数名の女生徒が、体育科と掲げられている部屋の前で待っていた。
扉が開くと、ナツだと確認した瞬間に、彼の名が飛び交う。

「ドラグニル先生!」
「ナツ先生ー!」
「「「お弁当食べてくださーい!」」」

可愛らしい柄の巾着袋に入れられたお弁当を差し出された。

「うおっ…オレはもう昼飯は食べたから、いらねえよ」
「えーでも、先生は大食いだって聞いてますよー」
「だから、食べてくださーい!」
「いらねえーから…」
「あー、先生待ってー」

教育実習が始まった次の日から、このやり取りが続いている。


――ナツのばか。


廊下を走り抜ける彼を遠目から見ていたルーシィは、背を向けた。
俯き、壁を背凭れにして、息を吐く。

「毎日これじゃ、いーかげんにしてって言いたくなるじゃないのよ!」
「ルーシィの言うとおりだね…」

いつの間にか隣に居たその人は、出席簿を手に持ち、彼女に向かって微笑んでいた。
メガネをかけたスーツ姿の彼は、女生徒の人気ナンバーワンを獲得している。
それは、あの教育実習生が来る前までの話だが――。

「えっ…あ、居たの、ロキ?」
「…ルーシィ、何回言ったらわかるの?…いくら“いとこ”だとはいえ、学校でそれはないだろ?僕は一応教師なんだからね」
「はいはい。それで何の用なの、ロキ?」
「……君は、僕の話を聞いてないね」

呆れた顔を見せる彼は、前髪を掻き上げた。ふぅと息を吐く。
廊下の角で戯れている生徒とその相手、桜色の髪の彼に鋭い瞳を向けて口を開いた。

「あの実習生、なんだか気に入らないね」
「え…?」
「あんな運動神経“だけ”で生きてるような男より、僕みたいな知的な男の方がよっぽど――」
「ナツは、バカじゃないわよ!」

単純にファンを取られて悔しい彼の発言を耳にして、ルーシィはロキの頭を本で叩く。

「…痛いじゃないかルーシィ、ひどいなあ…。あれ、――今、ナツって言わなかった?」
「あ、…や、やだー…ロキって言ったのよ!」

気付かれる、と内心焦りつつも、あははと笑って誤魔化した。

「ふーん、そうか。まあ…そうだよね」

なんとかわかってくれたようで、背を向けて職員室へ戻ろうとした彼は、小首を傾げている。

それなら何で僕は殴られたんだろう、そう呟いて――。







「…危なかった」


――もう、これじゃあたしの身がもたない。

こーなったら、ポジティブにいくしかないわよね!



気持ちを切り替えて、決意した。



そうと決まれば行動あるのみ。
放課後、掃除当番ではないルーシィは、早々と帰り支度を済ませて鞄を肩に掛ける。

「あれ、ルーシィ?もう帰るの?」
「うん、お先に」

廊下ですれ違ったクラスメートに手を振り、駆け出す。


アパート着いたら、今日は久しぶりにナツの好きなものをたくさん作ってあげるんだー。
手料理食べてもらうの、いつぶりだろう。

何にしよう、やっぱりお肉がメインよね!

「ふふふ…」


頬にご飯粒をつけて、「うめえー」って笑う彼の顔を浮かべながらスキップをした。
渡り廊下を通って、玄関に向かう。

よーっし、近道しちゃおうっと。

保健室の前を抜けるコースが近道だ。いつもと違う経路を行くと、

「…ナツ」


――ん?ナツって、…ナツよね?


頭に浮かべていた彼の名が耳に届く。
足を止めた場所が保健室の前だと気付いたのは、数秒後。
聞こえてきた方向へ顔を向けると――
その光景に、ルーシィは息を呑む。


白衣に纏った銀髪の後ろ姿――養護の先生が、誰かに抱きついていた。
カーテンが邪魔をして、相手の人が見えない。
気付かれないように壁の角に移動して身を隠すが、そっと覗き込むと、カーテンが風で揺れた。

「うそ…」



ナツと――

保健のストラウス先生だ。



聞こえてくる言葉に、耳を凝らす。心臓が飛び出そうだった。

「私、ずっとナツのことが好きだったの――」
「リサーナ…」

短い銀髪の髪にやさしく触れているナツの右手。左手は、彼女の腰に添えられている。


――え、どういうこと!?



あたしは、あの後どうやって帰って来たのかわからない。


今日の光景が頭から離れず、ルーシィはベッドに横になっても一向に眠気が訪れなかった。











次の日の朝、

「あ、おはよう!ルーシィ…」
「…おはよ」

鞄を机の横に掛けて椅子に座ったルーシィは、溜め息を吐いていた。
彼女の顔にギョッとした友人が、慌てて席に駆け寄る。

「アンタ何その目の下の隈は!?」
「うん、ちょっと寝不足――」
「大丈夫なの?一限目体育だよ」

体育の言葉に強く反応して、肩を震わす。

「望むところよ…」
「ルーシィ…怖いよ」

青ざめている友人を余所に、急いで着替え始めた。
体操着に腕を通し、テキパキと髪を整える。リボンを外して、動きやすい様に二つに結った。


――昨日一晩考えに考えた結果、あのナツの態度はおかしいと結論が出た。

何か隠してるわ。



「ドラグニル先生ー!」
「おっ!早いなー…まだ一限目のチャイム鳴ってないぞ」

体育倉庫から授業に使うボールを運び出していたナツに近寄ったが――

「う…」

満面の笑顔で迎えてくれた彼に、一歩退く。


――この笑顔にはどうしても勝てない。


「わざと早く来たの、…みんながこないうちに」

ボソッと声にすると、

「そーだ」
「え…」
「なんで昨日オレん家来なかったんだよ、オレ…ずっと待ってたんだぞ」
「…っ」

悲しそうな横顔がルーシィの視界に入った。
心の中で葛藤しつつ、流されちゃダメと顔を振る。キッと眉を上げた。

「それはね!」
「ま、しょうがねーか…おまえも忙しい時あるよな。――けど、今日は来れんだろ?」
「…う、うん――」
「ルーシィ?」

行く!と答えてくれない彼女に、彼が疑問符を浮かべる。
ルーシィは、意を決してナツと視線を合わせた。

「…ナツ!」
「おう、なんだ?」
「…あたしに何か言うことあるでしょ?」
「んあ?」

本音は聞くのが怖くてこの場から離れたいが、彼の言葉を待つ。ごくりと喉が鳴った。
ナツは腕を組み、首を傾げている。

「ルーシィに言うことって、んー…いあ、別にねえけど?」
「あのねえっ!」

予想外の返答に目を丸くした彼女は、チャイムが耳に入らなかったようで、声を張り上げた。
しかし、ルーシィの背後から見える生徒達に気付いたナツは、彼女の腕にポールを乗せる。

「ほい、コレ向こうに運んでくれ」
「……」

切り返しの早い彼は突然そっけない態度を取り、準備体操をするぞー、と集団の中に入って行った。

ルーシィの傍に駆け寄ってきた二人の生徒が、

「あ、ルーシィったら手伝いしてる」
「抜け駆けはよくないよー」

そんなことを言い放つが、本人の耳には全く届いていなかった。


――し、しらばっくれて、ナツの奴。

頭にきた!もう絶対会いになんか行くもんか!






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