全国大会が終わってから、一週間が経とうとしていた。そして一週間が経ったいま、大阪・四天宝寺中学校では青春学園との合同練習を迎えようとしていた。

「先輩達…まだ来ませんね」
『私たちも早く来すぎたからね。だって、来てるのは金ちゃんと財前君だけだよ?』

 テニスコート入口で話す清花と花菜は、ユニフォームを着こみ準備万端の体勢でやりとりをしていた。マネージャー二人の他に到着しているのは、金太郎・財前・銀の三名だ。それにしても財前にしては普段よりも早い来校に花菜が「明日は嵐ですかね」と冗談を口にして「なんや喧嘩なら買うたるで花菜」と一触即発になったのは数分前のことだ。

「白石達遅いわぁ…」
「ほんなら、校門のとこまで白石達を迎えに行ってき。恐らく青学はんも着く頃やろうから」
『わかりました』
「オサムちゃん、銀さんは?」
「銀さんなら先に出迎えに行ってるで」

 通りで姿が見えないと思ったら、と納得したマネージャー二人の隣で財前は欠伸を噛み殺す。張り切った様子の金太郎が「ほな、行っくで〜!!」『え、』「ちょ、」と二人の腕を掴み、校門までダッシュ(勿論、二人は引き摺られる形だ)する後ろを、小走りに財前が追いかけていく姿を渡邊は満面の笑みで見送った。



 ――校門付近。

『あれ、銀さん…?』
「お、お坊さんの格好…!!!」

 校門に息も絶え絶えに到着した清花が目敏く校門の向こうに立つ先輩の姿を見つければ、普段とは異なったその姿に花菜が必死に笑いを堪える。修行僧の格好に身を包む銀の姿はホンモノさながらよく似合っていた。

『よくお似合いだと思いますが…誰か気づいてくれますかね?』
「いや、そこツッコむとこ違うとるやろ」
「光先輩、ワザとですよ」

 そんな会話を繰り広げること数十分。待ち草臥れたらしい金太郎はその場にしゃがみ込み、膝に頬杖をついて唇を尖らせる。

「青学さんら、遅いなぁ…」
「本当だねぇ」金太郎の横で目を細める花菜の隣、清花は財前が手にするそれに視線を落とす。
『あの、そのストップウォッチは何に使うの?』
「謙也さんの自己ベストを測る為や」
『自己ベスト?』

 どういうこと?何を企んでいるんだ?と首を捻る清花だが、この一年半彼らと過ごして分かったのは「四天宝寺は(いい意味で)わからない」ということだ。つまり、考えてもしゃあないと清花は早々に気にしないことにした。
 すると、金太郎が何かに気づいたように勢いよく立ち上がると声を張り上げて叫ぶ。「おーい!」

「おー!金太郎!」

 金太郎が叫ぶと、相手・青学二年の桃城武も気づいたようだった。金太郎は元気よくぴょんぴょんと跳ねながら彼らに向かって声をかける。

「はよ、入らんか!チャイム鳴ってまうでー!」

 その言葉に、青学は戸惑いを隠せないが金太郎は急かす。それにああ、と嫌でも納得したのはマネージャー二名だ。

「はよう、はよう!」

 彼に急かされて青学一同が走って来る。だが、それを追い越す影が現れた瞬間、清花は無意識に苦笑いを浮かべて呟いた。『あ、来た』

「浪速のスピードスターの方が上やっちゅう話や!」
「忍足っ」
「あ、呼び捨て…」
「危ないっ、前!」大石の叫びも聞かず、前を向かずに走る謙也。
「ふははははっ!おっと!うわぁっ」
「ははっ!コケた、コケた!」

 案の定、校門の小さな看板に躓きずっこけた謙也。足がぴくぴく動いているのは、どう見てもワザとだろう。その姿を一瞥して清花は隣の財前の左手に握られたストップウォッチを覗き見る。

『タイムは?』
「縮まったわ」
「謙也せんぱーい、タイム縮まりましたよー!」
「心配せえへんのかいな…」

 謙也がこけたのを見て噴き出す桃城だが、更に後ろから駆けてくる音が聞こえた。それにいち早く花菜がそちらに目を向ける。

「まだ甘いな」
「あぁ?」
「白石っ」
「蔵先輩っ」

 やってきたのは四天宝寺部長である白石だった。白石はダンッ!と地面を蹴って高く、それこそ五メートル近く飛ぶ。最早、人間業ではない。そして飛びながらいつもの決め台詞を口にした。

