オルトレマーレの星ひとつ
▼43
話があるんだ、といったランチアと目がかち合う。握力が強いのかそこそこの力で掴まれる腕が痛い。
お互い無言なところに、空気の読めない犬が口を出した。
「ランチア、なんの用だぴょん!」
「お前に用があるわけじゃないだろうが。」
ちょっと黙ってろ、と言って千種に目配せをすれば千種が後ろから犬の口を塞ぐ。もがもがと喚きながら手足をばたつかせるが、そちらには構わずランチアの方を向いた。
「…あいつらじゃダメ?」
「ああ。」
「今なら2人セットにするけど」
「遠慮しておく」
「というかそろそろ腕離して。痛い」
「す、すまん…」
若干赤くなった手首をぐるぐると回す。
なんの話か知らないが、私でなければいけない事とかろくな話が思い浮かばない。というか操られていたランチアと私に、2人っきりで話す思い出話もないが。
「あー…まあいいや、行ってくるわ。千種、クローム、ちゃんと私の分の夕飯残しといてね。」
「昴…」
「分かってるって。明るくなるまでには帰るから」
ケータイを見れば丁度12時。どれだけ遅くなっても4時までには帰れるだろう。3人に手を振り並盛中の近くのベンチに腰掛けた。
「で?話って何?」
隣には座らず、ベンチの隣の電柱に背をもたれて立つランチア。北イタリア最強、と謳われるかれらしいといえばらしい。すぐに動けるようにしているその体制は、命のやり取りを何度も経験した人間故の無意識の行動だろうか。
「六道骸の事なんだが。」
「…謝罪なら言わないよ」
「別にいらん。お前と犬と千種が、あいつの事をどれだけ慕っているのか気になってな。」
「はぁ?」
こいつはどれだけお人好しなんだろう。自分を散々操って好きにしてきた相手が慕われてる所なんて、普通なら見たいとは思わないだろうに。
純粋で、素手じゃ人も殺せない。まるで幼子のように
私には、眩しすぎるくらいに真っ直ぐな…
そこまで考えて舌打ちをする。何くだらないこと考えてるんだ。
もう無視して帰ろうかとも思ったが、それをランチアは許さないんだろう。
「…骸くんは、私たちにとっての《導(シルベ)》だよ。
迷わないように前を歩いてくれて、どこに進めばいいのか教えてくれる。他人任せって言われたらそれまでなんだけどね。私たちにはそれが心地いいんだよ。
絶対手を引くようなことはしないし、ついてきてくれ、なんて一言も言わないけど、それは、多分」
私たちが他の道を見つけたら、すぐに送り出せるように
なんて本人に言ったら、「お前達がどこに行こうが僕には関係ありませんよ」なんて言いそうだけど。
「…まあ、理解してもらおうとは思わないけどね。
ランチアにとって、骸くんは憎む存在だし、私はお前にとっての悪役、だろ?」
元々あの人は万人受けするような人間ではない。
私たちが知ってれば、それで。
「…確かにわからんな」
今まで私の話を聞いていたランチアが口を開く。こちらから、目をそらさず。
「俺にとって骸は許すつもりのない相手だ。だが、過ぎたことというのもまた事実。別にお前の骸への忠誠心を否定する木は毛頭ない。
…それに、お前がひとえに悪い奴とは言えないことも、俺はよく知っている。」
そう言って、微笑んだランチア。私が悪い奴ではない…?
(なに、それ…)
「気持ち悪っ…」
咄嗟に出てきた嗚咽感と、甘ったるいものを食べた後のような胸焼けはしかたないと思う。