顔を背けて、ギュッと両目を閉じていると――
クスクス笑い声が聞こえてきた。
目を開けると、すでに身体を起こしていた彼が微笑んでいる。

「ルーシィ大丈夫?…冗談だよ」
「……冗談って、もう!」

腕を掴まれて、ゆっくりと起き上がった。ルーシィはホッと胸を撫で下ろす。

「あ、そうそう…」

彼は何かを思い出して、ベンチの隅に置かれていた紙袋から小瓶を取り出した。

「はい、これルーシィにあげるよ!」
「…これって、香水?」
「そうだよ、ルーシィ香水つけてるよね?」
「うん…」

ちょうど人気のある香りが手に入ったから一つプレゼントするよ、と言われて手に乗せられる。

「い、いいわよ、ロキ!」
「…そんなこと言わないで使ってよ!今つけてる香りよりも、こっちの方がルーシィに合うんじゃないかな」
「でも、この香りは…ナツが、」

――あたしみたいだって、…ナツが好きな香りなの、とは言えないでいると、

「彼が選んだものなの?」
「……」

顔を真っ赤にしている彼女を見つめて、ロキはふっと笑った。

「それじゃ…コレいらないか」
「…ごめんね」

息を吐き出した彼女は立ち上がると、周りに目を向けて時計を確認した。
いつの間にか辺りは薄暗く、街灯が点いている。

「そろそろ帰ろうか?…送るよ」
「…ありがと」

彼は歩行を合わせながら金髪に手を添えると、優しく撫でてくる。
ロキと並んで、公園を後にした。

ぼんやりと明かりが照らす静かな公園内。
入り口で、二人の背中を少し離れた場所から見ている人が居た。
その視線に気付いたのであろうか一瞬、ロキが振り返ったように見えるが――

その場に立ち止まっているその人は、キャップ帽を取るとそれを上着のポケットに突っ込む。
無造作に前髪を掻き上げて、逆方向へ走って行った。











ナツとの関係をロキに話してしまったことが気掛かりでもあるが、ルーシィは吐き出したことでどこかスッキリした部分も感じていた。
自分たちの関係は、仲の良い友人にも話していない。
時期がきたら話そうとはしているが、なかなか切り出せずにいたのだ。
喧嘩中でもあるが頭に浮かぶのは、

――ナツ。




掃除の時間に窓から外を眺めていると、

「ルーシィってば!聞いてるの!?」
「あ、ゴメン…何?」

手にしていた箒を持ち直し、ゴミを掃く。振り返った友人が腰に手を置き、呆れた声を出した。

「だーかーら、結婚するんだって!」
「誰が?」
「なんと!保健のストラウス先生よ」
「…っ!?」

自信満々にそう答えてくるが、肝心なところは彼女の相手だ。
ルーシィが友人の腕を掴む。

「だ、だ…誰と!?」
「さ、…さあ、そこまではわからないけど」
「もー、しっかりしてよ!それじゃ一流記者にはなれないわよ!」
「なりたかないわよ…」

友人が溜め息を吐いて、前を向くルーシィの足元に何気なく視線を移した。
そして、慌てた声を出す。

「…わあ!ルーシィっ」
「何?」
「雑巾踏んでるよー!」
「え?…きゃあああ」

乾拭き用の雑巾が床に落ちていたせいで、それを踏んでいる彼女は滑り、転んでひざを擦り剥いた。

「痛…」
「大丈夫!?」

両ひざと手を着いた時に傷を負い、その箇所が赤くなっている。
保健室へ向かい、手当を受けることにした。

「軽いスリ傷だから、すぐに痛みはなくなると思うよ」
「…ありがとうございます」

白い布が被さった丸い椅子に座って、頭を下げる。
ストラウス先生は、消毒液などを棚にしまうと、自分用の椅子に腰かけた。
白衣を着たその人は、優しく微笑みかけてくる。

