午前中の授業の終わりを告げるチャイムが鳴ると、英語担当の教師が教室から出て行く。
そのタイミングで席を立つ生徒たち。途端に室内は騒々しくなった。
お昼ご飯を買いに行く者やお弁当を持参している生徒は机を移動させて、それぞれ昼休みの時間を過ごしていく。
机の上を片付けていたルーシィは、ノートを中にしまおうとしたところで、それをうっかり足元に落としてしまった。
踏まないように椅子をズラす。拾おうとして伸ばした右手が掴まれた。
「…っ!?」
驚き、顔を上げると、そこにはニッと笑みを見せているナツが居る。
拾えなかったノートは真横に居た彼の手にあったが、それよりも突然の至近距離に慌ててしまった。
けれど、平常心を保つように、と自身に言い聞かせる。
「あ、…ありがと」
「おう」
元気の良い返事をするナツだったが、拾ってくれたノートはまだ彼の手にある。
その様子に疑問符を浮かべていると、
「今の英語のノートってコレだろ?貸してくれ!」
「え、…い、いいけど」
「ありがとな!ルーシィって字だけはキレーで読みやすいからな」
「…なっ、字だけはってアンタね!」
ナツの手元にあるそれを取ろうとしたが、届かない位置に上げられてしまった。
頬を膨らませて彼を睨むと、その顔が面白ぇとナツはお腹を抱えて笑っている。
ルーシィは怒ったフリをして背を向けた。
「あ、そーいや…、こないだ書いてやった電話番号だけどな……」
「何よ…」
「あれさ…」
“書いてやった”に強く反応した彼女はムッとする。振り向いてから彼の続きの言葉を遮って――
「…あんなラクガキ、破って捨てちゃったわよ!」
「へっ?」
ルーシィの口から聞かされたそれに動揺したのか、ナツは持っていたノートを足元に落とした。
視線を逸らして眉を下げている。
「……あー、そーか……なら、いい」
「ナツ?」
「折れてねえかな」と、ノートの中を確認した彼は、それを持ち直してその場から離れて行った。
初めて見る、ナツのそんな表情に戸惑うが小首を傾げる。
――あれ?もしかして、傷ついたとか?
☆★☆★☆
家に帰ってからもナツのことを考えていた。
普段から調子のいいことばかり言う彼のことだ、今頃は何事もなかったかのようにしているはずだと――。
だが、ナツのあの顔が頭から離れないでいた。
不意にレビィの言葉を思い浮かべる。
『電話かけてくれるの期待して…』
「…まさかね」
違うわ、と考えていたことを否定して、明日の準備を始めた。
机の前に貼っている時間割を指差しながら、教科書とノートを確認する。
「えーと、4時間目は英語…」
ふと、あることに気付く。
「ノート、ナツに貸したまんまだ…」
帰りに返してもらおうとしていたのに、すっかり忘れていた。
――どうしよう、忘れて来られたら困る。
「うーん、…ちょっと連絡しとけばいいんだ。告白以外で電話する口実にもなるし、一石二鳥じゃない」
良いきっかけだと考えて、ルーシィは深呼吸をした。胸に手を当てるとドキドキが速まる。
――うわ、想像以上に緊張するわね。
さっきまで一定のリズムで動いていた心臓が、全力疾走をしたように苦しくなってきた。
「よーっし、かけるわよ!」
携帯を持つ手が震えるが、ゆっくりと彼へ繋がる番号を押した。
すると最初に耳に入った言葉は――
“お客様のおかけになった電話番号は現在使われておりません。番号をお確かめになって……”
「…あれ?押し間違えたかな」
――思ってた以上に緊張してるんだな、あたし。
もう一度、深呼吸をして落ち着かせてから、再度、番号を押し直した。
しかし、
“お客様のおかけになった電話番号は現在使われておりません。番号をお確かめになってもう一度おかけなおしください”
電話越しにその声を何度も耳に受けて――、
それでも疑いたくなくて。
ルーシィは自分の間違いだと思い込んで、繰り返し携帯の番号を押し続けていた。
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