昨日の夜はぐっすり眠れたおかげで、今朝は早起きができた。
ルーシィは普段から余裕を持って起床しているが、最近は寝不足気味だった為、「久しぶりに朝焼けが拝めたわ」と窓を開けて背伸びをした。

「よっし、笑顔でがんばれあたし!」

頬を叩いて気合いを入れ直す。そして、身支度に取り掛かった。






一限目の授業が始まる前、忘れ物に気付いたルーシィは、ナツのクラスへと足を運んだ。
窓側の席の彼へ向かう。

「おはよう、ナツ!」
「ルーシィ!?…おはよ」

振り向いたナツと目を合わせた。
ルーシィは笑顔を向けていると、彼は驚いた様子で彼女を見つめている。
二人の髪が風で靡いた。
椅子に座っているナツの前で、ルーシィが両手を合わす。

「国語の教科書忘れちゃって…貸してくれる?」
「…おお、良いぞ。」
「ありがとー」

机の中から出てきたそれを受け取ると、ニコニコ笑うルーシィの顔を見ながらナツがぷっと噴き出した。

「えらくご機嫌だな。何かあんのか?」
「ふふふ、わかっちゃう?」
「わかりやす過ぎんだよ」
「そっかなー、…実はね!今日パパの誕生日で、今夜はすっごいご馳走なのよねー良いでしょ!」

今から楽しみでさー、苦手な授業もがんばれそうよ、とウキウキ顔。

「…おまえらしいな」
「あ、バカにしたでしょー!」
「し、してねえぞ。…単純だなって、思っただけだ」
「もうっそれがバカにしてるって言うのよ!」

頬を膨らませていると、大きな口を開けて笑うナツ。
彼の表情が一段と和らいでいく。

「ま、元気が出て良かったな」
「…っ」

満面の笑顔を見せてくれたナツに、ルーシィはドキッと心音を鳴らす。
同時に両頬を赤らめた。

「そ、そうよね…あたし変だったもんね」
「変なのはいつもだけどな」
「何よそれー!」

怒ったフリをして、背を向ける。ギュッと教科書を持つ手に力を入れた。
軽く俯いたルーシィの口が開く。

「…ごめんね、心配かけて。もう大丈夫だから」
「ん?」

振り向いた彼女が、笑顔で右手を挙げた。

「コレ借りてくわね」
「おう」

教室から出て行くルーシィを見ながら――

「…やっぱ、あいつ…なんか変だよな」

ナツは頬杖をつき、眉を寄せた。





丁度チャイムが鳴った時に、ルーシィは自分の席に着いた。
ナツに借りた教科書を開く。

――ときめかないようにするって、なかなか難しいわね。
ナツの笑顔を見ちゃうとダメかも、しばらくはあんまり会えないな。

シャーペンを手に持ち、息を吐き出した。


無意識の頃ってどんな風にしてたっけ?

無意識だったから、わかるはずないわよね。


教師の指示でページを捲ると、そこには――


あーあ、教科書落描きだらけじゃない。
もう、アイツったら、授業聞いてないわね。

相変わらず恐竜の絵描いてる。

機械恐竜みたい――




『なあルーシィ!あの辺ってさ、あのクレーン。動物みてえな形してるよな』
『うん』
『今、実際に恐竜がいたらあのくらい大きいんだろうなー』
『もー、ナツはすぐ恐竜にもってくー』
『いいだろ!じゃおまえは何に見えるんだ?』
『あれはねー、キリン!』
『ぶっ』
『何で笑うの!?』
『だってよ、ルーシィこそすぐキリンにすんだもんよ』
『だって、あんなに形似てるじゃない!どーみたってキリンよっ!』
『…わーったよ、ゆずってやっから』
『えー、見えるでしょー!ナツは見えないのー?』


