コンコード
湿気と黴のような臭いに満ちた室内で、はいじま涅槃は大きく息を吸い込み、そして静かに吐き出した。
地下室のようなその部屋は、涅槃が使っている研究室だった。
ほとんど蛍光色のような青や赤の液体が周囲に散らばっているが、涅槃はそれを片付けるつもりは無いように見える。
まるで張り巡らした蜘蛛の糸のように複雑な蒸留装置は、今も無色透明の液体を吸い上げ、温度変化によって状態を変容させていた。
カツンと硬い靴がコンクリートの床を叩く音が響き、部屋の扉が開き、少しやつれた表情の古式が顔を見せた。
涅槃はいつもと少し変わった様子をいぶかしむが、いつもと違ったからといって此方からどうにかすることは出来ないと結論付け、蒸留装置を見上げるに留めた。
「はいじま涅槃」
先ほど電話機で聞いたのとほとんど同じ、抑揚の無い機械的で無機質な声が名を呼ぶ。
「なんですかぁ……古式」
先刻の意味の無い電話とほとんど同じ返答を返す。
古式は軽く頭を抑え、人に質問をするのを嫌う人間特有のやや悔しそうな口調で口を開く。
「本職、三年眠っていたのですか?」
涅槃は意味のわからない質問に面食らった。
何を言っているんだこの女は。
そういった思考が脳内をぐるぐると巡り、涅槃は数日前のことを思い出す。
酷く漠然とした記憶だが、確かにこの極彩色の女は目を覚まして普通に活動していたはずだ。
「……何をいってるんですかぁ……?容量不足でも起こしたんですかねぇ……」
わざとらしくにやにやと笑いながら問い掛ける。
そうだ、昨日もこの女は普通に過ごしていたじゃないか。
「……記憶無いです。変です」
「貴方がおかしいだけではないんですかぁ……連日愚生達に逆らう人々の活動でうるさいですしねぇ……きっと寝不足ですよぉ」
「でも」
何か反論しようとした古式は黙りこむ。
紺色の髪が揺らぎ、赤と黄の奇怪な瞳が此方を向いた時、涅槃は古式が考えることを止めたことをにわかに悟った。
今はそれでいい、余計なことを考える必要は無い。
涅槃は再び蒸留装置を見上げ、そろそろだと言わんばかりに装置の活動を停止させた。


続く
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