千をもって一を得る///

 これは俺のわがままにすぎない。

 だから、俺が悪いことはよくわかっているし、我ながら恥ずかしいことをしているという自覚はあった。でも、それでも少しだけさみしく思ってしまった。

 思えば”以前”は、俺は長いことあの人と二人きりだった。まだ俺ではなく「僕」と幼い口調だったのも覚えている。気が弱くて訓練についていくのも精いっぱいだった当時の僕は、周りの同期からからかわれてばかりだった。
 もはや気が滅入っていて、もうそろそろ軍なんて抜けてしまおうかと思っていたときにあの人が目をかけてくれたのだ。

 僕は当時からあの人のことを知っていた。あの人に声をかけられる前からずっと知っていた。だから、あの人が「そこの君」とその綺麗な声で僕のことを呼び止めた時、自分が呼ばれていることに気がつきすらしなかった。
 ずっと知っていたのだ。最初にあの人を見かけた時から覚えていた。美しい人だった。成績も思わしくないのに候補生として軍部に居続けたのは、あの人がいたからだと今でも思う。

 あの人に声をかけられてからの僕の生活といえば、過酷と言えば過酷であった。だがそれを差し引いても有り余るほど幸福感で満たされていた。僕はそのまま、あの人に育てられて、気が付けば彼女の部隊に配属され、そのまま副官にまで任命してもらえた。毎日軍部に足を運ぶのが楽しみで仕方がなかった。だって、出勤すれば美しい僕の上官が「おはよう」とほほ笑みかけてくれるのだし。なんて贅沢だったことだろう。
 あの人はその幸福のことをいくら語って聞かせても、「お前が頑張ったからだよ」というがそんなわけはない。僕がいくら頑張ったところで、貴女がほんの少しでも気まぐれを起こしてくれなければきっととっくにどこかでつぶれていただろう。

 紆余曲折があったが、そんな憧れの人と結婚できて、幸せだった。国を揺るがすような事件が起きたり、僕…… もとい、俺でさえも一度死なねばならなかったりと、本当に大変だった。それでも、死ぬまでの人生のひと時のほとんどをあの人と過ごせて、幸せだった。

 だから、やっぱりこれはただのわがままだ。

 まさかある日唐突にそんな”前世”のようなものを思い出す日が来るなんて思いもしなかったのだ。そして、どこにもあの人がいないなんて。思い出してしまったのが悪かったのだろうか。だが思い出してしまったことにもしも理由があるのであれば…… そこまで考えて、俺はその日からあの人を探し続けていた。
 まだ幼かったころのことだ。10にも満たない幼子の内に、すでに一度死ぬまでの人生を過ごした自我がよみがえってしまった。残念なことに器量が良いわけではなく、また「あの人を探さなければ」とただそれだけの、もはや強迫概念に近いものに襲われていた俺は、子供らしく振舞うということを一切放棄した。
 大人からは天才と誉めそやされ、同世代からはつまはじきにされた。両親は同世代とは頭二つ分は飛びぬけている知能をほめはしたが、もはや愛息子として扱うことはなくなった。やがてそれさえもなくなり、俺はただただ毎日をあの人に会うことだけに費やした。
 他のものはすべて捨てた。子供だったが頭脳さえあればどんな大金だって手に入ることくらいわかっていた。ありがたいことに、どうやら自分が生まれた世界は依然と大差がなかったために能力はいかんなく発揮することができ…… そうして周りに家族も友人も誰もかれもがいなくなったころにようやく、故郷を離れることができた。

 結局、国中の情報をむしり取るために軍部にまた入っていった。軍部における必要事項などとうに知ってのとおりで、入隊することを念頭に置いていたがために準備は万全。これっぽっちも苦労などすることもなく訓練生へと紛れ込み、同じように苦労することもなく卒業し部隊へ配属されていった。当然、周りからはここでもやっかまれ、最低限の付き合いだけで終わった。配属されてもすぐには情報を手に入れることもできず、方々で協力してくれそうな人物を探し、なんとかデータベースを閲覧するまでこぎつけた。

 そんな苦労だったのかといわれると、そうでもなかったと思う。ただ、どう頑張っても時間を短くできなかったことが悔しくて仕方がなかった。一分でも一秒でもはやく会いたかった。
 同時に恐ろしかった。もしかしたら、あの人がいないのではないかとか。出会えないのではないかとか。そもそも、もっと別の人生を歩んでいるかもしれないし。
 大丈夫、大丈夫と自分に何度言い聞かせたか。見つけられる、会える会える会える。どれほど自己暗示のように言い聞かせたか。もはや、「会わなければならない」という強迫にかられながら、時々は「ほんとに?」「いないかもしれないのに」「ひとりかも」「いなかったら、どうしたらいいのか」と何度も疑念が鎌首をもたげていた。

 はらりとページをめくり、あの人の名前を見つけたときにほっとした。指先でその名前をなぞったときに、紙面の文字を滲ませてしまった。最も、他に誰も見ることがないだろう資料なので、俺が泣いたことはきっとバレないが。
 すぐに所在を調べ、翌日を休日にしてもらい彼女の元へと向かった。列車に飛び乗ってからの俺の様子といえば、見ている人がいれば落ち着きがなかっただろう。はやる気持ちとは裏腹にもしものことがよぎる。彼女の住む場所へ近づくにつれ、不安が大きくなるばかりだった。

 遠目でも分かった。相変わらず美しいお姿だったから、すぐに。同時に、その姿を見ていくばくかの苛立ちを覚えたのだ。
 そして、これこそわがままにすぎないから気にしないでほしい。

 俺は本当に、ずっと探してたんだ。他の人生なんて何も考えられないくらい。一目会ったら、すぐに見つけてほしかった。1秒でも早く隣に行って、一秒でも長く一緒にいたかった。
 ふと、彼女の隣にいる少年たちをみて、「そう思ったのは俺だけだったのか」と落胆してしまった。疑っているわけではない。ただ…… そう、総てを注いでほしかった。あの人の人生の1滴も残さず、100%を俺に向けてほしかった。1秒でも俺以外を見つめたりしないでほしかった。俺以外にやさしい言葉なんてかけなければいいのに。

 なんて。馬鹿なことを考えた。自分が頑張ったからその分、同じくらいに報いられたいなどと思ってしまったのだ。疲れていたのだと思う。あの人はそのあとすぐに俺のことを見つけて走り寄ってくれたのだし、べつに俺のことを忘れていたわけじゃないだろうに。ただ、それでも、足りないと思ってしまった。
 つまらない嫉妬心だ。本当に恥ずべき感情だ。今はもう奥底に沈めたし、二度とそんな失態を犯すまいと誓っている。ただ、そうだなぁ。やっぱり、未熟なんだろうと自分のことを考えると、とたんにあの人の近くにいることすら気が重くなった。ふさわしくないのではないかと思い悩んでしまう。

 くだらない感情に左右されるなどとあってはならないのに、今日も足早に家を出た。あの人と、子供たちの家に俺は時々足を運ぶようになった。子供たちは俺のことを遠巻きに見るし、あの人はなんだかんだで子供たちの面倒を見ている。俺の居場所はなかった。居心地が悪くて仕方がなかった。

 あぁ、自分に嫌になる。あとどれほど頑張れば、貴女はすべてくれるのだろう。俺が愛しているのと同じほど、貴女から愛されたい。貴女にまだ愛されてると安心させてほしい。貴女が俺を愛してるのだと、もっと。もっと。もっと。
 まだたりない。そういう、俺のわがまま。

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すこし心が疲れ果ててるルディの話。ケアさえすればすぐに収まる。ケアしなければこのままボロボロ。愛に飢えた。それでも飢えている、とは口にしない矜恃。そのまますり減る。愛故に。

mae//tugi
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