彼とは、毎年桜が咲く季節でしか会えない。なぜなら彼は、人間ではないから。
桜の樹に住む妖。桜が咲く季節でなければ姿が見えない。

初めて会ったのは、高校の同級生と花見をしに行った時だった。
その日はまだ昼間だったのだが、俺は見た。
公園の奥。ひっそりと華を咲かせる樹に佇む和装の男。
目を奪われるというのはこう言う事なのかと身を持って思い知った。
目が離せない。まるであの男が居る場所だけが別の空間のように、不思議な雰囲気を漂わせていた。
金髪に、長身。少し物寂しそうに顔を曇らせていた。
俺の視線に気付いたのか、男は最初驚いたような顔をした後、小さく笑って、消えた。
夢だろうか。いいや、夢ではない。この胸に走る感情は偽りなどではない。
その日の夜。俺はもう一度あの男を見た桜の樹へ行ってみる事にした。
胸がザワザワと唸る。居る。あの男はココにいる。

「ねぇ、居るんでしょ。出て来てよ」

声を上げた。桜の樹に向かって話しかける。
風が靡いて桜の樹を揺らす。まるで俺を警戒しているようだった。

「お願い。君と話がしたいんだ。少しでいいから。姿を見せて」

ザワザワ。花弁が舞う。近づくな。来るな。そう言っていうかのようだった。
でも、俺は諦めなかった。俺が簡単に諦める訳ないだろう?

「…お前、昼間のガキか」

声がした。低い声。桜の樹から発せられている。心臓が大きく脈打つ。

「そうだよ。目が合ったでしょ?」

「…やっぱ見えてたのか。普通のガキは俺の事見えねぇんだけどな」

「それは俺が特別だからじゃないかな?」

「なんだそれ」

クスクスと笑う。桜の樹と話しをするなんて不思議だった。やっぱりこの桜の樹が咲いている場所だけ世界が違うような気がした。

「…ねぇ、君名前は?俺は折原臨也」

「簡単に教える訳ねぇだろ。ほら、さっさとガキは家に帰れ」

俺に関わるな。そう言っている気がした。ザワザワと樹が揺れる。

「…やーだよ。名前教えてくれるまで帰らないから」

「親が心配するだろ。帰れよ」

「俺、一人暮らししてるから平気だもーん!」

はぁ、と桜の樹から溜息が聞こえた。あは、桜の樹も溜息なんかするんだ。
少しだけ嬉しくなった。樹に寄りかかって膝を抱える。
まだこの季節は風が冷たい。ブルリと身体が震えた。
でも、樹の周りはとても暖かかった。桜の樹から声がしなくなる。
呆れられちゃったかな、なんて思いながら俺はその日、その桜の樹の傍で一夜を過ごした。



目を覚ますと、俺の身体に羽織りが掛けられていた。誰のだろうと周りを見回せば。

「…君…」

昨日の和装の男が立っていた。男は照れ臭そうに頬を赤くして。

「お前、本当に帰らなかったんだな」

声も桜の樹から発せられたものと同じだった。

「…だって、君の名前、まだ教えて貰ってないからね」

呆れた、と男は溜息を吐く。目が一瞬も離せない。ずっと、ずっとこのまま彼を見ていたい。

「…静雄」

「え…?」

「俺の名前だ。ほら、教えてやったんだから、風邪引く前に帰れよ」

教えてもらった名前を胸の中で何度も呼ぶ。嬉しくて。彼、静雄に一歩近づいたような気がして。
嬉しくて嬉しくて何度も呼んだ。

「…シズちゃん」

「は?」

「今日から俺、静雄の事、シズちゃんって呼ぶ事にしたよ」

「はァ?てめ、シズちゃんって…、つーかまだ此処に来る気なのかよ。…悪い事は言わねぇから、もう此処には来るな。俺に関わんじゃねぇ」

「なんで?そんなの俺には関係ない。俺は俺の好きなようにするからね」

シズちゃんはまた大きく溜息を吐いた。俺が狙った獲物を簡単に逃すはずがないだろう?
大方、シズちゃんはこの桜の樹の妖とか妖精の類なんだろう。
だからきっとシズちゃんは一日中この桜の樹の近い場所にしか行けない。
そうしたら、俺は毎日会いに行くよ。

「だって、俺…シズちゃんに一目惚れしちゃったんだもん。シズちゃんに俺の愛を受け取って貰うまで、此処に通い詰めるよ」

誰もが馬鹿だと言うだろう。でも、仕方がないんだよ。好きになってしまったんだ。
例え相手が人間ではなかろうと、叶わない恋だとしても。
それでも。

「…ふ、はは…手前、変な奴だなぁ」

そう言って少し困ったように笑う彼に恋をしてしまったんだ。


♂♀


それから、もう何年経っただろう。毎年桜が咲く季節に俺はシズちゃんに会いに行く。
シズちゃんとは、桜が咲いている間にしか会えない。だって彼は桜の樹の妖だもん。
もどかしいこの想い。どうしてずっと一緒に居られないんだろう。

「…ホント、どうして俺はシズちゃんとずっと一緒に居られないんだろう」

「それは俺が妖で、手前が人間だからだろ」

「桜が咲く季節しか会えないなんて…哀しすぎるよ」

夜の桜の樹の下。シズちゃんと二人きり。
こんな良い雰囲気なのに、俺の心は晴れない。
ただただ、虚しさが溢れるだけだ。

「シズちゃん、好きだよ」

「…ああ」

毎年毎年、俺はシズちゃんに告白する。確かめるように。
俺がシズちゃんへの想いを忘れない為に。
シズちゃんの事が見えるのは、俺だけじゃないと思う。今までに何度もシズちゃんの姿が見えた輩はたくさんいるだろうし。
シズちゃんは俺以外の人間を好きになった事があるだろう。
それが何故だがとても悔しい。

「どうして俺は人間なんだろう」

「は?唐突になんだよ」

「シズちゃんと同じ妖だったら、シズちゃんと同じ時を歩めたのに。シズちゃんとずっと一緒にいられたのに」

「…………」

人間は簡単に歳をとる。俺は人間が好きだ。愛している。
人間じゃない奴なんか興味ない。興味が無かったはずなのに。
シズちゃんは別だ。こんなに興味を煽る存在なんて他には居なかった。
人間ではないという事は、俺達と同じように時を刻む事が出来ない。
俺はそれが悔しくて。俺が人間じゃなかったら、シズちゃんとずっと一緒に居られるのに。
俺は歳をとるのに、シズちゃんの姿は変わらないまま。
人間と妖の差。ああ、なんて大きいんだろう。

「妖なんて、お前が思ってるほど良いモンじゃねぇぞ」

「違う、違う。俺は妖になりたいんじゃなくて、シズちゃんと同じになりたいだけなんだよ」

一緒になりたいだけ。ただ、それだけでいいんだよ。
シズちゃんとずっと一緒に居られるだけでいいんだ。他は何もいらない。

「好きだから、愛してるから、その人とずっと一緒にいたいって思うのは普通でしょ?」

「そ、ぅ…だけど、よ…」

辺りは暗いのに、シズちゃんの顔は赤いのが良く分かる。
可愛い。初なのがまた俺の心をくすぐる。

「シズちゃんは?シズちゃんはそうは思わないの?」

「え…、いゃ…その、」

「俺のこと、好きじゃない?」

「ちがッ、い、臨也の事は、好き…だけど…」

シズちゃんは恥ずかしがり屋だから。ああ、そんな処も可愛いな。
なんて思っていたのだが。

「俺とお前じゃ、…違いすぎる」

その言葉が俺の胸を刺す。分かっている事だ。そんな事。願わくば、君と同じになりたかった。
気まずい空気が漂う。改めてシズちゃんの口から聞くとショックが大きいかも。
何を、どうしたらいいんだろう。

「ぁの…臨也、」

「…ねぇシズちゃん」

「あ…?」

「シズちゃんとセックスしたら、シズちゃんは俺の子を孕むのかな?」

「あ…、はァ!?」

「だって妖って性別ないんでしょ?…あれ?そういうもんじゃないの?」

「俺は正真正銘の男だ。そういった類の奴も居るには居るが…」

「へぇ…。んー…じゃあ、ものは試しに俺とセックスしよ、シーズちゃん」

「お前俺の話聞いてたか?俺は男だって言って…」

「分からないよ?もしかしたらシズちゃんも孕むかもしれないし」

信じられないという顔で俺を見るシズちゃん。もしかしたら俺はシズちゃんが俺のだという証を残したいだけなのかもしれない。
それでも。それでも。このまま何もしないで別れてしまうよりは良いだろう。
俺とシズちゃんは桜が咲く季節でしか会えないのだから。
桜が風に吹かれて暗闇に花弁が舞う。ああ、なんて幻想的な絵なんだろう。
このまま時が止まってしまえば、俺はシズちゃんとずっと一緒に居られるのにな。

「ほら、シズちゃん。観念しなよ。可愛がってあげるからさ」

「そういう問題じゃねぇよ!だ、大体此処、外だろうが…!」

「この時間帯はこんな処誰も来ないし。シズちゃんは俺以外に見えないじゃないか」

「で、でもよ…!」

「グダグダ言ってると、乱暴しちゃうよ?」

ビクンとシズちゃんの身体が震えた。脅かしすぎちゃったかな?
シズちゃんの和装に手を伸ばす。隙間に手を入れただけでシズちゃんは泣きそうな顔をする。
初めてじゃあるまいし…。

「和装って脱がしやすいね」

「ぅ、うるせぇな!」



次からエロのターン!



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