ラクサスが接待でジェラールをもてなしてからというもの、ジェラール自身も一人で頻繁にやってきては、エルザを指名するようになった。

「お待ちしておりました。ジェラール様」
「堅苦しい挨拶はいいと言っただろう。ラクサスに話すように気軽に話してくれ」
「そういうわけにもいきません」

いくらエルザといえど、ジェラールに対して、幼い頃から友人として過ごしたラクサスと同じ態度をとるのは無理がある。

「…まあいいか。とりあえずは部屋に行こう」

ジェラールとエルザは連れだって部屋に向かった。
部屋に入り、用意されていたお酒を注ぐと、ジェラールが話しかけてくる。

「…本名」
「え…?」
「本名は何て言うんだ?」
「規則で教えられないこととなっております」
「それは、絶対か?」
「絶対でございます」
「…なら、仕方ないな」
「…知りたければ、ラクサス様に聞けばわかりますよ」

自分で客に名を告げるのはご法度でも、知っている人間から聞くのは問題ない――暗にそういうエルザにジェラールは笑みを向ける。

「知っている奴から聞くんじゃ、おもしろくない。自分で聞き出すからこそ、だろう」
「そういうものでしょうか?」

エルザが首を傾げながら言う。
初日には多少敵意のようなものを感じていたが、連日尋ねるようになったジェラールからはそういったものは感じない。
あれは、初対面ゆえの緊張を勘違いしてしまったのだろうかと、エルザは自分を納得させると、話を続けていった。

「本日もよろしくお願いいたします」

艶やかな赤い着物を身にまとったエルザがうやうやしくお辞儀をすると、本日の客であるジェラールが笑みをこぼす。

「ははっ。こんなに通い詰めているのに、まだまだ距離は遠いな」
「そんなことはございません。ただ、店を訪れていただく以上、花魁としてご無礼がないようにしているだけでございます」
「もうちょっと、砕けた調子にならないか?」
「いずれなるかもしれないし、ならないかもしれません」
「本当に難しいな。スカーレットは」

まあ、そういうところもいいけどな…と言いながらジェラールは腰を下ろす。

あれから、ジェラールは常にエルザを指名するようになった。だというのに、いつも話をするだけで帰っていく。
エルザを指名する客は大抵、ビジネスか、もしくは、床入れできるかという下心を持っているかのいずれかが多いのだが、彼はそういった感情を表に出さない――いや、もしかしたら本当に持っていないのかもしれない。

だったら、なぜ高い料金を払ってここにくるのか――それは、エルザにすらわからないが、ジェラールから受ける雰囲気が普通の客とはどこか違う目的を持っているような気がする。

(だめだな…こんなことを考えては)

失礼だと、頭の中でその考えを打ち消すが、一抹の疑念が頭を掠める。

「今日も楽しかった。ありがとう」
「いえ、こちらこそありがとうございます」
「それじゃ…また来るよ」
「お待ちしております」
「そういえば…」

そこで、すうっと真顔になったかと思うと、エルザに顔を近づける。

「…何でしょうか?」
「…今日はいつもより、化粧が薄いな」
「…っ!」

事実だった。普段使っている白粉が品薄でまだ手に入っていないのだ。
花魁として客に失礼なことはわかっていたが、誰もそんなことは気づきもしないため安心していた。

「わかりますか。誰にも気づかれてなかったんですが」
「ああ。すぐにわかった」

そんなにわかりやすかったなんて…もしかして今までの客はわかっていて知らないふりをしていてくれただけなのかもしれない。
エルザがそう青ざめていると、ジェラールが突然エルザの紅を手の甲で拭った。

「ジェラール様」
「うん…やっぱりだ」
「?」
「こっちの方が綺麗だな」
「!!」

急に言い放たれた言葉にエルザの顔が赤く染まる。

「どうした?言われ慣れているだろう。俺も初めて会ったとき、美しいと言ったし」

確かに初対面の時に「美しい」と褒められた記憶はある。
だが、それは相手を品定めするような、ビジネスライクな褒め言葉で、何の他意もなく、下心さえない、あまつさえ、着飾る努力を怠った自分に対して「綺麗だ」などという言葉は誰からも受けたことなどなかった。

エルザが花魁らしくなく、顔を赤くして黙り込んでいると、ジェラールがその表情をしばらく見つめて口を開く。

「…やっぱり、綺麗だは訂正するよ」

ああ、やっぱり――と思いながらもエルザの胸がちくりと痛む。

「今の顔は綺麗じゃなく可愛いだからな」

続くジェラールの言葉にエルザの顔面に更なる熱が集中した。









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