崩壊石の娘
師走の最後の日、いわゆる大晦日に山を登る影があった。
特に何を持つでもなく、その影は手ぶらで歩いていた。
高度の高い山を何の装備も無しに登るのは危険だが、その影はそういった危険に晒されていないかのように歩いている。
「やだなぁ。やだなぁ。皆が気持ち悪がる。私凄いのになぁ」
ぶつぶつと呪詛のように呟きながら、山をどんどん、階段でも登るように軽やかに駆ける。
きょろきょろと辺りを見渡しても人は居ない。
あたりはしぃんと静まっている。
いや、遠くから声が聞こえる。
「……104……105……106……」
なにかを数えているらしく、間を開けながら数字が呼ばれる。
「42、4、58」
こっそり、声に合わせてでたらめな数字を話す。
するとたちまち遠くから聞こえていた声はこちらに向かって響いてきた。
「おーい!!てめえ!なんでこんな日に山なんか入ってんか!山神さまの祟りがあっぞー!!」
なんとも信憑性の無い理由で下山を促された。
それを言うならばお前もそうだろう、といった気持ちをぐっと抑え、控えめに声を出す。
「山神さまなんて今時誰も信じないよぉー!」
よぉー!だけがエコーし、また山は静かになる。
鳥が飛び立つ音、木々が風を揺らす音だけになり、急に不安になってきた。
今自分は何と話した?
人の姿は直前に見えたか?
寒さが急に近付いてきて、じわじわと足元から恐怖が忍び寄ってくる。
「おい」
「ひゃっ!」
唐突に後ろから声がし、振り替えると、長身の男が居た。
緑の髪、やや古風な出で立ち、そして特に目にはいるのは耳の辺りから伸びた枝だ。
「な、なに」
「何もねえよー!お前なー!俺にろくでもねーこと言わせたろ!しかも木数えるの邪魔したろ!あ!?」
キーンと脳に響く声で捲し立てられた。
最後の方は何を言っていたのかよくわからなかったが、怒っているらしいことはわかった。
「ろくでもないことってなに?」
「俺山神、お前人間、おわかり?俺神様なの。……お前らが信じないせいでめっきり弱ってるけどな!」
「でも今時神様信じる人なんて居ないよ」
「目の前に居るだろ!」
「そういう雰囲気じゃないじゃん!」
ぐぬぬぬと二人でしばらく言い合った後、はあとため息が出た。
「お?」
「疲れただけ」
そっけなく言うと、男は手を握り締め、ぐっと私の前に差し出した。
「これやる」
手を開いたところにはキラキラ光る石が乗っていた。
「なんで?」
「お前何か知らねえけどへこんでんだろ!俺にはわかっぞ!」
「……別に」
ちょん、と石に触れると石がはぜた。
びっくりした様子の自称山神に、説明してやることにする。
「私ね、触った物を壊す能力なの。だから皆に嫌われちゃうし、いっつも邪魔者扱いなんだ」
砂のように細かくなった石がさらさらと地面に落ちていく。
少し残念そうに見ていると、男はまた石を寄越す。
「いらない。壊れちゃうもの」
つい、と突き返すと、その石もまた砂になった。
「……そっか。残念だ」
しょぼんとした様子で男はうしろを向いてしまった。
とぼとぼと歩きながら、木を数える男の姿は次第に闇の中に消えていく。
足元を見ると、先ほどもらった石がぽつぽつと落ちている。
ためしに拾ってみると、また手の中ではぜた。
なぜだかその砂を置いていけなくて、これ以上壊れないようにしっかり握り締めて山を駆け降りた。
途中、またあの数える声が聞こえた気がした。

おわり。
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