ディスポーズ
邸宅の装飾過多とも取れる廊下を進むと、見覚えのある扉が見える。
大きなその扉は大きさの割には軽く作られており、古式の弱い腕力でも容易く開くことが出来た。
赤い絨毯に包まれた床を踏みつけると、それまでカツカツと無機質な音を立てていた靴は、微かな音しか立てなくなる。
室内を見渡すと、やはり見慣れた風景であり、古式は自分の所持している情報と同じ環境を見つけ少し安堵した。
努めて未知の情報を収集し続けるようにしていたが、やはり一度でも見たことのある物は安心感がある。
三年分の記憶が存在しない今の古式にとってはより一層、既知の物が有り難みのある物であることが感じられた。
部屋の中には白と赤の特徴的な髪をした白衣の男、緋門解良という医者と、蛍光色に近いサイケデリックな緑色の髪をした宇宙人、ノルニル・ニーアが見える。
ノルニルの方は数回荒神邸で見かけたことがあるが、解良の方は荒神邸で見かける事はよっぽどの事がなければ、という程度だった。
古式は違和感を覚えつつ、少し自分の症状について尋ねてみようと二人に近付いた。
「どうも、緋門解良、ノルニル・ニーア」
ぺこりとお辞儀をし、二人の表情を確認する。
何も間違った事は言っていないはずなのに二人は何か間違いをした者を見るような目で此方を見た。
「嫌ですネ、小生はもう荒神解良ですヨ!」
「間違えるなんて珍しいね〜」
古式は脳が途端に重たい鉛に変わってしまったかのような感覚を覚えた。
緋門解良が荒神雷蔵に何度も婚姻届を渡されていたことは確かに記憶に新しいのだが、緋門解良がそれを受け取り、荒神解良になったというような記憶は全く無い。
足元がぐらぐらとして、粘度の高い液体に足を置いているような感覚の後、古式は再び口を開く。
「すみません。本職、少々不調で」
「もう12時ですしネ、寝過ぎたのでは無いデスカ?」
眠りすぎ、これまでに眠りすぎたことはほとんど無いので、情報が少ないが、もしかしたらそうかもしれない。
夢はほとんど見ないのでわからないが、夢と現実を混同しているのかもしれない。
古式は無理矢理そう自分に言い聞かせ、再び二人の方に向き直った。
「はいじま涅槃、見ませんでした?」
「ああ、はいじまさんなら少し前までここにいましたよっ!」
「感謝します」
そう聞くと、古式は一礼を残し、部屋を後にした。
真っ赤な絨毯が途切れた途端、またカツカツと無機質な足音が響き始める。
はいじまが何処に居るのかはよくわからないが、まだ近くに居ることは間違いない。
古式は軽く早足になりながら、整理のつかない頭を抱えてそう考えた。

続く
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