実に敬虔なる信徒///

 ばさりと目の前で広げられた黒衣。おっさんらしく新聞を広げてたミントがそれをみて、ほんのわずかに目を丸くした。わずかな表情の変化だが、長年同居してるベリアーにははっきりと一瞬の驚愕を見て取った。

「クローゼットの奥にあったけど、なにこれ?」

 にやにやとしているベリアー。あるのは首元まできっちりと隠れるだろうコートのような衣服だけである。そして、彼がミントへと手を向ける。指先に引っかかっている鎖がじゃらりと音を立てた。ちりんと金属がぶつかる音を立ててぶら下げられたのは、十字架であった。

「おっさんの趣味ぃ?」
「…よく見つけたな、そんなの」

 ゆるくベリアーが指先をクルンと回す。引っ掛けられているネックレス、いや、ロザリオがその動きに合わせて円を描いた。くる、くる、くる。指先で弄ばれている十字架をちらと見ることもなく、ましてそれを咎める様子もなく、ミントは感心したなどと相変わらず感情の薄い回答を返す。
 もっとも、どこか懐かしんでるような声音であることもベリアーにはわかってしまうのだが。

「なぁなぁ、おっさん」
「言っておくがべつに趣味ではないぞ?」
「あ、っそ。なーんだ」

 そうだったら面白かったのになァ、と言いながらひょいとミントの隣に座る。

「じゃあこれなぁに?」
「んん…昔の仕事着、だな」
「…は?仕事着ってこれがぁ?」
「なんだその顔は」
「いや、だって……ぶふっ、お、おっさんがぁ?これ、だって、」

 神父サマが着るよーーな服だろ?

 ぐふ、と吹き出して身をかがめているベリアーが「想像できねぇ〜!」と笑い始める。ゲラゲラと笑われることがどこか予想できていたミントは目の前に乱雑に広げられたままの服を手に取って、軽くため息をついた。

「あぁ、れっきとしたカソックだよ。べつにコスプレ用でもない」
「ぶふぁっ!!!おっさんが!!!神父って!!!!に、似合わねぇ!!!!」
「だろうな」

 ひぃひぃと笑い続けるベリアーが、とうとう目尻に涙を浮かべている。未だに口からは似合わねぇ、想像できねぇ、と延々と馬鹿にしていたが、ふと笑いをこらえて「おっさん着てよぉ」と言い出した。

「見てみたいなぁ〜?」
「興味があるならお前が着たらいいだろ。ぎりぎり入るだろう?」
「おれはおっさんの似合わない神父姿が見てみたい」
「……はぁ」

 一度こう言い出したベリアーは、望み通りになるまで言うことを聞かない。それを理解しているミントはため息をついて手もとの新聞を閉じる。手にしていた新聞はぽいと机の上に放り、代わりにがっと荒々しく服を掴んで立ち上がった。
 ちょうど今日は首元がある程度しまっているシャツだった。脱ぐ必要はないと判断して、衣服を広げ袖を通す。
 かなりの年月を経てしまった黒衣を再び着ることになるとは。少しばかり窮屈さを感じる袖ぐちに、以前きちんと着たのはいつだったかと思いを巡らせる。10年、いや、20年だろうか。…いや、何度か仕事着代わりに来たようなきもするが。…ともかく、よくもまぁ、これだけ綺麗に残っていたものだと感心さえしながら留め具を締めていく。

「これもだろ?」
「あぁ」

 手渡されたのはストラだ。これも、思ったより痛みが少なく、そのまま着用しても問題がないように見えるほどだ。するりと首元にかるく巻きつける。ひらり。カソックとストラの裾が揺れる。

「これでいいか?」
「…おー、それなりにそれっぽい」

 きっちりと首元に閉めて腕を下ろし、ベリアーを見やる。顎に手を当てているベリアーが意外、と驚いた様子でまじまじと頭からつま先までミントを見ていた。

「…いそうっちゃいそう…か」

 脱いだらタトゥーだらけなうえに、敬虔な信者とは言い難いが。

「昔、やってたのか、それで」
「ん…まぁ、そうだな。ちょうどその頃住んでいた地域で神父の役をやらないといけなくなってな。そこに住んでた間は頻繁にやらさせられてたかな」
「へぇ!そういうのって、ちゃんとした信者がやるもんじゃねぇの?」
「本来はな。ただ、バレなければあまり問題はないだろうということになってな…ま、結局バレなかったな」
「結構いい加減なんだな、おっさんがいたとこ」
「…まぁな」

 カソックを着たままミントがソファに戻る。ベリアーが「そういやあんまりおっさんの昔んこと知らねぇや」と言いながら隣に腰を下ろした。
 ベリアーがちらりともう一度、隣に座ったミントを見る。いつもどおりの様子で、しかしいつもよりもぴったりとした服装のその姿はどこか違和感を感じる。見慣れない、と思いながら悪くはないか、とベリアーは結論付ける。

 信徒。信者。神の下僕。
 なるほど、似合わないはずがないのかと思い至ったのはその時であった。

「それが今は悪魔と一緒かァ」

 オズワルドという神の下僕で、ベリアーという悪魔と共に生きているなどと。

「とんだ信徒だな、ほんと」

 くっと笑うベリアーのその言葉に、そのとおりだと自分でもわかっているのだろう。ミントも小さく自嘲の笑みをこぼす。

「所詮俺がなれるのはまがい物だっただけだからな」
「…あぁ、そうだろうなぁ」
「それでもきちんと礼拝も行ったし、冠婚葬祭まで執り行ったことがあるんだぞ?…ま、今となってはどうでもいいことか」

 かつて信じていた神のことはとうに忘れた。そもそも、そんなものが本当にいたのかさえもすでに記憶の彼方へと消え始めていた。
 遥か以前の話。20年も近く昔の、祖国と呼べるほど幼い頃に住んでいた場所のことを思い出しながらミントはちゃらりとかるく音を立てるロザリオを手にとった。

「これもまたどうでもいいことだが…昔住んでいた場所は、色々と厄介事があってな」

 そして、ミントがぽつと昔のことを口にする。珍しいこともあるものだと思いながら、なかなか聞く機会のないミントの昔話というのを、ベリアーはのんびりと聴き始めるのだった。忘れられていた聖書を手に取り、ぱらりとめくる。つまらなさそうにぱらぱらとページはめくられ、やがて、閉じられるのだった。

mae//tugi
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -