こんな続きはいかが? | ナノ


こんな続きはいかが?

こんな始まりはいかが?の続きです






放課後、手早く帰り支度をした凌牙は、挨拶もそこそこに教室を出ようとした。
「あれ?もう帰るのか?」
気付いた友達に呼び止められる。顔だけ向けて頷いた。
「先約があるんだ。用があるならまた今度にしてくれ」
「またかよ?最近付き合い悪いぜ」
クラスメイトは不満顔だ。そこに別の友人が割って入った。
「まあまあ、勘弁してやってくれよ。凌牙、彼女が出来て浮かれてるんだ。行かせてやれって」
「えっ?彼女……!?」
仰天したクラスメイトが目を見開く。その隣でニヤニヤと生温かい笑みを浮かべる友人を、凌牙は軽くねめつけた。
彼は先日、遊馬と校門で待ち合わせた時に居合わせた友人の一人だ。遊馬を男だと思い込んでいた凌牙は女の子だと知ってパニックに陥った。デートだ彼女だと騒ぎ立てる彼らを置いて遊馬を連れ去ったため、翌日登校すると、待ち構えていた彼らから根掘り葉掘り質問攻めされる羽目になった。
男と勘違いしていたなんて、さすがに言えなかった。その部分を濁すと“彼女”という勘違いを正すのも難しく、いい虫除けにもなると思った凌牙は、あえてそのまま誤解を放置していた。
しかし今では、遊馬を“彼女”扱いされるのが嬉しい反面、辛くなってきた。
(まさか、本当に遊馬を好きになるなんてな……)
玄関で靴を履き替えながら、こっそりと溜息を吐く。
女と関わるのは面倒くさい、恋愛のいざこざはこりごりだ――かつて自分の口から出た言葉が、枷となって凌牙にのしかかっていた。女としての遊馬を拒否しておいて、今さら望むなんて虫がよすぎる。既にこの件では一度揉めていた。その際、絶対に好きにならないと言質をもらっている。告白などしたら、きっと遊馬は怒るだろう。
それでも、勝手に恋をしている分には自由だ。凌牙は会う口実を見つけると、連絡を取って、できるだけ一緒にいる時間を持つようにした。今日もデュエルの約束をしている。場所は駅裏にある小さなカードショップだ。凌牙が幼い頃から出入りしている店で、初めてデュエルモンスターズに触れた場所でもある。
今日は帰り際にクラスメイトに捉まったため、いつもより遅くなってしまった。帰宅する学生達で溢れかえる駅前を急ぎ足で横切る。信号をジリジリしながら待っていると、飲食店の制服を着た女の子に声をかけられた。
「どうぞ。期間限定割引です」
差し出されたチラシを何気なく受け取った。これを持っていくと30パーセントオフになるらしい。駅から脇道にそれて少し行ったところにある喫茶店のものだ。前から気になりつつも機会がなくて、横目で見て通り過ぎていた店だった。
(ここに遊馬を連れて行くのはどうだ?)
ふと浮かび上がった思いつきに、凌牙は小さく微笑んだ。
「それくらい、いいよな」
凌牙の片想いという部分を省けば、二人はいい友達だった。喫茶店に誘ってもおかしくはない。好きだと告白はできないけれど、デュエル以外でも時間を共有できたら嬉しい。今日の帰りにでも誘ってみようと思った。






(へへっ、凌牙とデートしちゃったぜ!)
遊馬は浮かれていた。昨日、凌牙とデュエルをした後、喫茶店に立ち寄ったのだ。
カードショップ以外で彼と話したのは初めてだった。趣のいい店内で向かい合って腰を下ろし、カード談議に熱くなりながら美味しい紅茶を飲んでいると、まるで恋人同士のように思えて、心が躍った。
「本当の恋人にはなれないけど……夢見る分には自由だよな」
デュエルの教授を申し込んだ際、それだけは絶対にあり得ないと確約している。それを思うと少し胸が痛んだ。
遊馬は凌牙が好きだった。最初こそ、自意識過剰としか思えない発言に引いた面もあったが、カードショップで顔を合わせて話すようになるとマイナスイメージは消えていった。
誇張でもなんでもなく、凌牙の人気は凄まじかった。日本ナンバーワンの決闘者だ。ショップに顔を出せばたちまち取り巻きに囲まれ、街を歩けばファンに見つかってサインをねだられる。それが女の子の時は遊馬も冷や汗をかいた。私服姿なら男と誤解されて凌牙の友達と思われるだけだが、制服姿だとスカートだから勘違いのしようがない。「この女なんなの?」と言わんばかりの顔で睨まれ、居心地の悪い思いをした。女の子を遠ざけたくなる凌牙の気持ちが分かった気がした。
決闘者としての凌牙には初めから憧憬を抱いている。一緒に決闘をし始めると、時折見せる表情にドキリとさせられることが度々あった。涼しい目元が熱く光り、しなやかな指先から華麗なコンボが飛び出してくる。全国大会優勝者の肩書きは伊達ではない。遊馬は終始圧倒されっぱなしだった。
こちらは初心者なので一応手加減しているのだろうが、女扱いしないとの宣言通り、凌牙には随分しごかれた。手厳しい指摘に泣きたくなる時もあった。しかし頼んだのは遊馬だ。日本一の決闘者にここまでしてもらって逃げ出すなんて出来ない。歯を食いしばり、劣勢を挽回する道筋を探し、時には駄目出しされたデッキを改良して、徐々に実力をつけていった。最初は罠カードもまともに扱えなかったけれど、今ではスペルスピードも把握している。ミラーフォースにサイクロンを発動させるなんて馬鹿はもうやらない。
憧れの決闘者であった凌牙に抱く感情は、徐々に色めいたものへと変化していき、気がついくと異性として意識していた。
気持ちを自覚してからは凌牙と会うのがなおさら楽しみになった。大好きな人と、大好きなデュエルができるなんて最高だ。毎日のようにカードショップで会う約束をして、共通の趣味に興じることに夢中になった。
(今のままでも充分だ。凌牙は女の子が苦手みたいだから、当分彼女は作らないだろうし……)
凌牙がデュエルを教える女の子は遊馬だけだ。きっと遊馬を女と認識してないのだろうけれど、ある種の特別扱いには違いない。そういうポジションにあるだけで満足すべきだ。好きだなんて口に出したら、恋愛トラブルを煩わしがっている凌牙は確実に関係を断とうとする。
会えなくなるのは悲しかった。せっかく腕前が上がってきたのに、デュエルを教えてもらえなくなるのも嫌だ。ただの友達でも弟子でもいい。気軽に話せる位置にいたかった。
(高望みはしない。でも、昨日みたいに出かけるくらいなら、時々はいいよな……?)
完全に友達だと思っているから喫茶店へ誘ってくれたのだろう。遊馬の気持ちに気付いていたら声をかけるはずがない。
なら、遊馬から遊びに行こうと声をかけても、きっと頷いてくれる。友達としてなら男女の垣根を越えて仲良くしてくれるだろう。恋とか付き合うとかよりも、距離を縮めるほうがずっと大事に思えた。
昨日は凌牙のもとに妹から着信があって、早いうちにお開きになってしまった。今日は会う約束をしていなかったが、もし時間が空いていたら二人でまたどこか行きたかった。
凌牙の元寄り駅にケーキのおいしい店をいくつか知っていた遊馬は、駅前で彼を待つことにした。偶然を装って声をかけ、昨日のお礼だと言って誘おう。会えなくて元々だ。その時はケーキをテイクアウトして帰ろうと気楽に構えていた。
時計台の下を円形に囲んだ花壇の前に、ベンチがぐるっと設置されている。そこに座って凌牙の学校の制服を着た生徒が通り過ぎていくのを眺めていると、とうとうその中に目当ての人物を見つけて、立ち上がった。
「凌――……あ」
彼は一人でなかった。友達と一緒だ。確か初めて凌牙の学校前で待ち合わせた時、一緒にいた男の子達だった。
友達と一緒のところに声をかけるのも悪い気がして、遊馬はとりあえず時計台の後ろに隠れた。
「どうしよっかなあ……」
ケーキを食べに誘うのは無理そうだ。潔く帰るか、声だけでもかけて行こうか迷っていると、近づいてきた彼らの話し声が聞こえた。
「で?凌牙。昨日のデートはどうだったんだよ?」
「いいかげん白状しろって」
「しつこいぜ、お前ら……。期待されるようなことは何もねえよ」
うんざりとした凌牙の声に、遊馬は驚いた。
(デート?昨日……?)
昨日一緒にいたのは遊馬だ。だが、デートという表現はおかしい。遊馬達は恋人ではない。昨日の件をデートだと思っているのは遊馬だけだろう。
(女子と出かけたのをからかわれてんのかな)
言葉の綾だと納得しかけたところで、とんでもない言葉が聞こえてきた。
「久しぶりの彼女じゃないか。お前が付き合う気になったんだから、よっぽど好きなんだろ?惚気話でいいから聞かせろよぉ」
耳を疑った。
ここまで言われたら比喩表現ではありえない。
(えええええっ!?彼女、いたのっ!?)
胸を鷲掴まれたような息苦しさを覚えた。
そんな話は聞いていない。凌牙は近づいてくる女の子を倦厭していたはずだ。
頭が混乱して考えがまとまらない。嘘か真か質す声がぐるぐると駆け巡っている。
大混乱の思考の中で、ふと心当たりにつき当たり、遊馬は息を呑んだ。
(昨日、妹から呼び出されたって言ってたけど……あれって本当に妹だったのか……?)
本当は彼女からだったのではないか。その可能性に思い至り、遊馬は目の前が暗くなった。
凌牙は恋愛に消極的だった。そう遊馬に公言していた。その手前、彼女ができたと言うのは気まずくて、妹だと嘘をついたのかもしれない。
(彼女……本当に……?)
口元を押さえて記憶をたどった。
昨日の喫茶店、Dゲイザーの着信に気付いた凌牙は、遊馬に断って席に座ったまま小声で通話していた。とても優しい顔をしていたので、きっと妹が大好きなんだなあと微笑ましく眺めた。“お兄ちゃん”の顔をした凌牙も好きだ、と胸をときめかせていた遊馬だが、あの微笑みも穏やかな声も、遊馬の知らない“彼女”に向けられたものだとしたら、とてもショックだった。
(彼女……俺と会った後、デート……)
衝撃的すぎて、ふらりと足下が揺らいだ。ベンチの背もたれに手をついて体を支える。
凌牙達は時計台の影に隠れた遊馬に気付かず、何事か話しながら通り過ぎていった。その後姿を見送り、遊馬は小さく口を尖らせた。
「ちぇっ……なんだよ。彼女、できたんなら教えろよな……」
最初から片想いだと分かっていた恋だった。けれど心の空虚さは否めない。誘ってもらって、遊馬は本当に嬉しかったのだ。デュエル以外でも仲良くできると思って舞い上がった。そんな自分が滑稽だった。友達だと思っているのなら、彼女ができたことくらい教えてほしかった。
「凌牙にとっちゃ、友達ですらないのかもな。俺って……」
駅の正面口には、もう凌牙達の姿はなかった。近くにいても声すらかけられない。すれ違ったことにも気付かず、遊馬のいない場所へ進んでいってしまう人。それが本来の凌牙との距離だ。
恋人になりたいなんて贅沢を言うつもりはなかった。なれるものならなりたいけど、過ぎた我侭だと分かっている。せめていい友達でいられたら、という願ったが、それすら難しいのかもしれない。
急に凌牙がとても遠い人に思えた。



もう1話続きます
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