お昼休み、気を遣ってくれたらしい常守さんにお昼ご飯に誘われた。それに頷いて立ち上がると、縢も一緒に行くと言ってゲーム機を置いた。お先に失礼します、と頭を下げて部屋を出る。目の前に無機質な灰色の廊下が広がった。



「食堂はこっちです。苗字さん、お金持ってますか?」
「え?ああ、振り込んであるとは言われたんだけど……」



手首の機械は未だに使い方がよくわからない。見当違いなところをいじっていると、常守さんが丁寧に教えてくれた。言われるがままにタッチして進んでいくと、お金の残高と思われる数字が現れた。30万か、そこそこ入っているじゃないの。



「食堂はここですよ。よかったですね、お金振り込んでもらってて」
「本当に……一文無しだったら恨むしかないわ」



食堂で定食を頼んで、お金の払い方を教えてもらう。どうやらこの時代はウェブマネーが基本らしい。湯気のでている定食を持って椅子に座って、いただきますと言って一口。



「……まずい……」
「え?そうですか?」
「これ私の知ってる鯖の味噌煮と違う……!いや見た目は一緒だけど!味が!やっすい場末の客入ってないような店で適当に作ったような味……!」



がくりと項垂れるが、お腹は正当な主張だと言わんばかりにぐうぐうと鳴っている。常守さんは普通にうどんを食べているし、もしかしたら私が外れなものを頼んだだけかもしれない。そうに決まっている。
落ち込む私と定食を交互に見て、縢が箸を伸ばしてきた。



「一口もらっていい?」
「どうぞどうぞ……縢のは普通?」
「普通だけど……っつーか順応するの早いね。俺だけ呼び捨てだし」
「ああ、いい人ってのはすぐにわかるから……嫌だった?」
「べっつに。好きにしたらいいんじゃない?」



縢は鯖の味噌煮をゆっくりと舌の上で味わい、ごくりと飲み込んだ。ふむ、という探るような声の次に出てきたのは、私の期待とは違う言葉だった。



「普通。いつもこんな味だけど」
「嘘だ……!」



そのあと縢のも常守さんのも味見させてもらったけど、どれもまずかった。言っちゃあ悪いが、まずかった。これだと自分で適当に作ったほうがまだおいしい。
ご飯は私の最大の楽しみの一つだ。貯金とたまっていく通帳を見ること、そしてご飯が私の三大愉悦なのに!その一角が崩れてしまったなんて、信じられない。



「ううっ……まずい……」
「そんな泣きながら食べなくても」
「げ、元気出してください苗字さん!そうだ、苗字さんも部屋があるんですよね?どんなところですか?」
「まだ行ったことがなくて……今日初めていくんだけど、必要最低限のものは揃えてあるって」



手首の機械が鍵代わりにもなっていて、かざせば入れると言われた。部屋の番号を見るが、行ったこともない場所ではどこにあるのかすらわからない。縢が前から覗き込んできて、ごくりと口の中の塊を飲み込んでから口を開いた。



「俺の部屋の近くじゃん。メシ食べたあと行ってみる?」
「いいの?ありがとう!」



こうなったら、これを早く食べてしまわなければならない。進まなかった箸を無理やり動かして、白米と一緒に口に押し込む。米はそこそこ食べられることが、この定食の唯一の救いだと言えるだろう。いきなり元気になった私を見て、常守さんも慌ててうどんを啜りはじめる。急かしてごめん。



・・・



「これが私の部屋かあ……!って何もないじゃん!」



三人で入った部屋には、何も置いていなかった。備え付けだと思われるクッキングマシンというものとキッチン、トイレとバスルーム。それだけしかなかった。窓は当然のようになく、常に明かりがないと暗くて何も見えない。



「必要最低限ってそういうことか!おのれ許すまじ……!」
「ちょっと落ち着きなって。係数あがるよ?」
「あがったっていいじゃない!そりゃ床があれば寝られるけどさ!」



ぎりぎりと歯を噛み締めて、部屋のことを教えてくれた人を思い浮かべる。謀ったな……!今度会ったら文句言ってやるんだから!両手を握り締めながら何もない空間を睨みつけ、部屋を出る。面白そうに笑う縢も許さん。



「俺のときはもうちょっと色々あったけどな」
「手抜きかしら」
「さあ。執行官になるって決めてから、すこし間が空いたし。その間に準備してたんじゃねえの」
「え?刑事になるって自分で決められるの?私、刑事になることを勝手に決められて放り出されたんだけど」
「へえ?今じゃそうなのかもね」
「文句言っても仕方ない……常守さん、ここらへんで買い物出来るところある?」
「あ、執行官は監視官が一緒じゃないと外出できないんです。今日は予定ないですし、一緒に買いに行きましょうか?」
「え、そんな決まりあるんだ!ありがとう、助かる!」



窓のない部屋、行きたいところへ自由に行けもしない、首輪のついた生活。それでもあの空間で延々と質問に答えるだけの生活よりはマシだ。
仕事部屋について中に入り、椅子に座る。休憩時間は好きに過ごしていいらしい。とりあえず買うものをメモしていると、縢がゲーム機を起動させながら椅子を一回転させた。



「苗字ちゃんも災難じゃん。でもこの時代に来てよかったのかもよ?少なくとも自分に合った職につけるんだし」
「そんなのいらないよ。私の時代に仕事の適性を計測することが出来ても、使わなかったと思うし」
「何で?」
「だって、やりたいことと向いてることって違うじゃない」
「……」
「まあ、やりたいことがなかったから入社できたところで働いてたんだけどさ。やりたいことがあったら、計測なんかしないで突き進むよ」
「……何で?」
「成功してる人全員が適性があったわけじゃないと思うから。それに、適性なかったら出来なかったときの言い訳にしそうだし。自分のやりたい事をやって失敗して、そのぶん成功したときの喜びを噛み締めるのが人生ってものでしょ」



まあ私はそんな人生じゃないんだけど、と言って顔をあげると、縢とばっちり目があった。ゲーム機を持っている手は動かされておらず、その存在すら頭にないような視線に背筋がむずむずとする。どうしたの、と控えめに尋ねると、大きな目がぱちぱちと瞬きをしてゲーム機が放り投げられた。



「いや……すごいわ。お見事」
「は?」
「でもそんなんじゃ生き残っていけないと思うよ、俺は。ま、精々足掻こうぜ」
「はあ?」



私の疑問に答えるつもりがないらしい縢は、放り出したゲーム機を手にとって遊び始めた。しばらくゲームをする横顔を見つめてから、またいるものをメモする作業に戻る。とりあえず着替えとシャンプー、化粧品くらいは買わなくちゃ。


TOP


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -