「アルマ(名前)。アルマ(名前)、おきて。もう鐘が鳴ったよ」
優しく揺さぶられて、なんとか目を開ける。
昨日アルミンにすすめてもらった本が面白くて夜ふかししてしまったツケが、眠気となって襲いかかってきている。まだくっつこうとするまぶたを見て、クリスタが強めに揺さぶってきた。
「だめ! 早く起きないと、本当に寝坊しちゃうよ!」
「おいアルマ(名前)、なにクリスタに苦労かけさせてんだよ」
ユミルに乱暴に蹴られて、ごろりと転がる。クリスタがユミルに怒る声が聞こえてきて、ようやく目を開けた。ふあ、とあくびをしてはっきりしてきた視界に、昨日読んでいた本が飛び込んできた。
「クリスタ、ユミル、おはよう。銃は機能性を重視するためにシンプルに、1gでも軽く、ミリ単位の誤差をなくそうとするがゆえに同じようなシルエットになる。これは実に興味深いね。常識となりつつあるこの形を変えるためには、根底から変える必要がある。でも私はあの形も好きなんだ。困るね」
「目が覚めたみたいでよかった。もう教官が来るから、早くしないと」
クリスタに急かされて、服を着替えてベッドを整える。顔を洗って帰ってきたところで教官が来て、掃除が始まった。ほうきを持ったクリスタが来て、こっそりと笑いかけてくれる。
「銃の話はまたあとでね」
「クリスタ、そんなこと言ったら延々と銃の話をされますよ! アルマ(名前)の口は、そういうときだけはよく動くんですから!」
サシャの言葉に、クリスタがくすくすと笑う。離れたところにいるユミルが遠くからわざわざ声をかけてくるのに、クリスタが手を振った。サシャはくんくんと鼻を動かしながら、今日の朝食を当てている。
──なんて普通でありきたりな、望んだ世界のはじまりなんだろう。
・・・
パンは相変わらずかたい。咀嚼しているうちにようやくはっきりしてきた顔を見て、前に座ったライナーはハッとしてサシャを見た。
ライナーが私の前に座ったときは、横一列に並んで座った私たちを不思議そうに見ていたけど、その原因がようやくわかったらしい。横並びに座ったらサシャからパンを遠ざけられる、それだけ。
しかしライナーも食べ盛りの、かなり大きな体の持ち主である。いくら優しくても、自分の朝食を意味もなくサシャにあげることはしないらしい。
パンをひたすら食べている私の横で、早くもサシャがパンを平らげて水を飲んでいる。クリスタが自分のパンをあげようか悩んでいる横で、ユミルが自分で食えと脅しのように聞こえる優しさを振りまいていた。
「……ふむ」
「どうしたんですアルマ(名前)。また銃のことですか?」
「いや、サシャたちのことを考えていたよ」
「私たちですか?」
「今朝も掃除の途中で考えていたんだ。この当たり前な光景は、ずっと私の望んでいたものだったと、ようやく気付いたんだよ」
クリスタが顔を覗き込んできて、どうかしたのかと心配そうに聞いてくるのに、なんでもないと答える。ユミルが珍しく、からかわずにこっちを見ている。サシャは変わらず口の端にパンくずがついていて、それを見て思わず笑った。
「こんな私に話しかけてくれる人なんて、いないと思ってたんだよ。それが当たり前で、私はそんなことは望んでいないと思っていたんだけど、どうやらそれを渇望していたらしい。自分でも驚いているんだけど、私はサシャやクリスタやユミルを、友人だと思っているらしいんだ。一方的な感情だから、嫌だったら拒否してくれて構わない」
最後のひとかけらのパンを口に入れて、慣れたかたさを飲み込む。水を飲んで、まだ驚いて私を見ている3人と目があった。目の前にいるライナーも驚いて私を見ている。
「どうやら嫌だったようだね。私は出て行くとするよ」
「ちっ、違うよアルマ(名前)! 待って!」
「そうですよ、嫌じゃなくて驚いたんです! 私だって、とっくにアルマ(名前)を友達だと思ってるんですから!」
サシャに抱きつかれて、横に座っていたクリスタのほうへ体が傾く。それを抱きとめてくれたクリスタを、ユミルが支える。ユミルは呆れた顔をしながらため息をついたけど、私とクリスタを離そうとはしなかった。
「仕方ねえから、アルマ(名前)がクリスタのそばにいるのを許してやるよ」
「ユミルは口ばっかりだから、気にしなくていいよ。私も、アルマ(名前)のこと友達だと思ってるからね!」
「私もですよ! アルマ(名前)は私たちのこと、どう思ってるんですか?」
サシャがきらきらした目で問いかけてきて、すこし考える。サシャとクリスタとユミルのことを、どう思っているか。それはとても簡単でわかりやすい、ひとつの感情。
「3人とも好きだよ」
「えっ」
「サシャと一緒にいると楽しくて、クリスタと話していると安心する。ユミルとお風呂に入ると時間がすぐに過ぎてしまう。だから私は、3人とも非常に好ましく思っているよ。これが好きという感情なんだね」
なぜか目の前に座っているライナーの顔が赤かった。となりに座っているベルトルトがおろおろしている理由を聞こうと思ったのに、その前にクリスタに抱きつかれる。
「私もアルマ(名前)が大好き! ねえ、せっかくだから早く外に行こう! それでおしゃべりするの!」
「いい考えです!」
「なんでそんなめんどくせえことしなきゃなんねえんだよ」
「そう言いつつユミルは立ち上がってくれるからユミルなんだよね」
「うるせえな」
サシャに手を引っ張られて立ち上がる。はしゃぎながら食堂を出て、訓練場まで走り出す3人はまるで花みたいで、なんだかとても嬉しくなった。花に囲まれてすごすなんて、やっぱりなんて憧れた世界なんだろう。
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