――最近、妙な視線を感じるんです。依頼の冒頭は、こう始まった。

 内容は実に明解だった。四月に入ってから異様に人の視線が気になるようになり、やがて頻繁に感じるようになって段々気持ち悪さを増した依頼主は警察へと相談を持ち掛けたが取り合ってもらえなかったという。途方にくれた依頼主はとある筋から情報を得て万屋へと相談を持ち掛け、その万屋の計らいで話が清花へと回ってきたというワケだ。

『…情報が少ないのは、百聞は一見に如かずってことかな』

 清花の向かう先はお隣の神奈川だ。何度か足を運んだことのある土地に、こちらに引っ越してきてから出向くのは初である。
 清花は切符を購入して改札を通り過ぎてすぐに「あれ、三輪さん?」と声をかけられ、先ほど聞いたばかりの声だと振り向いた。そこには予想通り、黄瀬が不思議そうに首を傾げて立っていた。『黄瀬君、』

「さっきぶりっスね。どこか行く感じですか?」

 爽やかな笑みを浮かべて清花の隣にやってきた黄瀬は彼女を見下ろす。身長差は実に四十ほどはあるだろう。彼女は一度顔を上げて『はい、所用で神奈川まで』と答えると、すぐに線路の方へと顔を戻した。

「へえ、大変スね〜」

『黄瀬君は?』

「俺はいまから学校に戻るトコっスよ。学校、神奈川だから」

『わざわざ通ってるんだ。大変だね』

「好きで選んだんだから、大変もなにもないんスけど」

『それもそうだね、ごめん』

 清花は小さく笑って電車まだかなーなどと思っていれば、黄瀬がぽつりと呟いた。「三輪さんて、聞いていたのと、全然雰囲気が違う」その言葉に彼女は目を眇めて肩を落とした。

『花菜の言うことを鵜呑みにしないでほしいかなー。あの子の感性独特だもの』

「確かに。花菜ちゃんてのんびり屋さんなのに慌ただしいスからね。見てて心配になる」

『ふふっ。そこがあの子の良いとこでもあるんだけどね』

「言えてる」

 つられて笑った黄瀬と一緒に到着した電車へと乗り込み、ちょうどよく空いていた席へと二人並んで腰かける。清花は鞄から小説を取り出そうとして、先ほどから感じる視線にそろりと目線をあげれば、ばっちりと黄瀬と視線が交わった。彼女はその瞳が珍しいものを見るように自分に向けられていることに気づき、鞄の中を探る手を止めた。

『…どうかした?』

「あ、いや……三輪さんて、変わってるなーと思っただけスよ」

『え?あー…まあ、よく言われるけど…』

 素直に「変わっている」と口にした黄瀬を清花は悪いと思わない。自分自身幼い頃から「変わっている」とよく言われていたので、慣れっこだし気にしていない。だが黄瀬はそれをどうとったのか、慌てて「ああ、ごめんごめん」と軽い謝罪を口にした。

「悪い意味じゃなくて、その…、」

『んー………気づいてたかわかんないけど、』

「…なにがスか?」

『わたしが、黄瀬君と視線を合わせようとしないこと』

「!」

 言われてみれば、確かに目が合ったのなんて三度くらいだ。意図的に合わせようとしていなかったのか、と黄瀬は清花の顔をまじまじと見れば、彼女は微苦笑を浮かべてそして彼を真っ直ぐに捉えた。『だって黄瀬君、女の人苦手でしょう?』どきり。と黄瀬の心臓が鼓動を打つ。

『わたしに話しかけたとき、特に自分から女の子に話しかけるのを躊躇った節が見受けられたから。だからファンの子達への接し方には感心する』

「…三輪さん、何者?」

『人間だよ。ちょっと洞察力が優れているだけの』

「流石花菜ちゃんが自慢する人だ、侮れないスね」

 そういって笑った黄瀬に、それが本心からの表情だと気づいた清花は静かに微笑む。
それから約一時間の黄瀬との交流が始まり、色んな話をした。バスケの話や花菜の話、清花の目的地が黄瀬の通う海常高校だった等、話題は意外にも尽きず車内アナウンスで降車駅名が告げられるまで談笑していた。
 駅を降りて黄瀬に誘導されるがままに到着した海常高校は、とんでもなく広い敷地を有していた。しかも割と近くに立海大附属があり、帰りに顔を出すのも悪くないと清花は思案すれば、黄瀬に「三輪さん?」と声を掛けられる。

