「誰も居ない。がらくた。終わったふうけい」
人が次々逃げていく様子を眺めながら三月は呟く。
先程薮田を食べてからというもの、まともに会話をしようとする人間が居ない。
瓦礫に挟まった人間も口元に着いた血を見ると悲鳴を上げてまともな会話も成り立たない。
「こまったと思う」
少し考えるそぶりをしてみるが、過去の薮田の物真似でしかなく、脳内に名案が浮かぶことはない。
ぼんやりと突っ立っていると、目に入った青い男に声をかける。
「おまえ、下の道、わかる?」
「あ?」
じろりとこちらを見てくる。
持っている杖は護身用だろうか、なんとなく手馴れた雰囲気がある。
「あ?あ?」
「あんだよお前」
疑問符を浮かべていると、少しあきれた調子で尋ね返してくるが、そういう返答を求めているのではない。
「どう言えばいいかわかんない」
しかし上手い言い回しが思いつくでもなく、三月は微妙な表情を浮かべることしかできない。
「知らんわお前のいいたいことなんぞ。口、血ついてんぞ」
言われて気づいたように拭うと、思っていた以上に口元は血まみれだった。
「あ」
「下はあっちや。行きたいならとっとと行き」
「おまえも来い」
ぐっと腕を引くと、強めの力で反抗された。
わけがわからず相手を見上げると、あきれた様子でこちらを見ている。
「俺は忙しいんやボケ。周りの奴等助けんとあかん」
「なんで?」
「何でもクソもあるか!普通や普通!」
むう、と考え込み、三月は手を離す。
相手の心境がどういったものなのか、普通は助けるものなのか、など考えることは多い。
「俺にはわかんないや」
よろよろと示された方向に歩いていく。
人間になったつもりだったが、まだ人間はよくわからない。
つづく