剣術士と竜騎士///

「またそんなところから……」
「ひゃぉっ!?」

 後ろから声をかけられて、白髪の女が飛び上がった。

 腰から下げている剣、背にかけている盾。誰が見ても「冒険者」という存在を知っているのであれば、十中八九彼女が剣術士ギルドに所属してる人物であることはわかることだろう。

 声をかけた藤色のような髪の男性…… 彼は竜騎士で、彼の身長を超える槍を背負っている…… を振り返りながら一歩引いた剣術士は、慌てふためいては背の盾ごと建物にどんとぶつかり、その衝撃に驚いてまた後ろを振り返り…… とおろおろと前後を見やっては軽く目を回していた。

「りゅりゅりゅりゅっ、りゅっ、りゅーきしさん……」
「あ、わ、だ、大丈夫ですか!? すみません… そんなに驚かすつもりは…」

 だいじょうぶれす、と軽く目を回してよたよたとしている剣術士。彼女を見ながら、とてもじゃないが荒事に向いているようには見えないと、時々竜騎士は思ってしまう。最も、冒険者にはそういう女性も大勢いるので人は見かけによらないものだということもわかってはいるのだが。

「うぅ… 竜騎士さん、どうしてリムサに…?」
「えっ、いや普通に仕事終わりの休憩に… と思ったら、入り口から中をじっと見てるところが見えて…」
「…………あぅ……で、ですよねぇ〜」

 今日二人がいるのはいつものグリダニアではない。
 リムサ・ロミンサ。かの提督によって現在統制されている船と海の街は、その実美食の街としても有名であった。白い、縦に長い建築の中には複数の施設が縦横無尽に点在しており、今彼女たちがいるのはそんな一角だった。

 扉の前には看板があり、看板と店内から香ってくる甘いいい匂いからもその店舗が喫茶店であることは竜騎士にもわかっていた。

「入らないんですか」
「えっ!? あー、いや、ちょっと…その…」

 店の前で看板をじっとみて、入ろうか、入るまいか。
 剣術士がずっと悩んでいることを、竜騎士は知っていた。というか、知らされていた。




 竜騎士はちょうどグリダニアからの納品の仕事があり、リムサ・ロミンサへと訪れていた。それもつい先刻終わり、暇を持て余していたところで冒険者ギルドにちらと寄ったのだ。「ちょうどいいところに!」と言われ、少し嫌な予感がしなかったわけでもないが、ギルド職員たちにのせられてあれよあれよと竜騎士は喫茶店へとやってきた。

 最初、竜騎士がやってきたのは店舗の裏口だった。

 「いや〜休憩にいい喫茶店があるからさ〜!」「はぁ…?」などと話してる間にたどり着き、そんな話声が聞こえたのかすぐに喫茶店の店員がこちらを見て、「あっ!」と声を上げる。待ってましたと言わんばかりのいい笑顔を向けられ、「え?」と疑問符を浮かべている間に、今しがた後ろからぐいぐいと自分を押し込むように連れてきたギルド職員たちは蜘蛛の子を散らすように消えていった。
 喫茶店の店員は「お待ちしてました!」と竜騎士の腕をつかみ店内へと引きずり込んでいった。

 なにが…?と思っているうちに、ちょんちょんと腕をつつかれて小声で「入り口の……」と言われ、入り口を見やれば見覚えのある”挙動不審なソレ”が見えるではないか。ピョコピョコと揺れている白い頭。うんうんと何事か悩み通している様子のその顔はやはり、知った顔で、「なぜリムサ・ロミンサの職員たちが自分が彼女と知り合いなのを知ってるんだ」と思わないこともなかったが、そこは情報通の彼らのことだからと竜騎士は自信を納得させた。

 なんなら説教でもした方がいいのかと店員のほうを見やると困った顔はしているが、違うのだと首を振った。店員曰く「すでに何度か来店しようと頑張っているけれど、一向に店の中に入れずに帰ってしまう」とのことだった。


 …そして話は冒頭へ戻る。
 つまり、「知り合いなんだからどうにかしろ」ということである。


「ほら、入りますよ」
「えっ!? いやでも、ほらこういうとこは… もっとかわいい子とかがさ!?」
「はいはい」

 はいはい、と流しながら腕をつかむでもなく首根っこをつかみたい勢いでずるずると剣術士を引きずり込んでいく。
 心なしか竜騎士が疲れた顔をしているのは気のせいではないだろう。そう、そもそも冒険者ギルドの面々は「休憩に」と言っていたのに、結局こうなるのだし。
 店員もにこにこと見ているし、曰く「御値引致しますので何卒」と小声で付け足してくれていた。はぁ、と小さく小さくため息をつく竜騎士に気が付いたのも、「いらっしゃいませ」とにこにこほほ笑んでいる店員だけであった。

「ぅぅぅううう!?」

 一体彼女の体のどこからその声が?というような低い唸り声が聞こえてくるが、店員も竜騎士も聞こえない顔をして、店員に指示された通りに淡々と移動していく。「こちらのお席をどうぞ」と案内してくれた店員に、やはり竜騎士が「どうも」と礼をいい、剣術士は椅子の上に放り込まれた。
 ……椅子に放りこまれた剣術士はというと、今度は急に燃料が切れたようにぴたと静かになり、きょろきょろと周りを見始めたのである。
 「ぇっ、ぇっ、やば…」「おしゃかわ…」とぼそぼそ聞こえるのは竜騎士の気のせいではないだろう。「ほら、はやく注文」と彼がメニュー表を差し出すとおどおどしながらメニュー表を受け取り、そっとそうっと、まるで絵本を開くときの子供のように大事そうに開く。

 きらきらと目を輝かせてメニューを見ていた剣術士だったが、ぴたと動きを止めて顔を上げる。今度はさぁっと顔を青くしはじめたのをみて竜騎士は「また何考えてるんだろうこの人…」と心配になったが、そんな竜騎士の心配をよそに剣術士は愛用のトームストーンを取り出して何やら急ぎ早に書き込んでいるようだった。

 竜騎士に限らないが、冒険者たちは目がいい。至近距離の文字くらい見えてしまうのだが、これは決して見ようと思ってみたものではない。だが見えてしまったのだが……竜騎士は、剣術士が「イケメンとカフェって相場いくらくらいですか?」と書き込んでいるのは見なかったことにした。

mae//tugi
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