「そんでどこに用事があるんスか?うち広いから案内しますよ」

『あー、場所じゃなくて人なんだ。武内源太さんて人なんだけど』

「えっ!?それうちの監督っスよ!」

『あっ、そうなの?…あぁ、通りで』

「なにが通りでなんスか?つか監督とどういう関係!?」

『なんでもないよ、それにすぐ分かるから』

 興味津々とばかりに目を向けてくる黄瀬に行こうと促す。食い下がり関係を尋ねてくる彼を宥めながら着いたバスケ部の体育館では練習が行われていた。清花はスリッパを拝借して監督の元へ案内してくれる黄瀬の後ろへ続き、彼が「監督!」と恰幅の良い男性を呼んだ。
 武内は黄瀬を捉えた瞬間「黄瀬ぇ!!」と怒鳴り声をあげて、眉をこれでもかと吊り上げる。

「オマエはいったいどこをほっつき歩いてたんだ!!早く着替えてこい!!」

「いや、ちょっと挨拶に行ってただけっスよ……それより監督!監督にお客さんスよ!!」

「客?」

 訝しがる声にくすりと笑い、清花は壁となっていた黄瀬の後ろから姿を現した。そして一度視線を交えると礼儀正しく頭を下げた。

『お初に御目文字仕ります。祓い屋より派遣されました、三輪清花と申します…。依頼主の武内源太様、でお間違いないでしょうか?』

「祓い屋の……っ、こんな子供を派遣だと?ふざけているのか…!」

 侮辱だと言わんばかりに顔を歪める武内に、清花はまあ妥当だろうとそっと息をついて表情を引き締めた。

『………、依頼内容は把握しています。それに原因ももう、わかりましたから』

「なっ…」

 そういうと清花はくるりと振り返り、背後に控えていた黄瀬と対面する。黄瀬は二人の話の内容を聞いていたが、さっぱりだというように怪訝そうな顔をしている。

『黄瀬君。“すがわらしずえ”さんて方に、聞き覚えはある?いや、知っているよね?』

 確認するようにそう問えば、「えっ」と黄瀬の表情が驚きに変わる。

「菅原静枝さんは、最近オレの撮影に携わっているアシスタントさんスけど……、三輪さんなんで知って、」

『そうですね…話の続きは、彼が着替えてきてからにしましょうか』

「な、なんだというんだ…黄瀬とその女がどう関わっているというんだ!」

『…菅原静枝さんは、この事件の原因ですよ』

「え…、っはあ!?ちょ、三輪さん、ワケわかんねースんけど!!」

 前と後ろから板挟みで責め立てるように詰め寄られる清花が、どうしたもんかと呆れて口を開こうとすれば、それより早くドゴッ!という音と共に黄瀬が吹っ飛んだ。何事、と思えば「テメーどこ行ってやがった黄瀬ェ!!」と華麗な飛び蹴りを披露した少年が、怒り心頭で黄瀬の襟首を掴んで揺さぶっていた。

「今日は撮影ねぇっつってたろーが!サボりかテメー!!」

「かっ、笠松センパイ…痛いっス!!」

 一瞬呆気にとられる清花だが、瞬間、ぞわりと感じとれた気配に反応する。
 黄瀬に据えたままの視線――その彼の背後に佇む女が、じとりと射殺しそうな目で笠松を睨んでいた。

(やっと、姿を現したか……)

 黄瀬に憑いている気配は、彼に会った瞬間に清花は気づいていた。だが念は感じられても、姿だけはどうしても捉えることができずにいた。それが海常に近づいた途端、異様に色濃くなった気配と校内に足を踏み入れた瞬間の黄瀬との会話を言葉を思い出す。

 ――あー、場所じゃなくて人なんだ。武内源太さんて人なんだけど。
 ――えっ!?それうちの監督っスよ!
 ――あっ、そうなの?…あぁ、通りで、

 その視線に晒されるわけだ。


海常騒動 T

Chapter.2 Impromptu




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