「んー、絶頂…!」

 言い終わる前に、校門に顔面強打をした白石はそのまま落下し、足をジタバタさせた。清花もこれには苦笑いだが、花菜と金太郎にはうけたようだ。

「これは、もしかすると…!」
「ワザと、ずっこけてる?」

 菊丸がそういうと、白石と謙也は立ち上がる。

「うちら四天宝寺の正門は、別名つかみの正門とも呼ばれる神聖な場所や」
「普通に歩いて通るなんてありえへん」
「はっはっはっはっ!白石も謙也も張り切り過ぎや。今日の練習、出来んようになってもしらんでぇ?」

 金太郎が言い終わる前に、チャイムが鳴りだした。だが、ある人物達が来ていない事に清花は気づいて首を傾げた。

『あれ…小春さんとユウジさんは?』
「そういえば、まだ来てませんよね」花菜がそういったときだった。
「待て待て〜」
「ん?」
「うっふっふっふ〜!アタシを捕まえたら、ピーしてあげる♪」
「よおし!あはははは、あははははっ」

 ゆっくりと走る、いや普通に歩くよりも遥かに遅い走行で向かってくる小春と一氏に、どうやったらそんなに遅い走りができるんだろうと思う清花だったが、茶番を繰り広げている最中にチャイムが鳴り終わる。そして二人はぴたりと動きを止めた。

「ちょっとぉ、遅刻しちゃったじゃないのよぉ!アンタがもたもたしてるからよ!」
「だ、だってぇ、青春ラブラブコントでいこうって言うたの、小春やないか!」
「そ、それは…!」

 小春はそういって言葉を切る。少し動じているようだ。

「ま、ええわ。遅刻したけど、笑いは独り占め出来たし」
「いや、誰一人笑ってねぇんだけど」
「ぶっ」
「「先輩っ!?」」

 不二が笑ったのに対し、驚く二人とは対照的にたったいまフラれたばかりの一氏の顔は物凄く暗かった。

『部長、監督がコートで待ってますよ』
「ほな、行こうか」
「小春ちゃん先輩、どこからその制服を…?」
「あぁ、これ?姉貴の制服貸してもろたんよ」
「お姉さんいるんですかっ!?」

 リアクションオーバーとさえ言われるほど素直に驚く花菜にきゃらきゃらと四天宝寺一同は笑う。そして青学の生徒達と他愛もない会話を交えながら、テニスコートへと向かう。そしてコートの入口扉の真正面に立つと青学一同は驚く。

「すごい貫禄だね」
「流石全国ベスト4の強豪だな」
「金ちゃん、どないしたん?」白石は校門で出迎えていた時とは打って変わった金太郎の元気の無さに疑問を抱く。
「コシマエおらんなんて聞いてへんかった」

 その言葉に大石が謝る。

「ごめんな、遠山君。越前は今、アメリカにいるんだ」
「しゃあないで、金ちゃん。さ、コートはこの中や」

 中に入ると綺麗に整備された三面のテニスコートが並んであり、門以外は通常至って普通な整備になっている。そのために青学の生徒達はあれ、と少し残念そうな雰囲気を醸し出していた。

「中身は案外普通だな」
「桃っ」
「てへっ」

 そして青学テニス部顧問である竜崎と部長の手塚は、四天宝寺顧問の渡邊の元へ挨拶に足を運ぶ。

「今回は、練習試合のお誘い、ありがとうございます」
「お言葉に甘え、部員全員で押しかけました」
「なんのなんの。今年の全国チャンピオンと合同練習出来たら、うちの一、二年もええ刺激になるわ」
「ほな、監督。さっそく練習始めますか」白石の言葉に、渡邊は苦笑する。
「おいおい、青学はん今着いたとこやで?」
「いえ、大丈夫です。新幹線の中で、たっぷり休養は取ってきました」

 手塚の言葉に青学諸君は頷き、それに応えるように四天宝寺一同も頷き返した。それから簡単なアップを済ませたのち合同練習は始まった。まずはじめは天才ペア、白石・不二VS派動球ペア、河村・石田のダブルス対決となった。