――戻れ、何もかも楽しいだけのあの頃へ。







「ふぅ、これで全部よね…買い忘れはないっと!」
「おっ、すげえな、でっかい荷物が歩いてるぞ」
「…え?」

スーパーの買い物袋を右手に持ち、パンパンに詰められている紙袋を抱えて、ルーシィは声がする方へ振り返ると、

「な…ナツ」
「こっち貸してみ、持ってやっから」
「…ありがと」

重いものが入っている紙袋に手を掛けて、軽々と持ち運ぶ。
ナツはそれに目をやると、「今晩オレそっち行きてえなー」という声が耳に届いた。

「浮かれてるだけのことはあるよなー、すっげえ材料じゃん」
「ママ、ギブ&テイクだとか言ってコキ使うのよねー」
「おばちゃんらしいなー」

はははと笑いながら、先に進んでいく彼の背中に向かって言葉を投げかける。

「ナツは、…バイトの帰り?」

隣に並ぼうとして足を速めていたら、パキッと物音が聞こえた。
ナツは動揺したのであろう、落としそうになった袋の中身を心配している。
そんな彼の横顔が見えたことで、彼女は笑みを浮かべた。

「あぶねえ、割れるトコだったぞ。…おまえどこでソレを」
「エルザに聞いたのよ」
「あー、そうか…いあ、まああれだ」

焦る様子を見せていたが、姉の名前が出ると溜め息を漏らす。
口角を上げたルーシィは、ナツを見上げた。

「良いわよ、隠さなくても。誰にも言わないし」
「悪ぃな」
「ううん…そうだ!仕事って、どのくらいしてるの?」
「週2回くらいで、夜なんだ」
「そっか、面白い?」
「おう!色んな国の音楽が聞けるのも良いけど常連のお客がすっげーんだ!世界中を旅してる奴らばかりで…」

――あ、あたしの一番好きな表情だ。
夢中になって話す時のナツってホント、


って、いけない。ドキドキしちゃだめよ、あたし!

「平常心…」
「ん?なんだって?」
「なんでもないわよ」

口を押さえて、苦笑い。
不自然な態度を取ってしまったかなと思いつつも、心臓が鳴り続ける為、少しナツとの距離を開けてそれを保つ。
しかし、そんなことを知る由もない彼はいつの間にか近付いてきていた。
視界に桜色が映る。

「今度ルーシィも店来いよ!」
「え、良いの!?…でも夜だしあたしが行ったら」
「大丈夫だって!その店、カスミの親父さんの店だから危なくねえし」

――カスミ?

「わー、ナツったら!カスミちゃんのこと呼び捨てにしてるんだ!」
「あ?…おまえだってルーシィじゃねえか」
「…あたしのは、……ただの幼馴染だからで」

同じ呼び捨てでも、違いすぎるわよ。

「幼馴染だから…」
「どうしたんだ、ルーシィ?」

ダメだ。なんで?
どうしてこんなことで、ショック受けるのよ。しっかりしなきゃ!


――でも、


「ナツ…ごめん、」
「お…おいっ、ルーシィ!?待てって――」

いきなり駆け出していくルーシィを追いかけて、ナツは彼女の腕を強く掴んだ。
買い物袋が足元に落ちる。じゃがいもなど野菜たちが転がった。
ナツが顔を覗こうとすると、見られたくないのか必死に隠そうとして彼とは逆方向に向いてしまう。

「…ごめんね」
「なんで謝んだよっ」
「…っ」

ガシリと両肩を掴まれて逃げることができないでいると、彼女の抵抗する力が弱まった。
だが、拭いきれないルーシィの涙が点々と服に染みを作っていく。

「…やっぱおまえ変だぞ!この間から、なんで泣くんだ!?」
「ナツ…あたし」

好きだって、気付いちゃったんだ。もう誤魔化すことなんて、できない。
気持ちを戻すなんて、始めから無理だったのよ。

ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「…つらいよ」
「ルーシィ?」
「前のままの方がまだ良かった…。こんなになるなら、気付かなきゃ良かったのに――」

瞼を下ろすとそこから流れる涙が頬に伝わっていく。
すぐに両目を開けると、額に汗を滲ませて眉を下げるナツが映った。
ツリ目の彼と視線を合わせる。ルーシィの唇が震えていた。

「――好き」
「へっ?」
「…あたし、ナツが好き」



あたしは、あの子に嫉妬するんだ。

きれいな気持ちでなんて、いられない。

自分の醜さなんて、認めたくなかった。


だけど、もう。

ナツを好きな気持ちは、消せないよ。


元には――戻らない。









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