キースさんが帰ってきたのは、それから二時間後だった。かなり急いで帰ってきてくれたみたいで、すこしばかり息を切らしている。もう夕方になりかけている空はまだ青かったけど、もうすこししたらオレンジが混ざるだろう。



「おかえりなさい、キースさん」
「ああ。……ただいま。話をしたら、ひとまず会いたいと言われた。馬に乗っていくぞ」
「馬って……あの馬ですか?」
「ああ。とりあえずはこのマントを羽織るように。その服では目立ちすぎる」



 体が隠れるようなマントで服を隠してかばんを持って、キースさんの馬に乗る。うまれて初めて乗るものだから、どこにどう足をかけていいかもわからない。それを的確に教えてくれたキースさんの言葉はわかりやすくて、さすが教官だなあと感心をしてしまった。
 背筋を伸ばして前を見て、馬に体を任せる。言われたことを守りながら長いあいだ馬に乗って目的地についたときには、足がぷるぷるしてしまっていた。いつも使わない筋肉を使ったみたいだ。

 キースさんの後ろについて、建物のなかに入っていく。通り過ぎる人が次々にキースさんを見て同じポーズをしていくのを、ぼんやりと眺めた。ツテがあるって言ってたけど、もしかしてキースさんってえらい人なのかな。
 階段をあがって薄暗い廊下を通って、ほかより少しだけ立派な扉のまえで立ち止まる。ノックをして入ったさきには、おなじ服を着た3人の大人が待っていた。



「こちらがさきほど話した娘だ。自己紹介を」
「はい。ミョウジナマエ……じゃなくて、ナマエ・ミョウジです。あっクララ・シャーディスでもあります。どっちも私の大切なひとがつけてくれた名前なので、どっちで呼ばれても嬉しいです」
「では、君が慣れているナマエで失礼する。その名で生きてきたのだろう」



 目の前に座っている男の人が、静かに私の名前を口にする。いちばん貫禄があって威厳もあるこの七三分けの男のひとが、たぶん一番えらいんだ。あとは私と同じくらいの背で睨んでくる男の人と、ポニーテールの女……男……女?



「キース前団長……いや、キース教官とお呼びしたほうがいいな。キース教官からすこしだけ聞いたが、我々の世界とはべつの世界から来たという話は本当か?」
「たぶんですが、そうだと思います。私の世界には巨人なんていなかったし、そんな歴史もありません」
「では……もし君の世界に巨人がいたとしたら、どうやって倒す?」
「私だったら……戦闘機などで爆弾を落として倒すと思います」
「戦闘機?」
「空を飛ぶ乗り物です。爆弾はたぶん巨人を倒す威力があると思いますので」
「夜に飛べるのか?」
「ライトもレーダーもありますし」
「レーダー?」



 質問攻めとはこのことである。聞きなれない単語を聞いてくる男の人は、まだ何か尋ねようとしてはっとしたように首をふった。はにかんだような笑いを浮かべると、すこし幼く見えて可愛い。



「さきに自己紹介をするべきだった。ナマエにだけさせるなんて、すまない。私はエルヴィン・スミス。きみの左にいるのがリヴァイ、右にいるのがハンジ・ゾエだ」
「よろしくナマエ! 君は本当に興味深いね! そのマントの下はどうなってるんだい?」
「黙れメガネ」
「あっ、マントの下は学校の制服なんです」



 ここならもういいだろうと、マントを脱いで手に持つ。三人が驚いたように服を見てくるのが、なんだか恥ずかしい。ハンジさんは遠慮なくそばまでやってきて、至近距離で服をじろじろと見てスカートの裾をつまんだ。



「足をだしているのが、きみの世界では普通なの?」
「もっとスカートが短い人もいますよ。この半分くらい」
「……娼婦?」
「いえ、おしゃれだと思います」



 ソファに座りハンジさんの手から逃れてから、私の世界のことをひたすら話し、説明し、教科書を音読した。私はこの世界の文字が日本語で書いてあるように見えるけど、みんなは教科書の文字が読めないらしい。たくさん質問されることの大半は答えられなかったけど、それでもいいと言ってくれるエルヴィンさんの目は子供のように輝いていた。



「我々に、空を飛ぶ乗り物を作るという発想はなかった。ナマエの話を聞くかぎり数百年は実現不可能かもしれないが、それでも希望はある」
「でも私、仕組みとかよく知らなくて……ごめんなさい」
「いいんだって! ナマエの世界ではこれが動いている。つまり実用可能ってことだ。それだけで技術班は望みを持つよ。ちょっと呼んでくる!」



 ハンジさんが勢いよく出て行ってしまったのを見て、リヴァイさんは遠慮なく舌打ちをした。私を見る目が怖いのは仕方ないことだ。逆の立場なら、やっぱり私だって疑ってしまうもの。



「あの、リヴァイさん疲れてますか? チョコ食べます?」
「……チョコだと?」
「新発売なんですよ! ちょうどお菓子を買いだめしたところで、たくさんあるんです」
「いらん」



 あっさりと拒否された。
 その日私は寝る時間になるまでひたすら話し続けて、キースさんを見送って、用意してくれた部屋に泊まることになった。しばらくはこの生活が続くそうだ。あまりに目まぐるしくて目の前のことをこなすのに必死で、ベッドに横になったとたん疲れが押し寄せてくる。そのよる私は、ほんのちょびっとだけ泣いて、眠った。



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