こんな始まりはいかが? | ナノ


こんな始まりはいかが?

※もし全国大会で不正なんかなかったら
※凌牙君と遊馬が他校生です







昨年の全国大会で見事チャンピオンに輝いた凌牙の周りは、いつも人で溢れかえっていた。学校の友達も多かったし、ファンだと言って取り巻くデュエリストも沢山いた。
人から好意を寄せられて嬉しくないわけがない。だが、評判が一人歩きしている面もあり、優勝から1年経った今では、ちやほや特別扱いされることに辟易していた。
大会の直後は、ファンだと言われれば愛想良く対応していたが、今では必要以上の接触を避けている。切りがないのだ。
とりわけ女の子とは関わらないよう気をつけていた。一人二人、いいな、と思った子と付き合ってみたが、ファンの子達とトラブルを起こしたり、とにかく問題が多発して、凌牙は何度も修羅場を見た。以来、恋愛には消極的になっている。
ファンを遠ざけ、女の子からの好意も断り続ける凌牙を、いい気になっていると悪意をもって噂する者たちもいる。だが凌牙は気にしなかった。他人の僻み感情に付き合ってやるほど暇じゃない。好意をもって接してくれる人達が圧倒的多数なのだから、凌牙は気の置けない友達と時折バカをやらかしながら、毎日を楽しく過ごしていた。
そんな凌牙の交友関係に最近、新しく加わった人物がいる。
「凌牙ー。メールなんかしてないでこっちに来いよ」
クラスメイトに呼ばれて、おざなりな返事をしながら、送信ボタンを押した。数分と待たずに返信が来る。放課後に会う約束をしている相手と、具体的な時間を話し合っていたのだが、相手のほうが早く学校が終わるらしく、凌牙のところまで来てくれるそうだ。
学校の名前と住所と、目印になる建物を入力して返信する。
話し合いが一段落ついたところで、さっき呼んでいたクラスメイトの元へ行こうとしたが、待ちくたびれた彼らが凌牙の机までやって来ていた。
「凌牙がメールなんて珍しいな。打つのかったるいとか言って、いつも電話なのに」
「相手、他校生なんだよ。向こうの休み時間とか分からないから、電話するわけにもいかねえだろ」
授業中だったら悪い。そう言うと友人らは、Dパッドの画面を覗き込んできた。
「相手は……ん?九十九遊馬……?誰だ?」
「この前のデュエルの大会で会った奴。お前らは知らねえよ」
「ああ、先週、隣町のハートランドシティであった大会に出てたよな。結果は知らないけど、お前のことだ。どうせ凌牙の優勝だろ?」
「当たり前だ。デュエルチャンピオンがそうそう負けるわけにもいかねえしな」
九十九遊馬は、その大会を観戦に来ていたデュエリストの一人だった。最近デュエルを始めたばかりで、こうした大会に来るのも初めてだったらしい。凌牙のデュエルタクティクスに憧れ、思い切って話しかけてみたそうだ。
『俺も凌牙みたいなデュエリストになりたい!ねえ、デュエル教えて!!』
そんなことを言われるのは日常茶飯事だったが、珍しく凌牙は応じる気になった。
というのも、相手が子供だったからだ。
