その日から私は不登校になった。
最初は誰もいない家でボーっとしているか、ギリギリ残っていた
絵の具と紙を使って絵を描いているかで時間を潰していた。
新しいものなどそうそう買えない。
一体何にどれくらいのお金がかかるのか分からなかった私には
親だった人が残していったお金をなるべく減らさないように我慢するだけだった。

やがて絵の具も紙も無くなってしまって。
家の近くにある河川敷で川を見つめるようになった。
近くを通る人はただ見ているだけで誰も話しかけてこない。
本当に独りなんだと、現実を突きつけられた。


中1の秋、私は河川敷で1人の男の子と出会った。
その男の子は、(おそらく)小学生なのに綺麗な制服に身を包んでいた。
どこの学校なのかはわからなかったが、お金持ちなのは見ればわかることだった。
「こんなところで…どうしたんですか?」
初めて私に話しかけてきた人物。
「………………」
人となんて、会話したくなかった。
色々話しかけられたが、私は何にも答えなかった。
頷きもせず、その少年を見ることもせず、ただ川を静かに見つめていた。
「俺、明日も明後日もここに来ますから!」
彼はそう言って私の元から離れていった。





彼は次の日も、その次の日も……毎日河川敷に来ては私に話しかけてきた。
私は完全に無視しているのに、彼はめげなかった。
彼はその日の学校であった出来事を話しているだけで、
自分のことや家族のこと、私のことは何も言ってこなかった。
金持ちだからどうせ自慢話だろうと思っていた私には少し意外だった。
私のことを聞いてこないのは、幼いながらに何か察していたのか、
私のこと何て興味なかったのか…。まぁ私には関係ないことだ。
やがてこの少年も、まったく答えない私に呆れて、去っていくんだろうし。
どうせみんな同じなんだよ。


と、思っていたがいつの間にか私は中2に、彼は中学生になっていた。
ということは私の1個下なのか…とか他人事のように思った。
たった1年、学年が上がっただけなのに、彼が急に大きく見えた。
だけど話す内容はその日の学校の出来事。それは変わらなかった。
彼と会う時間も前よりもかなり遅くなった。きっと部活に入部したのだろう。
でも部活に入ったということも、何部なのかということも言わなかった。

私はそんな彼にかなり驚いていた。
人なんてみんな同じだと思っていたけれど、もしかして彼は違うのでは…とか
でも、それでもまだ彼に対して信用はできなかった。
あの時だってそうだ。私が眞夜に対して信用し始めたときに裏切られた。
彼もそれを狙っているのかもしれない。
信用なんてしてはダメだ。また裏切られる。捨てられる。離れて行ってしまう。
まだ、心は開けない。




気が付けば彼に出会ってから1年が経とうとしていた。
私はどんな日でも河川敷に居て、彼はどんな日でも河川敷に来た。
雨の日も雪の日も台風の日も部活で忙しそうな日も。
無理しなくていいよって言いたかった。でもまだ話すことはできなかった。
彼はそんな私の思いを察したのか、こんなことを言っていた。

「貴女を1人にはさせたくないんです」

そんな彼に瞳は真剣で、とても力強くて。
ちょっとだけ泣きそうになってしまった。
彼なら信用できるかもしれない。1年もこうして(一方的だけど)話してきたんだ。
みんながみんな、眞夜や親だった人じゃないかもしれない。
このまま無視し続けるのも彼に対して失礼だ。
少しだけ、少しだけ警戒心を解いてみよう。
そのあとの態度は、彼の言動次第だ。

「それで、同じクラスの佐藤君が…」
「……………………あの、さ…」

彼の話を遮る形になってしまったが、頑張って声を出す。
突然私が喋ったからか、彼はものすごく驚いた表情をしていた。
声が震える。声だけじゃない、手も、体も、心も。
そんな私に気づいたのか、彼は優しく私の手を握った。

「大丈夫ですよ。俺はずっと待ってますから」

温かくて優しい…今の私にとっては1番の励みになる言葉だった。


「……………………貴方の名前を、知りたい、です…」
「俺の名前は鳳長太郎、氷帝学園中等部の1年です!」

私の言葉に答えてくれた彼の笑顔は、この世界のように綺麗だった。








それから少しずつだけど私は彼――否、長太郎君と話すようになった。
そして私はいろいろと長太郎君のことを知り始めた。
長太郎君は氷帝学園中等部の1年生で、テニス部に所属しているそうで。
ちなみに氷帝学園はやはりお金持ち学校で、何と幼稚舎からあるらしい。
小学生の長太郎君が着ていたあの制服はその幼稚舎の制服だという。
恐るべし金持ち校。
しかもテニス部の部長は、私と同じ中2の人で(その人が中1の時から部長らしい)
テニス部部長でだけではなく、入学した時から生徒会長に任命されている
どっかの財閥の息子さんだろうで。なんかもう次元が違う気がする。
きっと青学の部長は手塚君になるんだろうなーなんて勝手に思っていた。



