koi-koi?


Input


「名字、今日の練習は」
「個人練習だそうです。内容は手嶋さんに聞いてください」
「そうか」



 しばらく待ってみたけど今泉先輩はそれ以上なにも言うことはなく、私も部室の掃除に戻る。部室は綺麗に使われているけれど、毎日これだけの人が出入りしているとどうしても汚れてくる。この頑固な汚れが数日前からの敵だ。



「じゃあ、ほかのやつの練習メニューも知らないんだな」
「はい。何か気になることでもあるんですか?」
「ないが」
「そうですか」



 汚れをこする手を止めてもう一度なにか言うか待ってみるが、先輩はなにも言わない。ちらっと時計を見て、そろそろ部室の外へ出ようと立ち上がると、また先輩が口を開いた。



「名字の今日の予定は……」
「先輩。私に聞きたいことがあるならまとめておいてください。部活後に聞きますから」
「……わかった」



 少ししゅんとしながらも素直に頷いて部室を出て行った先輩に、こっそりため息をついた。先輩が私を好きになってくれたこと、恋人になれたことは本当に嬉しい。嬉しいけど、部室にまでそういう空気を持ち込まれるとどう答えていいかわからない。
 雑巾を洗ってこようと立ち上がると、珍しく青八木さんが近付いてきた。片方だけ見える目は、どことなく真剣だ。



「今泉が、落ち込んだ」
「そんなに落ち込んでました?」



 こくりと頷く青八木さんに、うしろにいた小野田さんがおろおろしながらも同意する。まさか、いつも無口な青八木さんが心配するほど落ち込んだなんて。私にはそこまでショックを受けたようには見えなかったけど、先輩方は重大なこととして受け止めたらしい。
 鳴子さんが、ざまあみろというように笑いながら話に加わる。



「あのスカシもスカシてないとこあるんやな。スカシの片思いみたいやで」
「誤解のないように言っておきますが、私のほうが先輩のことを好きですよ。先輩はたぶん、浮かれてるだけです。先輩が私を好きになった期間をどう長く見積もっても、私のほうが12倍ほど長く先輩を好きでいますから」



 はっきりと恋に落ちた瞬間があったわけじゃないから曖昧な部分もあるけど、中学二年になる頃には先輩が好きだったから、この計算で間違ってはいないだろう。高校で再開するまで、今泉先輩が私のことをなんとも思っていなかったのは確実だし。



「なんや……はっきり言うなあ。てっきりスカシがぞっこんかと思ったら」
「今泉くん、名字さんのことすごく好きなんだよ!」
「そういうことを言われると照れますね」



 先輩とよくいる二人に言われるとそれが本当のような気がして、心が弾む。横で青八木さんがこくこくと頷いた。



「たぶん……まだ実感がわいてないんだと思います。先輩はずっと私のことを、寒咲先輩とよくいる後輩くらいにしか思っていなかったので……まだ夢のなかにいるみたいなんです。まあ、一番の理由は部室で恋人らしい空気を出されても困るからですけど」



 朝練のあとから放課後部室に行くまでは恋人らしい振る舞いをしてもいいとお互い決めたものの、学年も違うので会うことが滅多にない。部活のあとに一緒に帰るくらいしか接点がないのがもどかしくもあり、自分の時間のほとんどを自転車に費やすのが今泉先輩でもある。



「まだ部活前だ。すこし話してくればいい」
「青八木さん、でも……」
「純太もそのくらいじゃ怒らない」
「そうだよ、今泉くんきっと待ってるよ!」
「ワイは落ち込んどるスカシが見たいけどな」



 口々に行ってこいと言われると、行かなきゃいけないような気持ちになる。私だって、先輩が落ち込んだまま出て行ったのが気にならないわけじゃないのだ。
 ぺこりと頭を下げて部室をでて、今泉先輩を探す。すこし離れたところで自転車を見ている先輩に近付いて、そっと声をかけた。



「……先輩」
「……なんだ」
「私も、本当はもっと先輩と話したいです」



 先輩の動きが止まって振り向いてくれて、ようやく顔が見えた。どう言えばいいかわからないまま、すこし前から考えていたことを口にした。



「来週、両親が旅行に行って、家に誰もいないんです。よかったら、部活後にすこしでも寄っていきませんか?」



 先輩の目が丸くなって頬がほんのりと染まって、視線がわずかに揺れる。部活のあとだとお茶を飲むとかくらいしか出来ないかもしれないけど、完全に二人きりになれる空間というのはとても魅力的だった。なにしろ恋人になってから、ふたりきりで話すことすらあまりなかったのだ。



「名字は、いいのか?」
「いいですよ。私から誘ってるんですから」



 先輩が頷くのを見て、ほっとして笑う。断られることも想定していたけど、やっぱり頷いてくれるととても嬉しい。
 そのあと機嫌がなおったどころか上機嫌になった先輩は、すこし走ってくるといって自転車に乗っていってしまった。もうすぐ部活が始まるのに、どこまでロードが好きなんだろう。

 そのあと部室に戻った私は心配してくれていた先輩たちに仲直りをしたと報告し、簡単に流れを説明した。
 鳴子さんたちの必死の説明により「大人の階段をのぼる」ことを今泉先輩が想像しているかもしれないと気づいたのは、数分後だった。



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