広大な敷地。牛や馬のにおい。汗まみれ土まみれ糞まみれ。真新しい制服に身を包み、教室中の視線を浴びながら立ち上がった。



「帯広大正中出身、名字名前です。農家に嫁ぐ気で来ました。結納金は200万希望です。農業に関しては初心者ですが死ぬ気で頑張りますので、我こそはと思う方はぜひいらしてください」



教室がしんと静まり返る。椅子に座って、次に自己紹介する人が指名されるのを待つが、先生はたっぷり3秒は黙ったままだった。静かな教室のなか、先生がもっともなことを口にする。



「男女交際は禁止だぞー」
「交際はしません、夫を決めるだけです」
「そうかー。じゃあ次」



いいんだ、と誰かが驚きながらツッコミを入れる声が聞こえた。もう次の人が自己紹介しているのに、私に刺さる視線は数こそ減ってもなくなることはなかった。別にいいじゃない、そんな夢があったって。
先生の話が終わって、むくれた私の頬をシノがつついてきた。となりの席で面白そうに笑いをこらえていた彼女は、お腹を抱えて笑いだす。



「まさか本当に言うなんて!名前ってば大物なのか馬鹿なのかわかんないわ」
「どうせ馬鹿ですよー。肉食系男子ががつがつ来てくれればいいんだけど」
「そりゃ確かに肉食系男子ばっかりだけどね」



肉を育てたり肉が主食だったり肉を加工したり、たしかにそんな男子は溢れかえっている。でも違う、私が望むのはそういう男子じゃない。
シノが豪快に笑っているところに、恵ちゃんがおろおろしながらやってきた。眼鏡をかけた大人しそうな彼女は、こう見えて農家の後継ぎなので力持ちである。



「名前ちゃん、本当に言ったんだね。大丈夫?」
「なにが?」
「本当にお嫁にしちゃうって人が来るかも……。名前ちゃんの噂広まってるみたいだし」
「嫁ぎ先を探しに来たんだから、それでいいの。恵ちゃんってば心配性ね」



彼女もいなく、嫁のあてもない三年生が狙い目だけど、噂だけ聞いて来てくれるほど彼らも暇ではない。そして私も、愛想笑いができないほどの筋肉痛に襲われている。いざとなったら自給自足するために農業科へ入ったのはいいものの、早くも全身の筋肉が悲鳴をあげていた。



「湿布貼りたい……でもお金ない」
「あの、頑張ろう?たぶん一ヶ月もしたら慣れると思うから」
「恵ちゃんのMに見えてSなところ、好きよ……」



それを聞いたシノがまた笑う。次の授業は、畑の説明とそれぞれの担当を決めたり班分けをしたりする予定だったはずだ。ジャージに着替えながら女の子とかたまって話す。このクラスはあまり女子が多くないので、少し寂しい。



「名前ちゃんは農家じゃないんでしょ?婿探しに来たの?」
「うん。あとは自給自足するためかな。うち借金あってさあ」
「うちもだよー。やっぱするよねえ」
「農家は大体してるべ。でも名前ちゃんは一般家庭でしょ?」
「結納金を借金返済にあてたら、あとはなんとか返せるから。いざとなったらどっかで自給自足する予定」



隠していても仕方ない事実をわざと明るくあっさりと口にする。聞き耳をたてていた男子の反応が徐々に鈍くなっていくのを肌で感じて、やっぱりかとすこし落ち込んだ。借金がある素人を嫁にしたいなんて、かなり切羽詰っている人しかいないだろう。
だがしかし、一般家庭よりは嫁に不足しているはずである。そう信じて入学したんだから!



「名前、握りこぶし作ってる暇あったら着替えな。遅れるよ」
「え?うわっ!」



シノの声に慌てて制服を脱ぎ捨てる。遅れたら強制労働が待っているから、みんな必死だ。ひとり遅れて走り出すと、遅れている仲間である男子が寄ってきた。前髪が特徴的だ。



「農家も借金まみれだぞ。肉体労働で休みはないくせに儲けは少ない。ふつうに働いて借金返したほうがいいべ」
「そうだけど、もう売るものもなくて。このままだと借金膨らんでいく一方だからさ……すこしでも早く返したいんだ」
「んで結納金か」
「ダメ元だけどね。名前なんだっけ?」
「西川。三年の先輩が狙ってるらしいから、気をつけろよ」
「ありがと。西川っていい人だね」



西川はちいさな目を見開いてから、ふいっと前を向いた。照れているような顔がなんだか可愛く見えて笑うと、脇腹と筋肉痛の足が痛んだ。
西川はなにも言わず私が笑い終わるのを待っていたけど、時計を見て慌てて走るペースをあげた。こっちもそれについていきながら、西川の言っていた三年の先輩を想像する。できるだけ気が合う人だといいんだけど、人生はそううまくはいかないものだ。



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