この世界では、料理というのは失われた家庭的な女の象徴らしい。私の時代でも料理が出来る女の人はポイントが高かったけど、ここではもはや絶滅危惧種並みの扱いだ。料理が出来ると言うとたいてい驚かれ、いろいろと聞かれ、自分の頭のなかで勝手に想像している理想の女性像に私を当てはめて見る。たぶん私のすっぴんと親父のようにビールを飲む姿を見ていないから、そんな想像が出来るのだと思う。

もう何度目かもわからない料理の話に心のなかでため息をつきながら、三係の何とかさんとの会話を終えた。誰だ、私が料理できるとか言いふらしているやつは。ちくわの磯辺揚げですら褒め称えられるこの世界にいると、感覚が麻痺しそうだ。せっかくのお昼休みの大半が神経を削る会話で埋められると、休んだ気がしない。
ふらふらと一係の部屋に戻って椅子に座ると、珍しく後ろから征陸さんが抱きついてきた。



「ま、征陸さん!」
「何だ?」
「何だじゃなくて!部屋には誰もいないです、けど……廊下の壁はガラスですし」
「そうだなぁ」



後ろから椅子ごと抱え込むようにして離さない征陸さんは、どこか子供のようだ。そういえば、男の人はいつまでたっても子供だと、燿子が言っていた気がする。
言葉だけのささやかな抵抗をやめて、前に回されている征陸さんの手に手を重ねる。どうしたんですか、と出来るだけ優しく聞くと、顔が近付いてきて斜め上で止まった。距離が近くて心臓が破裂しそうなのは、どうやら私だけのようだ。



「まあひとつだけ言わせてもらうと、だ」
「はい」
「嬢ちゃんに触れていいのは俺だけだというこった」
「あ、あの……何の話ですか?」



うるさい心臓と赤い顔でなんとか尋ねるが、征陸さんは何も言わずに笑うばかり。お腹に回された腕はそのままだし、背中には征陸さんの胸がふれている。なんとか息を吸い込もうとするが、胸に何かがつかえているようでうまく酸素が喉を通らない。



「嬢ちゃんの赤いうなじを見るのは俺だけの特権だな」
「征陸さんのセクハラ……」
「久しぶりにその単語を聞いたな」
「……でも好きです」
「そいつは良かった。俺も好きだからなぁ」



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