「この人と、この人。今のところ一番危ないと思うのはこの人です」



下からスクロールして流れてくる人の顔を見ながら、自分の勘を頼りに指差していく。最初はゆるんでいた部屋の空気も今は引き締まっていて、みんな食い入るように私の指先を見つめていた。
ようやくすべてが終わったあと、狡噛さんが私の指差した顔写真を集めて空間に浮かべた。



「どいつも殺人犯、犯罪係数は300オーバー。この二つの条件が揃うとわかるのか」
「勘などくだらん。潜在犯の言う証拠のない犯人当てなんて信用できるものか」



宜野座さんの冷たい声が響く。すごいじゃん、と縢が気にせず呑気に言うあたり、宜野座さんがこういう事を言うのは日常茶飯事なのだろう。くだらないと吐き捨てる宜野座さんに、勝手に口が動いた。



「勘だからこそ当てにするんじゃない。第六感や危機感をなくした動物は死ぬしかない」
「なんだと?」
「というのは持論でして。私の勘なんて当てにならないだろうし、まぐれとでも思っておけばいんじゃないですか」



にっこり笑って言ってやれば、宜野座さんの顔が思いきりしかめられた。こんなところまで友人とそっくりで、思わず笑いそうになるのを必死に抑える。いま笑えば、失礼どころの話じゃないだろう。



「苗字さん、すごいですね!過去にはこんな力を持った人がいるんですか?」
「残念だけど、そんな人に会ったことはないの。私も隠していたから、他にいたかもしれないけど……ごめんなさいね、常守さん」
「いえ」



慌てたように手を振る常守さんに笑いかけて、次の仕事をもらおうと狡噛さんを見る。まだ私の指差した犯人たちを見ていた狡噛さんは、それから目を離さないまま写真をつついた。顔は真面目なのに、声はからかうような場を和ませるような含みを持っている。



「こんな能力があるから、タイムスリップでもしたのかもしれないな」
「まさか……ここに来た理由はわかっています。たぶん、罰が当たったんです」
「罰?」



聞き逃せない単語だというように狡噛さんの眉が片方あがるのを見て、しまったと口を押さえる。明らかにしゃべりすぎた。
次の仕事を催促しようとする前に、話を聞いていたらしい常守さんが話に入ってきた。必死に話を逸らそうとするがうまくいかず、若さにぐいぐいと押し切られていく。



「苗字さんが帰る手がかりになるかもしれません!話してください!」
「でも長くなるし……みんな仕事中ですし」
「仕事しながら聞きますから!」



安心してください!と胸を張る常守さんは可愛らしいが、そういうことじゃない。そういうことじゃないんだ。
それでも何とかして断ろうとする私を見て、狡噛さんが唇の端をすこしだけ上げる。笑ったとも取れる表情なのに、口からは私を追い詰める決定打が繰り出された。



「次の仕事はそれだな。過去から来た人物には興味がある」
「……狡噛さん、よく意地悪だって言われません?」
「残念だが、言われたことはないな」



素知らぬ顔で煙草の煙を吐き出しながら、無言で話すよう圧迫してくる眼力に負けて、溜め込んでいた息を吐き出す。長いですよ、と最後の悪あがきをしながら椅子に座った。
禿げかけた頭がちらつく。懐かしい世界を思い出すのに不要な人物ではあるが、この話の主役なので思い出さないわけにもいかないだろう。



「私の働いていた会社の上司に、使えない禿げかけた男がいたんです。親のコネで入ったとかで、仕事は出来なくて」
「コネ?」



不思議そうに聞き返してきた縢を見つめ返す。まさかコネという単語を知らないとは。なんとか分かりやすいように話していると、驚きの事実が明らかになった。
この時代では自分の向いている職業がわかり、その業種の中から企業を選んで入社するらしい。なんと……では私の時代の就活というものはすでにないのか。驚く私に、一番年上の……確か、征陸さん。征陸さんが懐かしそうに目を細めながら頷いた。



「俺も嬢ちゃんと同じ就活をして入社したもんだ。昔の日本は新卒社会でな、就職活動に失敗して自殺する奴もいた」
「あの……征陸さん、私の話わかるんですか?」
「ああ。嬢ちゃんのいた時代の、10年ほど後に産まれたんだ。笑点だとかセーラームーンだとか、久々にその単語を聞いたよ」



あたたかみのある顔には生きた年数分のしわが刻まれ、顔には傷がある。左手が義手なのに気付き、なんとなく実感がわいてきた。私は、怪我をするのが当たり前の職場にいるんだ。
征陸さんに話の続きを促され口を開く。気付かないうちに渇いていた喉に空気が通り、声帯が震えた。



「その男は、セクハラがひどかったんです。おとなしい女の子のお尻さわったりして」
「気持ち悪いわね」
「六合塚さんもそう思いますよね!とにかく気持ち悪かったんです!でもその女の子は、自分が入りたくて入った会社だから騒ぎは起こしたくないって、ずっと耐えてたんです。そう言われたら下手に騒げなくて……。それである日、油断しきっていた私の尻に魔の手が伸びたんです」
「触られたんですか!?」
「触られました」



酷い!と憤慨する常守さんをなんとか宥め、続きを舌のうえに乗せる。小さな会社、でも私にとっては生活の大部分を占める場所。突然いなくなったから、きっと騒ぎになっているだろう。



「尻を触られて驚くより先に手が出てしまって……思いきりひっぱたいたんです。そしたらカツラがずれて」
「ぶふっ!」
「上司は真っ赤になって怒って、そのまま早退しました。それから私に対する態度や嫌がらせが始まって、すごくストレスが溜まったんです。だからこの世界に来たとき、犯罪係数が高かったんだと思います」
「それがこの時代に来た原因か?」
「いえ……腹いせに、上司の育毛剤に脱毛剤を混ぜたんです。その後にいきなり知らない街にいたので……。いくら憎い上司でもその頭に生えている髪の毛に罪はないのに。きっとそれで罰が当たったんです」
「ぶふぉっ!」



耐え切れないというように縢が吹き出す。なんでそこで笑うんだ。これでも悩んで懺悔しまくったというのに、随分と失礼なガキじゃないか。
怒ろうかと思ったが、征陸さんの肩まで震えているのを見て動きが止まる。……六合塚さんも狡噛さんも、何だか笑ってない?



「そりゃ、たいした色相の濁り方だな」
「狡噛さん、冗談が下手だって言われたことありますよね?」
「残念だが、ないな」


TOP


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -