届いて、ヒロさんがジルク様に会いに来るから手助けしてくれ、と頼まれました。だから、タイミング的にヒロさんかな、と思って」
「‥‥シハルってば」

彼の過保護さに苦笑しつつ、その優しさに感謝し、

「‥‥それで、あのー。オレ、ジルク様に会えますか‥‥?」

おずおずとヒロが聞けば、

「ええ、大丈夫。僕と一緒にジルク様のところに行きましょう。ただ、今の時間リーネがジルク様の護衛をしているからややこしいかもですが」

そう言ったディンに、

「す、すみません。リーネはオレを毛嫌いしてるのに、リーネのことが好きなディンさんに手伝わせちゃって‥‥また、雪祭りの時みたいに仲違いさせちゃったら申し訳ない‥‥」
「いえ、いいんです。リーネのことは妹として好きなだけですから」
「え?」
「さ、行きましょう」

それだけ言ってディンは部屋を出るので、ヒロも後に続いた。

◆◆◆◆◆

「準備はいいですか?」

王の間へと続く扉の前でディンに聞かれ、

「緊張しますけど‥‥言うこと全部言って帰ります」

固い表情でヒロは言う。それにディンは頷き、扉を開けた。

「ジルク様、依頼を受けた方をお連れしました」
「そうか。君がーー‥‥って‥‥」

玉座に座ったままのジルクは、ディンの後ろに立つ依頼を受けた者ーーヒロの姿を見て言葉をなくす。
隣に控えているリーネも当然驚き、

「なっ‥‥なんであなたが!?」

そう言われるが、それを無視して、

「申し訳ありません。依頼を受ける件は嘘です!無礼を承知の上、今日はジルク様にお話があって来ました」

そう言ったヒロに、

「にっ、兄さんどういう!?」
「ディン。どういうことか説明‥‥」

リーネとジルクがディンを見るが、

「ディンさんは関係ありません!ディンさんは依頼を受けたオレを偶然見に来ただけですから」
「‥‥ヒロ。私から話すことは昨日、全て話したはずだ。帰‥‥」
「帰りません!ジルク様、ちゃんと話をしましょう!私、昨日は自分にいっぱいいっぱいで取り乱してしまったから‥‥これで、最後で構いませんから!」
「‥‥」

退く様子のないヒロにジルクはうんざりするような表情をして、

「あなた!ジルク様になんて無礼を‥‥」

リーネが凄むように言うが、

「ジルク様が何を抱えているかなんて聞きません。異端者のことも、戦争のことも。でもたとえ、私とジルク様の進む道が違っても、目指すものが違っても、ジルク様に疎まれても‥‥!それでも私はあなたの味方です」

ヒロは一旦言葉を止めて、自身を落ち着かせるように息を吐き、

「‥‥伝えたかったのは、たったこれだけです」

と、笑って言う。

「‥‥呆れた。何があったかは知らないけど、そんな下らない話をしに来ただけなの?ジルク様は忙しい身だと言うのに」

リーネが言えば、

「わかってるよ、リーネ。ジルク様にとったらしょうもない話だけど、私にとってはこれを伝えることだけで、また前に進んでいけるから」

そう、タカサとソラを思い浮かべながらヒロは言った。

「ーー本当に。なんで君は‥‥いつもそんななんだ 。何も語らない私をなぜ信用できる?なぜ私なんかを‥‥」

ジルクは眉間に皺を寄せて、ヒロの顔なんて一切見ずに言って、それにヒロは静かに微笑んで、

「私は、三年前からずっと、あなたのことが好きだから。大切な、友達だから。私とタカサとソラと‥‥ジルク!王様とか一般市民とか関係なく、私達は確かに、今も、大切な友達だから。だからあなたが何を言おうと、何をしようと、私はあなたを嫌いになんかならない。どんなに離れていても‥‥私はいつまでもあなたの味方だから」

