農家の朝は早い。けたたましく朝を告げる目覚ましを止めて、死んだような眠りからなんとか目覚めて起き上がった。じゃがいもとなすとアスパラが私たちの班に与えられた作物で、毎日朝と昼と部活前にせっせと可愛がりに行かなければいけない。
じゃがいもは寒さにも強く主食になるうえにたくさん採れる。じゃがいもを育てられるのは嬉しいけど、腰が痛くてたまらない。昔の人の腰が曲がったわけがよくわかる鈍い痛みにうめいて、もそもそと着替えて部屋を出た。北海道の春は寒い。



「はよ。寒いな」
「おはよー。早くあたたかくならないかな」
「だべ。お、はよー」
「おはよ。眠いねー」



続々と集まってくる班員に挨拶をして畑へ向かう。この班のなかでは私だけが初心者なので、どんなことでも勉強になる。寒さでジャージに首をうずめたなつめちゃんが、目をしょぼしょぼとさせながらよってきた。



「昨日、西川と話してたらしいけど、さっそく婿候補?」
「ううん、農家も借金まみれで苦しいからやめとけって話と、先輩が狙ってるから気をつけろって。西川っていい人だね」
「そお?オタクらしいから気をつけなよ」
「気をつけるって、なにに?」
「よくわかんないけど、妄想がたくましいんじゃない?服のなかとか想像してるかも」
「それって思春期の男子全員なんじゃないの」
「うちの学校甘く見ちゃだめだよ」



まだホルスタイン部を知らない私にとって、なつめちゃんの言葉は笑って流せるものだった。



・・・



その日の昼休み、お昼ご飯を食べて一息ついているところに呼び出しがあった。教室の入口には見知らぬ男子生徒。ちょうど近くにいたらしい西川に呼ばれて行くと、じろじろと見られた。なぜ見知らぬ人間にそこまで見られなければいけない。思わず睨むように目の前の体格のいい男子を見ると、思ったより低い声で尋ねられる。



「あんたが嫁ぎ先を探してる名字名前か?」



ああ、婿候補か。思いきり睨んでしまった。とりあえずへらりと笑いながら頷くと、またしても上から下まで視線が動く。
我慢よ私、もしかしたらいい人で気が合うかもしれないもの。嫁となる人をじっくり眺めたいのは当然、だから我慢するのよ。でも殴りたい。



「ふうん……農業初心者で、結納金200万だっけ?」
「そうです。月々のお小遣いも売上に応じて歩合制でもらえると一番いいです」
「わかった」



名乗りもしないのかよ。こうなったら勝手に名前を決めてやる。体格はずっしりという言葉が似合う、筋肉と贅肉がある感じ。背は高い。おそらく先輩。将来ハゲろという期待を込めて、ハゲ先輩と命名しよう、そうしよう。
ケータイでどこかに電話をかけているハゲ先輩は、ちらりとこっちを見ながら何かを話し始めた。家にでもかけているのかもしれない。横で成り行きを見ていた西川が肩をすくめた。



「な、言ったろ。気をつけろって」
「確かに言ったけど、夢くらいみたっていいじゃない」
「夢?」
「相思相愛でいつまでもラブラブな夫婦でいられるとか」
「……夢だな」
「愛があればつらいことでも乗り越えられるでしょ」



西川が「何言ってんだこいつ」という目で見てきて、今さっき感じた怒りを発散するように拳を握る。そりゃうちは借金あるけど、お金はほしいけど、私じゃなくてもいい人のところへ嫁ぎたくなんかない!



「そもそも、何でエゾノーに来たんだよ。IT関係とかも需要あるだろ」
「……向かなかったの。そりゃもう誰からも認められるくらいに」
「……ああ」
「手に職がついて学費安くて寮があるっていったら、エゾノーしかなかったの。野菜作れるならとりあえず飢えないし」
「寮がいいのか?」
「だって家売っちゃったんだもん!」
「なるほど」



西川が納得したのがなぜか悔しくて、いつのまにかいなくなっていた先輩に向かって思いきり舌を突き出した。確かにお金はほしいけど、喉から手が出るほどほしいけど、あんなのこっちから願い下げよ!



「名前は頭はいいけど馬鹿なのね。そりゃ苦労するわ」
「シノまで!」



いつのまにか来ていたシノの言葉に、恵ちゃんは否定もせず頷いた。恵ちゃんのSだと見せかけてドSなところ、好きよ……。
落ち込みつつもなんとか顔をあげて、まだ横にいてくれた西川に笑いかけた。あの先輩みたいに贅肉がついていない、成長途中の体。この視線の近さも数ヶ月しか味わえないものかもしれない。



「ありがと、西川。ずっとそばにいてくれたでしょ。西川がいるから、あの先輩にハゲって言わずにすんだよ」
「ハゲてなかったぞ」
「将来ハゲろって念を込めてハゲ先輩って呼ぶことにしたの。だから西川、ありがとう」
「……おう」



西川はそれ以上なにも言わず、黙って席に戻っていってしまった。もしかして見当違いなことを言ってしまったのかもしれない。あんなに不機嫌にさせるつもりはなかったのに。



「やるじゃん名前。もう婿候補見つけてるのね」
「あのハゲはやだ」
「ハゲじゃなくて、あっち」
「あっち?どっち?」
「……名前って恋人いたことないでしょ」
「なっなぜそれを!」



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