「あれ、銀さん…腕治ってました?」
『大分良くなったとは聞いていたけど、完治したとは…』

 心配するマネージャーをよそに派動球を打って見せた銀に特に支障はないみたいだった。そしてとりあえず一安心だと息をついた二人の視界の隅で揺れ動く影が二つ。

「銀さ〜ん」
「ん?」

 試合中にもかかわらず小春の呼びかけに銀がそちらを向けば何時の間に用意していたのやら…その手には林檎が握られていた。

「「林檎…剥こうか?」」
「…ッ!」
「剥こうか……無効化…。ダジャレってなモンキー!?」
「さみぃな、寒すぎるよ…」

 桃城は顔を引き攣らせるが、小春と一氏は満足そうにガッツポーズを決めていた。「「よっしゃあー!!!」」

「あはははっ!銀、大うけやん!」
「笑ってるんだね…あれ」

 銀が背を向けて肩を震わせているのに対し、率直な意見を述べた不二。白石もこれには呆れ顔だった。

『相変わらず…だね』
「まぁ、これが四天宝寺ですよ♪」

 そして次は、お笑い混合ダブルス。これには両校とも驚いた。『嘘…』「こんなのあり得ていいんですか?」桃城・金色ペアVS一氏・海堂という正しく全国大会で笑いのダブルスを繰り広げたコンビのシャッフルマッチとなり、清花は苦笑いを浮かべる。その戦い方も面白くて、明らかにウケを狙う金色・一氏に対して真面目にテニスをやりたい桃城・海堂の怒声が響き、なにをやっているのやらと呆れる両校生徒であった。
 そして次は、スピードマスター対決。菊丸VS謙也の戦いだ。だがこれも、分身の数が多すぎて、テニスの試合どころか分身数の対決になっており…。

「も〜〜!何の争いですかっ」
『右に同じく…』
「「「オモロー!!!」」」

 小春、一氏、金太郎の三人にはウケているが、その背後の白石と財前はぽかん口を開けて唖然としている。そして…頂上決戦。青学部長の手塚VS四天のスーパールーキー金太郎の対決は見物であった。

「え…金ちゃんっ」
『あー…』

 超ウルトラグレートデリシャス大車輪山嵐を見せる金太郎。それに対し、手塚は百錬自得の極み。だが――。

「金ちゃん」
「ん?」
「大車輪山嵐〜」
「いつもより、多く回っておりまー…あ」
『「あ」』
「あっはっはっ【ゴンッ】!?

 一氏の足を持ってぐるんぐるんと回していた小春がうっかりその手を離してしまい、勢いよく飛んでいった一氏と金太郎が衝突しコートへと落ちる。見兼ねた清花は急いで落ちた二人へと駆け寄る。

『二人共大丈夫ですかっ!?怪我は!?』
「…いたた…」
「いった〜…」

 特に二人は大きな怪我をしたわけでもなく、かすり傷ぐらいなもので済んだ。四天宝寺では試合中のお笑いは日常茶飯事ではあるものの、今回の件は一歩間違えば大怪我に繋がりかねなかった。白石が一応注意の為に口を開いたがそれよりも先にマネージャーである清花の雷が落ちることになった。

『小春さん、ユウジさん。そこに正座してください』
「Σ怖っ」
「清花ちゃんそないに怒らんといて〜!」
…正座しろっつってんのが、分かりませんか?
「「はぃぃいッ」」
「…部長の出る幕がなくなってもうたな、白石」
「せやな。優秀なマネージャーがいてくれて、ほんま助かるわ。これなら来年も安泰やなぁ、財前君?」
「そうですね。俺としても有難いですわ」

 そんなやりとりが行われていることとは知らず、清花はにっこりと笑みを浮かべたまま数十分間二人へと説教を続け、見兼ねた小石川が間に入って場は収められた。
 そして午前中の練習が終了すると昼休憩は体育館を利用し、両校共に親睦を深めるいい機会となった。清花と花菜は越前がいないことでまだ不服そうな金太郎の機嫌取りとして一緒に昼食をとっていた。

『まさかリョーマが渡米していたとはねぇ…でもだいじょうぶだよ、金ちゃん。機会はいつだってあるんだから』
「せやってワイ今回コシマエと試合できる思って楽しみにしてたんやで!!」
「ど、どうどうっ。落ち着いてよ金ちゃん。あ、タコさんウィンナー食べる?」
「食べる!」
『ミートボールは?』
「ええの?いっただっきまーす!!」

 二人のお弁当のおかずを分けてもらったことで機嫌が直ってきた金太郎を、側で見守っていた白石が「ほんまあの二人に任せて正解やわ」と安堵の息をつく。昼食を食べ終えてからは談笑に花を咲かせて賑やかになる体育館で、彼女達もまた同様に他愛無い会話を繰り広げていた。そこへ白石との談話を終えた手塚が近寄ってくることに気づいた清花はそちらへと顔を向ける。

『どうしたの、国光?』
「叔父さんと叔母さんの様子を聞いて来いと母に頼まれたんだ」
『ああ、二人共変わりないよ。父さんはいまお爺様と一緒に仕事でヨーロッパに行っているし、母さんは体調も良くて手芸教室を開いて楽しんでいるよ。花菜の両親も変わりないよね?』
「うちは相変わらず熱くて困ってます〜」
「そうか…」

 その話を密かに聞き耳を立てていた四天宝寺一同が不思議に思い、耐えきれなくなった白石が声をかけた。

「あの…話しているところ悪いんやけど…三人はどんな関係なん?」
「先輩呼び捨てにしてタメなんてあり得へんしなぁ」謙也の一言に、ああと清花は笑う。
『国光は母方のイトコなんです』
「「「イトコっ!!!??」」」
「そうなんですよぉ。お母さん達が姉妹なんです。国光君ちが長女で、清花先輩んちが次女、うちが四女で」
「あぁ。小学生の頃はよく遊んでいた」手塚も小さく頷く。
「なるほどな…イトコやったんかー」
「まぁ、そういわれれば落ちついているとことか似てるかもしれへんなぁ」
『そうですかね?』

 そんなことを話していると、彼女の携帯電話から着信音が鳴る。清花は携帯を開いて着信相手を確認すると首を傾げ、『失礼します』と断ってから少し離れたところに移動する。そして数分も経たないうちに『財前君、謙也さん』と名指しすれば財前は睨めっこしていた端末の画面から顔を上げ、謙也は振り向く。

「なんや」
「どした?」
『文化祭でやる曲の楽譜、渡されました?』
「貰ってへん」
「俺もや」
『了解、ありがとうございます。ごめん、まだ貰ってなくて―――』

 確認を終えてすぐに通話終了となった清花は財前と謙也、それから白石へと声をかけた。

『部長、すいません。一端軽音部に楽譜取りに行ってきます。謙也先輩と財前君の分も取ってきますね』
「まだ時間あるから急がんでええからな」
「おおきに。曲、決まったん?」
『レシュの曲です。じゃ、行ってきます』

 いってらっしゃーい、と見送る四天宝寺の面々とは違い“軽音部”という単語に引っ掛かった青学の面々は気になるいったように桃城が口火を切った。

「なあなあ、謙也さん。文化祭で何か演奏するんすか?」
「あと軽音部ってどういうことだい?」
「二人共部活動を掛け持ちしているってこと?」
「四天宝寺は文武両道をモットーとしている。せやから、全校生徒に運動部と文化部の掛け持ちが義務付けられているんや」
「まあ片方は趣味みたいなものやな」
「あの三人は軽音部、銀さんは仏閣愛好会、白石君は新聞部みたいに、それぞれ掛け持ちしているんやで。ちなみにうちとユウ君はお笑い研究部〜」
「今年もナンバーワン目指して張り切ってるでぇ!」
「へぇ、四天宝寺はみんな努力家なんだね」

 わいわいとそれぞれの知らない一面を知るいい機会になった、と午後・それから明日以降の練習にも張り切って挑む気になった有意義な時間を過ごすことができた両校生徒達であった。


[ Postscript! ]
手塚とは実はイトコ設定設けていました。
手塚家、三輪家、三井家、藤原家にそれぞれ嫁いだ四姉妹――それが各々の母親です。

それから公式ファンブックにも記載があったので掛け持ち設定を。
白石は公式で新聞部兼任していますが、他はわかり兼ねたので捏造しましたが…。
謙也はドラムが得意、財前は趣味等で音楽関係の記載があったので軽音部に。
主人公を加えた三人でバンド組んでほしいという個人的な要望です。
財前がボーカル兼ギター、主人公ベース、謙也がドラムとか…かなあ。

ナニワの王子様 前編

Chapter.X Operetta




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