嘘なんか一文字もない。
ずっとずっと、恥ずかしくて言えなかった、憧れだと言い訳してきた『好き』だと言う言葉を、ようやくヒロは自分の口から誇らしく紡いだ。

「‥‥昨日、君は私を馬鹿と言ったけど、馬鹿は、ヒロの方だ‥‥」

震えた声をしたジルクをヒロが見れば、彼は泣いていて。

「ジ、ジルク様?!」

隣でリーネが心配そうに声を掛けた。

「君は‥‥私の気持ちなんか、ちっともわかってない」
「え?ジルク様の気持ち?そんなの、わかりませんよ」

ヒロが困ったように言えば、

「三年前‥‥オルラド国の件の後、私は君に傍に居てほしかった。でも君は居なくなってしまって。そんな君を恨んだ日もある最低な私だけど、それでも今も‥‥私は、私だって‥‥ヒロのことが‥‥。なのに君は再会してもちっともわかってくれない」

それを聞いて。
今日、この場で言うべきことを事前に決めて言い切って、これで終わりださあ帰ろう‥‥そんなところでジルクに全く思いも寄らなかった言葉を言われて。

ヒロの頭の中は一気に真っ白になった。

「私‥‥三年前のあの時は、私が傍に居たって邪魔になるだけだと思って‥‥足手まといになると思って‥‥」

ヒロはジルクがそんなことを思っていたとは知らず、申し訳ない気持ちになる。
そして、改めて確信した。

三年前のあの日にジルクの手を取っていたら、きっと未来は変わっていたんだ、と。
そして、

「でも‥‥ジルク様が私のこと‥‥」

ジルクの気持ちを初めて知ったヒロは胸に手を当てる。
頬を赤らめるヒロに、ジルクも顔を真っ赤にしていた。
傍らでリーネは聞きたくない、と言うような顔をしている。

「ジルク様が私のこと‥‥大切な友達だと思っていてくれて安心しました」
「‥‥え?」

そんなヒロの言葉にジルクは目を丸くした。

「もう、簡単に会えることもないと思うけど‥‥ジルク様、どうかリーネと幸せになって下さいね」
「‥‥え?ええっ!!?」

リーネも目を丸くして叫ぶ。

「リーネも、ジルク様のこと、よろしくね」
「え、え‥‥?」

なんて、満面の笑みでヒロに言われて。
今の話の流れでなぜこうなったと、リーネはただ口をぽかんと開けている。

「じゃあ、私‥‥いや、オレは帰ります。ジルク様。オレみたいな一般市民が出過ぎた真似をしてしまい申し訳ありませんでしたーーそれでは」

一礼して、踵を返せば、

「‥‥君は‥‥やっぱり馬鹿だね」

背中越しにジルクのそんな声が聞こえて。
その意味に、ヒロは振り向かずに王の間から出て行った。

「じ、ジルク様‥‥あの、あの赤マフラー、行かせて、いいのですか?」

リーネが不安げに聞けば、

「なぜだい?」
「‥‥だってジルク様、あの赤マフラーのこと‥‥」

リーネは続きが言えずに俯いてしまう。

「リーネ。私はいつも答えを出せなかったけれど‥‥もし、いつかオルラド国に怯えずに、平和になったら‥‥真剣に考えるよ。君との婚約を、ちゃんと」

ジルクはそう言って、俯いたままのリーネの頭を撫でた。

「え‥‥あ‥‥ジ、ルク‥‥様‥‥っ」

それにリーネは震えて泣き出してしまい、思わずジルクの胸に飛び込む。

(これでいいんだよね、ヒロ‥‥私はきっと、ヒロ、タカサ、ソラ。君達の前に誇りを持って立てる生き方をしていない。君達が居てくれたら‥‥私は別の道を歩めていたのだろう。でも、そんなのはもう、夢物語でしかないから。だから‥‥どうか、見ていてくれ。僕の進む道を‥‥)


ー31ー

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