長太郎君と私が出会ってからぴったり1年が経った。
長太郎君とはもう普通に話せるくらいまで慣れた。
ぴったり1年が経ったこの日、私は長太郎君に全てを話す決意をした。

私が話している間、長太郎君は真剣に話を聞いてくれた。
「……もう、どうしたらいいか分からない。家に帰っても誰もいない。学校になんか戻れない。みんな私を見て色々と言い始める」
でもそんなこと私にはどうでもいい。
絵が描ければいいんだ。授業サボって屋上で絵を描いていればいい。
だがそれすらも許されなかった。
描いている途中だと分かっていても邪魔をしてくる。
絵を破かれたときは殺そうかとまで考えた。
この世界には私が生きる「目的」がない。
何のために生きればいいのか分からない。
もし私が死んだら、何人の人が悲しんで…何人の人が喜ぶのだろう。
そもそも悲しんでくれる人なんて存在するのかな?
きっと何も変わらずに時が経って、忘れられていくんだろうな。
まるで悲劇のヒロインのよう。ああ、私はそれを演じているのか。
悲劇のヒロインだとしても、仮にもヒロイン。「主役」になれるから。
醜い考え方。やっぱり私も「人」なんだね。


「……俺は、初めて貴女を見た時から、とても強い人だと感じました」

強くなんかない。こんな私の、どこが。

「ずっと川を見つめていたあの瞳…。真剣で、力強くて、凛々しくて。この人は生きる希望があるんだなって思いました」
「生きる、希望…?」
「俺は『死ぬ』ということは希望をなくしてしまったことだと思います。自分にとってその生きる希望が何なのか分かっている人もいれば、分かっていない人もいるかもしれません。そして俺はその生きる希望は『自分』という名の輝きだと思っています。人が生きていられる本当の理由は、自分という名の輝きが見えているからだと思うんです」
「…自分という名の、輝き……」
「はい。だから『死ぬ』というのは逆に、自分という名の輝きを見失ってしまったことだと思います。でも貴女は今生きている。俺の目の前で、俺を見ていている。だから貴女には自分という名の輝きが見えていると思うんです」
「……人は自分を守るために互いを愛し合って、互いを傷つけ合う。愛に飢えた人がいて…、愛を捨てた人がいて…。そんな不条理なこの世界で、人は何のために生きるのだろう…?」
「生きる理由なんて、みんな分からないと思います。俺だって分かりません。俺たち『人』はその答えを見つけるために生きていくんだと思います。例えそれが見つかっても見つからなくても、その人の生きた時間は掛け替えのないものになると思うんです」
「……………」
「俺は貴女に幸せになってもらいたいんです。時々見せる苦しそうな表情を見て、ずっと思っていました。今日貴女の話を聞いてもっとそう思いました。この世界はそんな人ばかりではないんだと、優しい人もいるんだと知ってもらいたい。俺は貴女に、生きていてほしい!」


呟くように話していた長太郎君の声が力強くなり、私は長太郎君のほうを見た。
彼は泣いていた。まるで自分のことのように悲しんでいた。
私はどうして彼が泣いているのか分からなかった。
同情しているのか?それも少しはあると思うけど、違う。
彼は――、長太郎君は本当に純粋に悲しんでいるんだ。

私に生きてほしいと思っているんだ。

そう思った途端、今まで溜めていた何かが体から溢れ出てくるみたいな感じがした。
初めてだった。こんな私に話しかけてきて、こんな私のことを想ってくれた人は。
この世界は眞夜みたいな人ばかりだと思っていたけれど
彼の言うとおり、優しい人もいるんだ。
長太郎君みたいな優しい人が。


「俺は貴女の支えになりたい」


真剣で凛々しくて温かい瞳


「貴女の名前を、教えてください…!」


この人を信じたい



「………私の名前は葵璃南、不登校だけど青春学園中等部の2年、です」







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