オルトレマーレの星ひとつ
▼61
赤く揺らめく死ぬ気の炎を、獄寺クンが持っていた匣へと注ぐのを見届けてから地面に横たわる4人へと視線を向けた。
1人1人腕を持ち上げたりして確認してみるが、幸い大きな怪我や骨折はないようだ。
ハルちゃんの頬についた土埃を手で拭ってやりながら、ギリ、と唇を噛み締める。
(なんの力にもなれないじゃないか…)
己の無力さに腹が立つ。せめて、リングがあれば何か変わったのだろうか。戦いと無関係な子がこんな戦場に巻き込まれることもなかったのだろうか。
「……クローム」
噛み締めた口の端から漏れた言葉は、思ったよりも大きくあたりに響いた。
*
「辻井!」
「獄寺クン、あいつらは?!」
「倒した!十代目の方も終わったみてぇだ!」
「よかった…」
確か向こうには京子ちゃんがいたはずだ。十代目クンと共に来るであろう京子ちゃんも、山本クンやハルちゃんたちと同じく10年前の姿になっているのだろうか。
「十代目もこっちに向かわれてると思うんだが…」
「探してくるよ。京子ちゃんも一緒なんでしょ?いきなりこんな所に来て、パニックになってるかもしれないし」
獄寺クンは山本クンたちお願いね。
そう言い残して、先ほど十代目クンが向かった倉庫へと駆け出した。砂埃で煙たいそこに足を踏み入れ2人を探すと、そう時間の立たないうちに女の子の声が聞こえてきた。
恐らく、京子ちゃんのものだろうそれを辿り歩みを進めれば、やはり中学生くらいの女の子が地面に座り込んでなにかに声をかけているのが見える。
(やっぱり、10年前の姿か…)
十代目クンの姿はないがとりあえず彼女だけでも保護しようと近づけば、京子ちゃんが話しかけている「なにか」が見覚えのある人物であることに気づいた。
気力をすべて使い果たしたのか、それとも怪我でもしているのか、地面に倒れている十代目クン。京子ちゃんはそれに、目に涙を浮かべて声をかけていたのだった。
「…京子ちゃん、だよね?」
そう声をかければ、怯えたような目がこちらを向く。だれ、と震える声で呟いた京子ちゃんは、それでも十代目クンを守ろうとしているのか十代目クンの前に体を移動させた。
「大丈夫、敵じゃない。迎えに来たんだ。
向こうに獄寺クンや山本クンたちがいるからね。安全なところへ一緒に行こう。守るから」
私のことは信じてもらえなくても構わない。それでも、少しでも警戒心を和らげてもらえるように獄寺クンたちの名前を出せば、京子ちゃんはコクリと頷いてくれた。
それに安堵し、2人の近くまで寄ると京子ちゃんに手を差し伸べる。
「立てる?」
「う、うん…あの、あなたは…」
「黒曜中2年、辻井昴。昴でいいよ。」
京子ちゃんが立ったのを確認したあと、十代目クンを背に担いだ。気絶しているから全体重がかかるが、持てない重さではない。
片手で落ちないように体を固定すると、もう片手は京子ちゃんの手を掴んだ。
「すぐ出るからね。足元気をつけて」
「…昴ちゃん、ツナくん、大丈夫かな……?」
助けてくれたの、そう言った京子ちゃんの手は震えていた。
怖かっただろう。いきなり知らない場所に来て、殺されかけて、助けてくれた唯一の知り合いも倒れて。
それでも目に涙を浮かべるだけで泣き崩れないのは、きっとこの子が強い子だからだ。
握る手に力を込める。大丈夫、と言って、笑って見せた。
「死なせない。絶対助ける。」
京子ちゃんの震えが、止まった気がした。