「だからねアルミン、どうしたらいいと思う?」
「うーん、名前がはやく気付けば一番いいと思うけど、人の心はままならないものだしね」



 アルミンと並んで立体機動を解体しながら、教官がいないのを確認して話しかける。
 いまは、ペアを組んでお互いの立体機動装置をばらばらにしたあとに、自分のものを組み立てるという授業の最中だ。そのペアは先生が決めたので、ライナーと離れているのが開放感があるようでいて寂しくもある。
 アルミンは部品をばらばらにして置いて、ふうと息を吐いた。アルミンは頭がいいから、私の悩みもたやすく見抜いてしまうはずだ。



「……その前に、僕に八つ当たりがこないことを祈るよ」
「私、八つ当たりなんかしないよ」
「違うよ。まあ……早く名前の気持ちを言うのが一番だと思うよ。名前だってそう思ってるんだろう?」
「うん。でも……ライナーの話を聞いてしまうと」
「大丈夫、自然体になれば、ふたりは必ずうまくいくさ。だから勇気をだしてごらん。数ヵ月後にはハッピーエンドだよ」



 アルミンが言うことなら、信じてみてもいいかも、しれない。だってアルミンは、私でさえ知らない私の気持ちも知っているみたいなんだもの。
 アルミンが視線をあげて苦笑する。そのさきにはライナーがいて、目が合うと微笑んでくれた。言いたくないのはたぶん、前みたいに気軽に話せる関係をなくしたくはないからなんだろうな。なんて自分勝手なんだろう。



・・・



「名前」



 呼びかけられる声は優しくて、愛情に満ちている。ふれてくる手は私をいたわっているのが感じられるものだ。笑顔なんて、もう向けられることはないと覚悟していた時期さえあるというのに。
 これらを振り切るのは怖くて罪悪感が襲いかかってくる、けど、まだ浅いうちに終わらせなければ取り返しのつかないことになる。
 ぎゅうっと目をつぶって、となりに座っているライナーに話しかけた。夜の立体機動訓練所は、人影はおろかランプさえない。風で木々がざわめく音や、夜行性の鳥や動物の鳴き声が、ときおり思い出したようにわずかに響くだけ。



「──ライナー。私、ライナーに言わなくちゃいけないことがあるの」
「偶然だな、俺もだ」



 どきりとした心臓の前に差し出されたのは、綺麗なハンカチだった。細かなレースがついているそれは上等な生地だとひと目でわかる。
 高そうなそれを、ライナーはなんでもないように差し出した。



「名前にプレゼントだ」
「っ!」



 最初に胸を支配したのは、歓喜だった。それからじわじわと罪悪感に蝕まれて、受け取ることも拒否することもできないまま俯く。
 これを受け取ってはいけない。その前に、言わなくちゃ。ちゃんと自分の気持ちを、隠すことも誤解されることもないように。



「──ごめん。ごめんねライナー。私、ライナーのこと好きだけど、ライナーとは違う好きなの。ライナーと一緒に故郷にいけたらと思う。そう言ってもらえて、すごく嬉しかった。でも……私は、友達としてライナーが、好きなの」



 言った。言い切った。心臓が壊れそうなくらい跳ねて、肉体を突き破って出てしまうんじゃないかと思う。
 息をとめて、地面からゆっくり視線をあげていく。ライナーは、驚くほど普通の顔をしていた。



「──だろうな」
「ライナー?」
「わかっていた。でも、すこし夢を見たかったし……暴走、してたんだな」



 ぽつりと、一音一音が丸い透明なガラス玉みたいに、ライナーの口から落ちていく。
 声も普通で、落胆している素振りもない。私から言い出したことなのにそれが何だか悲しくて、どこまで勝手なのかと奥歯を噛んだ。



「名前の優しさに付け込んだんだ。名前は怒っていい」
「怒、らないよ」
「名前が言い出さなければ、ずるずると俺の望むようになっていたんだぞ」
「なってないよ。だってライナーはいつでも、いまでもこんなに優しい」



 顔をあげて、ライナーのひとみを覗き込む。
 その奥にゆらゆらと悲しみが揺れているのを見て、ようやく知った。ライナーはこうして、悲しみも苦しみも闇さえも隠して閉じ込めてしまえるんだ。だから平静を装っていられる。
 そうっとライナーの手をとると、脈が早かった。ほら、普通なのは見かけだけ。



「ねえライナー、私たち、急ぎすぎて大事なものを落としてきてるんじゃないかな」
「そう……だな」
「今からでも遅くないよ。ふたりで取りに戻ろう?」
「──いいのか? 俺と、ふたりで」
「うん。ふたりで」



 ぎゅっと手を握ると、しばらくしてからおそるおそる握り返された。
 強くはない。指を曲げる程度の反応でも嬉しくて、もう片方の手でおおきな手を包み込んだ。



「ふたりでゆっくり、お互いをどう思ってるか、この感情はどういうものか、探していこう? どうなるかは、望むようになるかはわからないけど。時間はまだたくさんあるよ」
「──名前」
「ライナーの望むようにならなかったら、ごめんね。でも、今の関係よりずっといいものになるはずだよ」



 ライナーが、ぎこちなく笑った。はじめて見るこの表情が、ライナーの素顔なのだ。
 それが嬉しくて笑うと、ライナーも笑った。



「俺もそれがいいと思う。名前の前では緊張して、いつもの自分でいられなかった。これからは素直になれそうだ」
「じつは、私も」
「だが名前、ハンカチだけは受け取ってくれないか? 名前のために買ったものだ。使わなくてもいい。負担に思うなら……」
「ううん、もらう。すごく嬉しい。ライナーが一緒に故郷に行こうって言ってくれたときも、本当に、すっごく嬉しかった」



 はにかみながら渡されたハンカチは、やっぱり高そうだった。ライナーの顔が近付いてくる。自然と閉じたまぶたに優しくふれたくちびるが嬉しくて、気分が勝手に高揚していく。
 たぶん私は、知っている。だけどまだ知らない。この感情は、きっと──。



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