女子や同年代、もしくはそれ以上の相手に言われたなら当たり障りのない言葉で断るところだが、無邪気に目を輝かせる子供なら別だ。
さすがに会場では人の目もあって相手をしてやるわけにはいかなかったが、連絡先を交換して、後日会う約束をした。それが今日だった。
「小学生に見えたんだけどな。ひとつしか年の違わない中一だって知った時は驚いたぜ」
大きな丸い眼と、丸みをおびた頬が、実年齢以上に遊馬を幼く見せていたのだろう。身長も凌牙よりずっと小さくて、体つきも華奢だった。
「ふーん。じゃあ今日はデートなんだな、凌牙」
「おおっ、珍しい。女はもうこりごりだとか言ってたくせに」
ニヤニヤ笑って小突く友人らに、凌牙は笑った。
「何を期待してるんだか知らねえが、遊馬は男だぜ」
「なんだ、つまんねえ」
「くそう!あわよくば彼女の友達を紹介してもらおうと思ったのに!」
「ははっ、残念だったな」
まあ、遊馬にも女友達の一人や二人いるだろう。気が向いたらセッティングしてやらないこともない。
新たなデュエル仲間と会うことを楽しみにしながらその日を過ごした凌牙は、下校時間になり、遊馬が待っているはずの校門へ向かった。その後をクラスメイトが追ってくる。
「なあ、俺らにもその子紹介してくれよ。友達の友達は友達だろ?」
「何だよそのジャイアン理論は。お前らデュエルしねえだろ。ついて来たところでつまらねえぜ?」
「いいんだよ。ちょっと挨拶するだけなんだから」
「お前らはよくても、知らない奴らに囲まれたら遊馬がビビるだろ……」
「そう嫌がんなって。さーて、九十九遊馬君はどこかなーっと」
きょろきょろ辺りを見回す友人らに呆れながら、凌牙も遊馬の姿を探した。一度会っただけの相手だが、紅い前髪が印象的でよく覚えている。それを目印に周囲を見渡した凌牙は、ぴたりと歩みを止めた。
それに気付かず、友達は校門付近の学生を探している。
「おい凌牙、他校の男子生徒なんていないぞ?」
「迷子になってるんじゃないか?電話してみたほうがよくねえ?」
「………」
「おーい、凌牙ー?」
反応のない彼を訝しげに見やり、固まっている凌牙の視線の先を辿った彼らは、おや、と思った。
「もしかして、あの子か?九十九遊馬って」
その言葉が凌牙の硬直を解いた。慌てて校門前に立っている人物に駆け寄る。
「遊、馬……か!?」
「あっ、凌牙!遅かったじゃん。時間間違えたかと思ってヒヤヒヤしたぜー」
紅い前髪を揺らし、にっこりと遊馬が笑った。見る者の心にすっと入っていく明るい笑顔だったが、驚愕に震えている凌牙の胸には届かなかった。
「……凌牙?」
様子がおかしいことに気付き、きょとんと目を瞬かせる。初対面の時に感じた通り、大きな眼は零れ落ちそうで、遊馬をより幼く見せていた。
だが、そんなことは今どうでもいい。幼いとか童顔だとかは、些細な事柄に過ぎない。
追いついてきた友人らが、わっと騒ぎ出す。
「嘘ついたな凌牙!やっぱりデートなんじゃないか!」
「ひどいぜ!俺らに会わせたがらなかったのは、バレるのが嫌だったんだろ!」

