悪戯なキス







小さい頃、額に初めてしてもらったパパとママからのおやすみのキス。
絵本で見た王子様とお姫様のキス。
――今は絵本から小説に変わったけれど。


ファーストキスは、唇を合わせるキスは――特別だから。
好きな人とできたらどんなに幸せであろうか。
まだ見ぬその人とのキスに憧れていたことで、ルーシィには強い思いがあった。

あたしもいつか――と、そんなことを思っていた自分を思い浮かべる。
忘れかけていた記憶、それを思い出すきっかけを作ったキスは――

桜色の髪をした彼からの、気持ちが見えない、分からない、そんなキス。
嬉しさよりも複雑な気持ちの残る、初めてのキスだった。



『ナツが好きなんだ』と気付いた時から、ファーストキスはナツとできたら――
なんて、思い描いていたこともあった。
夢で何度見たことか――恥ずかしかったのだろう、そんな夢を見た朝は意識をしないように鏡の前で表情作り。
けれど、夢に出てきてくれただけでも素直に嬉しかったルーシィは、微笑んで夢の内容は胸にしまっておいた。

ただの一方通行な想い――。


あいつにとっては「ルーシィだから許してくれる」悪戯のキス。


ナツの好きないたずら――そう、きっとイタズラなキスなんだから。





☆★☆★☆

本日の仕事も無事に終了。その帰り道で見つけたお店に立ち止まった。
丁度タイムセールをしていたおかげで安く材料を手に入れることができ、機嫌の良いルーシィに付いていくナツとその相棒ハッピーは、慣れた様子で部屋に入っていく。

「それじゃ、ご飯作るから待っててね。…あ、部屋汚さないこと!」
「おー」
「あい!」

キッチンへと向かったルーシィが見えなくなると、ナツたちは言いつけを守らず部屋を物色し始めた。

「本増えたな…」
「そうだね」

ルーシィは数日前に仕事の依頼で受けた本の入れ替え作業の際に、小説を数冊もらってきた。他にも絵本や図鑑、雑誌などが目に入る。
まだ整理がついていない為、邪魔にならないよう部屋の隅に置いてあった。

「コレなんだろう、…お魚ー!」

ハッピーは魚がたくさん載っている図鑑を見つけて涎を垂らしている。

「オイラ、お魚が焼けるまでコレ見てるー!」
「飯できるまでだもんなー、なんかねえかな…お?」

夢中で見ている相棒の近くでナツも珍しく興味のあるものでも見つけたのか、ルーシィの机の上に置いてあった本に触れた。
付箋がついてあるそのページを捲って、少し進んだところで閉じる。

「ふーん、面白ぇモン見つけたぞ…」

そして、彼はキッチンで料理中である金髪の彼女を目で追っていた。



☆★☆★☆



エプロン姿のルーシィは、沸騰をした鍋の蓋を開けて火の強さを変えていると、背後から声を掛けられる。

「なあ、ルーシィ…」
「ん?なあに、ナツ?」

振り向くと同時に、左腕を引かれた。

「ちょっ…引っ張ったら危ないってば、ナ…っ!?」

目を合わせる前にナツが至近距離に居る。それに気付くと左頬に彼の唇が当たった――触れたように感じた。
ルーシィは驚き、大きく両目を見開く。

「こっちじゃ、わかんねえか」
「…へ?」

ナツはルーシィの左腕を放して、今度は彼女の右の頬に自分の左手を添えると、鼻を傾けて唇を塞いだ。
ルーシィは鍋の蓋を持っている右手が震える。左手は目の前に見えるマフラーを掴もうとしたが、力が入らなかった。

「…ルーシィ?」
「……」

すぐ離した彼は自身の唇を撫でて、鍋の蓋を持ったまま固まっている彼女を覗き込む。
ルーシィは顔から火を噴きそうであった。

「おーい、ルーシィ大丈夫か?」
「……」

ナツは全く反応のない彼女を見て吹き出し、頭を掻きながら背を向けた。
一度踏み出した足を止めて小首を傾げていたが、前を向いた彼は図鑑から絵本に移って眠そうに目を擦っている相棒の元へ戻っていく。
その数秒後、ルーシィは腰が抜けたのかガクッと膝から崩れ落ちた。

「な、ななな…何が起きたわけ?」

そっと右手で左の頬に触れてから唇を撫でる。先程の光景を頭に浮かべた彼女は益々顔を赤らめていた。
だが、ルーシィは顔を左右に振って「本気にしてはダメだ」と言い聞かせる。




しかし、この日を境に二人の距離が変わっていく。

ナツの言葉や行動が、ルーシィにとって思い悩む日々の始まりだった――






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