「…先生」
「はい?」
「あの…結婚するって、聞いたんですが…」

緊張も踏まえて胸が苦しかったが、恐る恐る声に出してみると、ルーシィの視線に顔を赤くして、先生は笑った。

「え、やだ…もう広まってるの!?」
「はい」
「そう…。でもホントはね、最後の最後まで迷ってたんだ――」

左薬指の指輪を見ながら、そう答える。

「…どうしてですか?」
「私、ずっと好きな人がいたの」
「……」

――ナツのことよね。


「高校の時、その人が私に告白してくれたことがあって…私も好きだったんだけど、父の転勤で引っ越すことになってね、結局“好きです”って言いそびれちゃって…」
「……そうなんですか」

ギュッとスカートの裾を握る。
自分が招いたことではあるが、この場に居るのが怖かった。

「そしたら、びっくり!つい最近ばったり再会しちゃって」
「……」
「それで、思い切って告白してみたの!」


――ナツ。あたし、ナツをとられたくない。


両目に涙が溜まっていくのがわかる。バレないように視線を外した。


「――でも、その人ね…、今すごく大切にしてる彼女が居るんだって」


まあ、当然のことよねと明るい声で話してくる。俯いていたルーシィは、顔を上げた。

「えっ」
「私ね、ある人に求婚されてたんだけど…彼の一言でやっと決心がついたから結婚決めたのよ」

幸せそうに笑う先生の顔が、キレイで――今自分はどんな顔をしているのだろうかと恥ずかしくなる。
ルーシィの頭の中には、拗ねた彼の横顔と満面の笑顔が浮かんだ。

『オレ…ずっと待ってたんだぞ』

――ナツ、


『オレは誰にもとられたりしねえよ!』


――あたしのバカ。




「あら、私ったらごめんね、一人でペラペラと。…ハートフィリアさん?どうしたの、傷が痛む?」

先生の前だけど、涙が溢れて止まらない。拭うことも忘れて、顔を左右に振った。

「…いいえ、大丈夫です」




一人で勝手に誤解して、勝手に怒って…


あたし、ナツの気持ち疑ってた。
これじゃ、ナツの彼女だって――言えないよ。


ナツにひどいことたくさん言って――

でも、とにかく悩んでるヒマはない。

早く謝らないと。



ストラウス先生に再度お礼を言い、ルーシィは保健室から飛び出す。
気持ちを落ち着かせて、走り出した。
校庭に出ると体育倉庫に居たナツの背中が見えて、息が上がったまま呼び掛ける。

「ナツっ!!」

振り向く彼の髪が風で靡いた。目が合ったが、ナツは何も言ってこない。
呼吸を整えて、ルーシィは口を開く。

「あのね、ナツ…」
「オレ、やっとわかった。ルーシィがオレと会おうとしねえ理由…」
「え…」

ルーシィの声を遮って、ナツが顔を背けた。

「ロキ先生って言う奴と会うのに忙しかったんだろ?」
「ちがっ…ナツ、それは――」
「何が違うっつーんだよ!」
「ナツ…」

彼は肩を震わせて、力強く拳を握る。眉を下げている彼女に向かって、叫んだ。

「じゃ、昨日の公園でのあれはなんだ?…あんな場面見せつけて言い訳すんのか!?」
「あれって、…もしかしてナツ、居たの!?」
「途中で、もう我慢できねえって思った。飛び出ていこうとしたけど…」
「…ナツ」

背を向ける彼に数歩近付くと、

「毎日、ルーシィが来るの待ってたオレが、バカだったんだよな…」
「ナツ?」

近寄っている彼女の気配を感じているはずだが、振り返りもせずにどんどん離れていく。
そのまま駆け出して行った。
校舎の角を曲がったナツが見えなくなると、ルーシィは力が抜けてその場に崩れる。
両足が震えて、動かない。

――あたし、取り返しのつかないことしちゃった。





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