月夜の竜と悪魔







 月明かりが世界を照らしている。縁側に座り、月見酒と洒落込んでいる奥州筆頭、伊達政宗。

 明るい満月を見上げては、傍らの酒を煽る。

 不意に、何者かの気配を感じて振り返れば、そこにはこの日ノ本には存在しないはずの巨大な獅子が佇んでいた。月明かりに映る影は、六対の翼を抱えた人型。

 少し前から居着いている志紀が使役する、化生の者。志紀たちに言わせれば悪魔だ。

 そして、獅子の姿、六対の翼の姿を持つのはその中でも大物も大物、南蛮では大魔王とも呼ばれるとんでもない存在らしい。

 そんな生き物が、志紀の部屋の方向からのそのそと歩いてきていた。



「Ha、志紀が呼び出さなきゃ出てこれねぇんじゃなかったのかよ」

『小娘の脆弱な呪縛など、その気になればいつでも破れるわ。……斯様な満月でないとできぬのが少々悔しいが、な』



 最後は吐き捨て、獅子は政宗の隣にちょこんと座る。政宗の身じろぎなど、露ほども気にしていなかった。



「Lucifer……だったか」

『ルシファーでもルシフェルでもルキフェルでも。人は我の名を好きなように呼んできた』

「じゃあルシファー。せっかく志紀のcurseを破ってきたのに、俺の精力は吸わねぇのか?」



 人間が自分からそんなことを聞いてきたのに驚いて、ルシファーは政宗を見つめた。そして、クッと喉を鳴らして嗤う。



『ベルフェゴールの食べ残しではな。アスモデウス辺りならやるかもしれんが』

「俺はslopかよ……」



 残飯扱いされて少々凹んだ政宗だったが、気にしないとばかりに頭を振った。傍らの酒を、尻尾を揺らしながら月を眺めているルシファーに差し出す。

 悪魔たちは志紀に捕らわれてから装飾品に身を変じて、食事などできなかったはずだ。



『……?なんだ、酌でもしろと?』

「違ぇよ。代わりにこれでも飲め。米の精はあるだろ」



 ルシファーはきょとんとした。この悪魔がきょとんとするなど、太陽が西から昇るほどありえないことだろう。つづいて、意識の声だけで爆笑をはじめる。

 今度は政宗がきょとんとする番だった。



『……っはは、人間にしては面白い事を言うな!悪魔に酒を勧めた人間なぞ初めて見たぞ!ふっ、くく……頂こうか』



 獅子の姿では猪口から飲むのも大変だろうと器を用意する気でいた政宗だったが、なんとルシファーは尾を器用に使い、猪口に酒を注いで口元へ運んでいた。

 立ち上がりかけていた政宗を、いたずらっぽい視線で笑う。



『どうした小童、厠か?』

「……このヤロウ」



 どかっと座り直し、政宗は再び酒を煽った。

































 程よく酔いが回ってきた頃。

 遠慮もへったくれもなく酒を飲んでいたルシファーが、ふと口を開いた。



『我は、かつてあの天にいたのだ』

「Ah?」



 怪訝そうに政宗が振り向くと、ルシファーは顎で満月を指す。



『最も神に近しき者としてな。我が名は光を運ぶ者、暁の子という意味だ』

「Devilっつったら、神に程遠いだろ」

『我は反逆者なのだ。被造物にも関わらず神に戦いを挑み、負けた。我は天から堕とされた』



 ルシファーは喉を鳴らし、自虐的に呟く。



『当時の我とて、解っていたろうに。被造物がその造り手に勝てる訳がないと』

「んなこたぁねぇだろ」



 思わぬ反論をされて、ルシファーは政宗を見つめた。酒を飲みつづけながら、政宗がどこか達観したように話す。



「造り手ってのは、人間に換算したら親だろ。子が親を超える、なんてのはよくある話だ。弟が兄を、弟子が師匠を。当時のお前は、勝つことすら諦めてたんじゃねぇのか?」



 ぱち、と数回瞬きをした。まさか人間に諭されるとは。くつくつと笑うと、小十郎みたいな笑い方すんな、と小突かれる。



『ああ、そうかもしれぬな。反逆の意志をもった時点で、堕とされるだろう事は解りきっていた』

「どう考えても始める前から負けてんじゃねぇか、それ」

『まあ聞け。……ならば、堕ちてやろうと思った。堕とされるのならば、どこまで堕ちてゆけるか試してやろうと……思った事も有ったのだ』

「事もあった、か」



 不自然な切れ方を、政宗は復唱する。事も有ったのだ、とルシファーも復唱して、昔話を続けた。



『我は地獄に捕らわれ、氷漬けにされた。……そこが底辺だったのだ』

「What?それは……」

『堕ちる先などありはしなかった。我は最初から、堕ちる所まで堕ちていたのだ。創造主に対する反逆は、もっとも重き罪』



 嘆きの河、コキュートス。地獄の最深部。最初から、ルシファーはそこに捕らえられた。

 最悪の罪人、神への反逆者として。



『小童。貴様は竜と呼ばれていたな』

「Ah……そうだが」

『堕ちるな。貴様が真の竜ならば、どこまででも昇ってゆけよう。忌ま忌ましい銀の竜のように』

「……アンタ、Devilらしくないな」

『これでも元は天使だからな』



 二人が飲む間の一瞬の沈黙。それを次に破ったのは、政宗だった。



「……言われなくとも、解ってるさ。俺ぁ、天下を取る独眼竜だからな」



 政宗がにやりと笑うと、ルシファーも満足げに笑みを返した。







月夜の竜と悪魔







かつて堕ちた者と、これから高く昇ってゆく者。











あとがき

満月の夜、酒飲みながら悪魔とふっつーに話をする筆頭が書きたかったのに、これじゃあルシファーメインじゃないか。責任取れルシ。



20110703 瀬音

20110828 加筆修正







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