もみじとおねえちゃんのこばなし///

(学校の話)


「――本当の家族じゃないから」


 もみじがそういうのを、偶然聞いてしまった。彼は友人になにか話していたようで、その重たいように聞こえた声の言葉の意味は、まるで”そういうふう”にしか聞こえなかった。

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「ねえちゃん?」

 最近、ねえちゃんが少しそっけなくなった。
 もしかして、先日のことがどこからか伝わってしまったのだろうか?

「ううん、なんでもない。えっと… いってらっしゃい」

 用事があるから、と出かけていくねえちゃんを見送った。

 ねえちゃんは振り返ってくれなかった。

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 何かの聞き間違えだったかもしれないと思わないわけではなかった。

 けれど、それを直接聞くのもどこかはばかられ、自然と弟(…と、一応表向きでの周囲からの認識はそのような扱いになってはいる)と顔を合わせることが極端に少なくなってしまった気がする。
 それまでは、まさかと言われそうだが同じベッドで寝ていたりなどするくらいには日常的にそばにいたのだけれども。

 いってらっしゃい、ともみじは見送ってくれた。ちょっとした野暮用だったので、そう時間もしないで帰ってきた。
 帰ってきたとき、家には誰もいなかった。もみじだって出かけることくらいいくらだってあるし、それを気にすることはなかった。

 ただ、なんとなく。出迎えがないことにほんの少しだけ、違和感を感じた。

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「最近、一緒にいないんだな」

 友人にそう言われた。

 そんなに毎日一緒にいるように見えたかと聞いたところ、迷わず「おう」と返される。
 喧嘩でもしたのかと問われたが、喧嘩をしたつもりはいまのところない。ただ、ねえちゃんと四六時中一緒にいるわけではないだけで。まったくもって普通のはずだ。

「じゃあ、あれか。なんか怒らせたとか?」
「…まさか、このあいだのバレたとかじゃないよな…?」

 さっとおもわず顔を青くしてしまう。

 そのことは考えないようにしていたのに!

 けれど思い出せば思い出すほど、ねえちゃんの態度がどことなくよそよそしいように思えるようになったのは、ここで家族について少し話したとき以来だ。

 まずい。

 非常にまずい。

 それが原因だとしたら、僕は姉ちゃんに今すぐに弁明しに行かなければならない。

「き、聞かれてたと思う? それとも、だ、誰か姉ちゃんに伝えちゃったとかそういう…!?」

 人の口に戸は立てられない。信頼したあいてであっても、いつ、どこで、誰が聞いているのかなんてわからない。ちょっとした言葉が、時に予想と反して、尾ひれや背びれを付けてすーいすいと泳いでいってしまうことだってあるわけで。

 クラスメイトも眉をしかめながら、「ありえるかも」と言うものだから、僕はもう、どうしたらいいのかとその場にうずくまった。ぽんと背を叩いて慰められるのがいっそ虚しい。




 ねえちゃんが初恋だなんて、そんな小っ恥ずかしいこと!




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 ある日、帰りの遅いもみじを心配して探しに行った。

 学校にもおらず、いそうな場所を何箇所か探してもみつからなかった。真夜中にも帰ってこないので、一度家に帰っているのではないかと見に行ったが相変わらず部屋は真っ暗だった。寝ている様子もないし、そもそも靴がないので帰っていない。

 一体どこにいったのかと思いながらも、それなりの年頃なのだから友達の家にでもあそびに行ったのかもしれないと結論をつけようとした。

 家にもみじがいないことにも、いつかのようにすこし違和感を覚えて、ふると首を振る。

 弟の自由だ。

 そう思う方が正しいだろうに、なぜか「そうではない」と心の中で別の自分が囁いた。

 もみじが帰ってこないはずがない。
 もみじがひとりで勝手に、どこかに泊まるはずがない。
 もし彼が家を出るとしても、自分に一言も言わないはずがない。

 それこそ、勝手な決めつけなのかもしれないだろうと冷静に考えを振り払おうとすればするほど、帰ってこないもみじが心配になる。



 やがて耐え切れず、もう一度探しに行くことにした。


 帰ってこないはずがない。もしたとえ、もみじが自分のことを家族と思っていないとしたって、彼が嫌っているような素振りは見せなかったのだから。
 なにも疑う余地はない。
 どういう意図で彼が「家族じゃない」なんて言ったのかはわからないけれど、それはきっと、懸念するような方向での意味合いではないはずだ。

 きっとそうだ、とこっちはすんなりと決めつけることができる。
 希望だからというわけではない。それが揺るがない事実であると、どこかで知っていただけのことだった。



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 ばたばたと血が垂れる。制服は、ううん、これは多分使えない。

