彼についてどう思っていると聞かれれば、二文字で答えることが出来る。嫌い、ただそれだけ。
 しかし問うた本人は理解できずに、純粋に理由を尋ねるだろう。好きになるにせよ嫌いになるにせよ、何かしらの理由があるものだ。なんとなく、という答えでさえ、理由にはなる。

 まず私は、ライナー・ブラウンの顔からして好かなかった。自信あふれる顔は、いつ見ても神経を逆なでするような光を持っている気がして、逆立ちしたって彼のようになれない私にとっては天敵というべき顔だった。イケメンでもないし。
 ではライナー・ブラウンの性格は好意が持てるのかというと、答えはノーだ。とても受け入れられない性格をしている。弱きを助け正論をはき、率先してみなを引っ張る姿は、反吐が出るほど嫌いな偽善者とそっくりだった。要するに私は彼の外見も中身も大嫌いなのだ。

 群れることが好きな集団のなかに放り込まれて、強制的に勉強させられる社会の仕組みに従うだけでも忌々しいのに、さらに私の気持ちを憂鬱にさせるのは、隣のライナー・ブラウンの存在だった。目に入るのさえ煩わしい人物が、1メートルも離れていないところで優等生ぶっているなんて、なんて悲劇。シェイクスピアがいたら、題材にしてくれと願い出ていただろう。
 ライナー・ブラウンから離れていられるのは、移動教室や体育、昼休みのあいだだけだ。席替えは当分ない。一番後ろの窓際から二番目という素晴らしい席なのに、窓際にはあいつが陣取っている。昼休みのチャイムがなると共に、かばんを持って教室から出た。ごはんを食べる場所はいつも決まっている。

 漫画やアニメのように、屋上が解放されている学校は少ない。この学校も例に漏れず、期待に胸をふくらませて入ってきた新入生たちの希望を刈り取った。よって、短い昼休みにわざわざ階段をのぼって屋上一歩手前まで来る生徒はいない。私を除いては。
 薄暗く狭い階段の踊り場に腰かけ、壁に背を預ける。思わずでた細長いため息に、うっかり力を抜きすぎて眠りたくなってしまったが、その前におなかが空腹を訴える。のろのろとかばんをあさっていると、うるさい話し声が聞こえてきた。昼休みはどこもうるさく気にすることはないが、問題はその声が近付いてきているということだ。考えることすらめんどうくさく放置している私の目に映ったのは、ライナー・ブラウンとゆかいな仲間たちだった。



「名前じゃねえか。どうしたんだよこんなところで」
「その台詞そっくりそのまま返すわ、コニー・スプリンガー」
「ちょうどいい、お前も共犯だぜ」



 コニーは自慢そうに指先でつまんだ鍵を見せてきた。ここから先、鍵がかかっている場所はひとつしかない。そうまでして屋上に行きたいのかと呆れると、それを敏感に感じ取ったコニーが声を荒げた。



「屋上っつったら青春の代表みたいなとこだろ! 名前だってここにいるじゃねえか」
「誰も来ないからここにいるだけ。行きたいならどうぞご勝手に」



 我関せずという態度でお弁当を取り出して視線をはずす。エレンがまた少しずれたことを言ったが、気にしないことにした。返答しだいでは、後ろにいるミカサが何かしてくるだろう。その前にアルミンが止めてくれることを願うけれど。
 お弁当箱を開けようとする視界を、筋肉のついた腕が支配した。その腕は私の手首を掴み、お弁当を奪い、無理やり立たせる。こんなことをしそうなのはお弁当につられたサシャくらいなものだが、目の前に立つ人物は違った。ライナー・ブラウン。



「一緒に行くぞ」
「……今まで二文字ですんでたけど、これからは三文字ね」
「いいから」



 嫌いから大嫌いに昇格した相手は、珍しく強引に私の腕を引っ張る。いつの間にか解放されていた屋上への道は、暗い場所に慣れた私にとっては眩しくて光り輝いていて、とても目を開けていられるものではなかった。

 騒ぎつつあらかた屋上を見て回った連中は、円陣のように屋上に座った。隣に座ったライナー・ブラウンから離れたかったが、反対に座ったベルトルトによって阻止される。申し訳なさそうな顔をするくらいなら、止めてほしいものだ。



「ベルトルト・フーバー。あなた、私になにか恨みでもあるの」
「ないよ。ごめん、でももう少しだけ」
「アニはどうしたの」
「アニはうるさいのが嫌いだから」
「私もなんだけど。帰っても?」
「駄目だ」



 答えたのはベルトルトではなく、ライナー・ブラウンだった。教室へ戻ったら、辞書で大嫌い以上の言葉を探そうと決意しながら、思いきり顔を背ける。お弁当を食べれば文句を言わないだろうと、さっさと食べ始めることにした。サシャが鋭くお弁当チェックをしてきたのは無視する。



「名前」
「……」
「名前」
「……うるさいんだけど」
「悪かった。強引だったな」
「あら、今頃気づくなんてさすが優等生ね」



 嫌味も皮肉も聞き流して、ライナーはもう一度謝った。場の空気なんて知るもんですか。私を無理やり引っ張ってきたライナーに文句を言うべきね。
 黙々と食料を咀嚼することに集中していると、となりの巨体がすこし近付いてくる。さっきの嫌味をもう忘れたのかと顔をあげると、思った以上に近くに顔があった。



「……あなた、もしかして私に嫌われてるの知らないの?」
「知っている」



 ライナーは静かに答え、手を伸ばしてきた。一瞬殴られるのかと思ったが、大きな手はゆっくりと近付いてくるだけだった。目を丸くする私の口元に指がふれて、離れる。



「米がついていた」



 その瞬間なぜか頭に血がのぼって、気付いたときには思いきり頬を平手打ちしていた。加減をしなかった右手がじんじんと痛んだが、頬にくっきりと紅葉を浮かび上がらせる彼ほどの痛みではないだろう。汚されたという思いがふつふつと湧き上がってきて、怒りで震える手でお弁当をまとめて立ち上がる。



「だいっきらい! いまの衝撃で頭が悪くなって大学受験に失敗して就職も出来ずにのたれ死ねばいいんだわ! 変態!」
「……なかなかリアルな話だな」



 衝撃から立ち直ったライナーの言葉にまた血がのぼって、ぐっと手を握り締める。足早に屋上を出るついでに、腹いせにドアを思いきり閉めてやってから、階段を駆け下りた。
 教室に行ったらまず辞書をひいてやる。絶対に。



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