そう。校門で待っていたのは、ピンクのスカートを履いた制服姿の女の子。
男だとばかり思っていた九十九遊馬は、実は、女の子だったのです。





(嘘だろ……)
がっくりと頭を垂れて、凌牙はうなだれた。
信じられなかった。前に一度会った時は私服姿だったとはいえ、男と女を見間違うなんてあり得ない。
「そんなに落ち込むなよぉ。しょうがないって。俺、こんなんだし」
向かい側に座った少女がシェイクをストローで吸い上げながら、慰めの言葉をかけてくれる。
あの後、混乱状態に陥った凌牙は、騒ぐ友人らを置き去りにして、遊馬を駅前のファーストフードまで引っ張ってきた。凌牙はアイスコーヒーを、遊馬はストロベリーのシェイクをオーダーして席に着いたのだが、その段に至っても、凌牙は平常心を取り戻せなかった。
「すまねえ……本当に悪かった」
「だから俺は気にしてないって。よく間違われるんだよ、本当に。一人称も俺だし、持ってる服も男女兼用のフリーサイズばっかりだからさ」
からからと笑う遊馬は、気を遣っているのでも何でもなく、心からそう思っているようだった。それでも凌牙の気は晴れない。一度女だと思って見ると、なぜ勘違いしていたのか首を捻るほど、女にしか見えなかった。
大きな紅い眼は愛嬌があって可愛いし、丸い頬も女の子らしく柔らかそうだ。華奢な体つきも女だと思えば納得だ。だぼだぼのTシャツ姿では真っ平らに見えた胸もちゃんと膨らんでおり、短いピンクのスカートから伸びるすらりとした脚は白くて眩しい。
この店に入ってオーダーしたのもストロベリーシェイクといういかにも女の子らしいチョイスで、制服を着た九十九遊馬は、可愛い女子中学生にしか見えなかった。
(しくじったぜ……俺としたことが……)
かつての経験から、女の子とはなるべく関わりを持つのを避けていた。遊馬のことも、年下の男の子だと思えばこそ了承したのだ。
しかしこうなると、今さら女だということを理由に断るのは気まずい。
どうしたものかと次の一手をこまねいていると、シェイクを飲みながらこちらを見ていた少女が「あのさあ」と口を開いた。
「男か女かって、そんな気にするようなこと?楽しくデュエルできれば、それでいいじゃん」
「まあ……な」
「それとも凌牙は、相手が女なら手加減するの?」
「まさか」
デュエルにおいて手心を加えるような真似はしない。男だろうと女だろうと、持てる自分の力をぶつけるまでだ。
しかしこの問題は、デュエルとはわけが違うのだ。
「女と関わると面倒くさいことばっか起こるんだよ……。恋愛のいざこざはもうこりごりだ」
巻き込まれた厄介ごとの数々を思い出し、重い溜息が漏れる。憂鬱な面持ちの凌牙に、遊馬はむっと眉を寄せた。
「……凌牙って自惚れすぎじゃねえ?」
「なっ」
「周りにいる女の子、みんながみんな凌牙を好きになるわけじゃないだろ?」
「それは……そうだが」
凌牙にだって女友達と呼べるクラスメイトはいる。恋愛の絡まない異性がいることは分かっているが、進んで声をかけてくる女子はすべからく恋人の座を狙っていた。身構えてしまっても無理ないと思う。
しかし遊馬は、不快さを隠そうとしなかった。
「俺はそんなつもりで声かけたんじゃない!本当に凄いデュエリストだと思ったから、憧れたから、教えてほしいって思ったんだ。それを捻じ曲げて受け取られるの、とっても嫌なんだけど!」
「それは……悪い」
遊馬の言い分は最もだ。彼女は色恋の気配なんて微塵も出していない。初対面の時のキラキラと輝いていた瞳は、純粋な憧憬のみを映していた。それを曲解されて遠ざけられれば、いい気などしないだろう。
「そんなに気になるんなら、はっきり言ってやる。俺は凌牙のこと、絶対絶対、絶対に!そういう目では見ません!」
遊馬は強い口調で宣言した。
「これでどう?まだ駄目?足りない?」
「いや……充分だぜ」
むすっと頬を膨らませているのが何だかおかしくて、つい頬が緩んだ。くつくつと笑いが込み上げる。可愛らしく媚を含んだ目で見つめられることはあったが、不細工に顔を歪めて睨んでくる女は初めてだった。
(これで恋愛しましょ、なんてあり得ねえな)
無意識に張っていたガードが解けるのを感じた。氷が溶けて水っぽくなったアイスコーヒーに手を伸ばす。
「わかった。望みどおり、お前のことは女と思わねえ。その代わり泣き言も聞かねえからな。ビシバシしごいてやるぜ」
「え……じゃあ」
「ああ。教えてやるよ、デュエル」
ニヤリと笑ってみせると、遊馬はぱっと顔を明るくした。今まで仏頂面をしていたのと同じ人物とは思えない、輝かんばかりの笑顔だった。
「ありがとう凌牙!マジで嬉しい!!」
「そうと決まれば移動するぜ。近くに俺の馴染みのゲーム屋がある。そこなら融通がきくから、そっちでやるぞ」
「ああ!」
ウキウキと弾む足取りの少女を連れてファーストフード店を出た。どんなカードが好きなのか互いの好みを話しながら歩く姿は、さながらカップルのようだったが、実際の心のうちは、こいつと恋愛なんてあり得ない、そう互いに考えていた。



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