 まさかとおもった。僕に限ってこんなことに巻き込まれるとはついぞ思わなかった。

 腹に刺さったままのナイフを、ぬこうかと思いながら抜けないでいた。このまま前に倒れては、奥へ突き刺さってこんどこそ死ぬかも知れない。なんとなく、あまりひどい痛みは感じられないので、きっと臓器にはキズが入っていないだろうと希望的な考えを持ちながら、ずるりとじめんに座り込んだ。

 額からも血が流れる。視界はくらくらとしていて、今にも眠ってしまいそうなほどまぶたが重い。鼻血がでてる感触もする。背中がずきずきと痛い気もする。でも、そのどんな痛みも少しずつぼやけていた。

 はらりと肩口で髪が揺れる。

 じつはねえちゃんが気に入っていたから伸ばしていた髪が、中途半端に切れていた。これはあとできちんと整えに行かなくちゃ、と思いながら、もう一度綺麗に髪を伸ばせるだろうかということが一番きになっている自分におもわず笑った。

 くつくつと笑えば腹が引きつる。引きつって、それで激痛がはしる。連絡をとろうにも、連絡を取れるような手段が何一つ手短なところになくて、もしかしたらこのまま息絶えるかも知れないと今更になって思い出す。

 それでもあまり、恐怖はなかった。

 唯一の心残りがあるとしたら、ねえちゃんに髪を結んでもらえないことくらいだった。


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 血まみれで。

 腹部に刃物が突き刺さったまま意識のないもみじをみつけたときはさすがにさっと血の気が引いた。顔は血の気がないし、呼吸をしているようにも、ぱっと見では見えなかった。
 慌ててできる限りの応急処置をしながら警察と救急に連絡を入れる。

 一度、もみじがうすらと目を開けて、「あ、ねえちゃんおかえり」などと寝ぼけているのを聞いて、おもわず安堵したのは内緒だ。
 …すこしだけ、怒りたくもなったが。

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「うーん…ううん? あんまり覚えてないんだけど、いきなりぶっさされたんだよね」

 いやぁ、死ぬかと思った!死ななかったからよかったけど。

「なんだったんだろうね。通り魔?いやぁ、違うと思うけど。俺、なんか恨まれることしちゃったのかなぁ… まぁ、記憶にないんだけどさ。それで? それで、うん。誘拐ってことになるのかな、これ。連れてかれて、顔面殴られて目が覚めてさ」

 あ、そういえば。鼻血ひどかったんだけど、顔どうなってるの、僕、今。変形してない?さすがにそれはいやなんだけどさ。

「大丈夫? そっか、よかった。え?髪? あ、そうだ髪…」

 ねえちゃん。

「ねえちゃん、ごめんね。せっかくねえちゃんにいっつも結んでもらってたのに… 切られちゃった」

「…言ってる場合か。まったく… 無事だったから良かったものを」

 ねえちゃんの指が毛先を触る。短くなってしまったから、ねえちゃんの指先が僕の首筋をなでていく。

「二週間は入院確定だそうだ。医者も”よくその怪我で勝てたものだ”とな」
「あはは、母さんとねえちゃんのおかげかなぁ」
「…… そうか」

 無事で良かった。

 ねえちゃんが言いながら、頭をぽんと撫でてくれる。

 髪が短くなったことを悔やんでいたけれど。それだけを心残りにしていたけれど、訂正しよう。死ななくて、よかった。


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「私たちが家族じゃないっていうのは、もみじ」
「え」
「どういうつもりで言ったんだ?」
「えっ」

 よりによってそこが聞かれてたのか、とぼそりというのを聞いてしまった。顔を赤くしながら、ちらりとこちらをみるもみじがぶつぶつと何度かつぶやいてから、「それは、」と言いにくそうに口を開く。

「…その、ねえちゃんとかあさんがさ、」
「うん」
「…その… 僕にとっては、恩人だって、話、で」
「…恩人?」

 うん、ともみじが頷く。

「愛してくれた人、だから、さ、ほら」

 照れたようすで頬をかいて、もみじがはにかんだ。

「僕にとっても、誰よりも、たいせつで、だいすき、な、人って、こと」

 あのね、ねえちゃん。はつこいなんだ。

 えへへ、と顔を真っ赤にしながら恥ずかしそうにそう告げる弟に、なんだやっぱり、とどこかで思う。
 最初こそ疑ってしまったが、冷静に考えればそういう意図だったんじゃないかとどこかで思っていた。生死の境にいてもなお、自分のことを呼んだ馬鹿な弟が、悪い意味でそんなことを言うはずがないと知っていた。

「私だって、お前のことは大切だよ」
「うん、知ってる」

 締まりのない笑みを浮かべながらもみじが頷いた。



mae//tugi
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